力を持つという事は【番外】
ニノミヤユイ
力を持つという事は【番外】
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賑わうロビー。ここ数日客の入がよく、客間を嬉しそうに尾っぽが踊る。それを白けた花色が見つめていた。
「俺は運がいい。寂れた街の出身だったから、ホテルってのがこれだけ沢山の人に会えるんだと知らなかった」
「人たらしなのは分かるが、そんなに人と話すのは楽しいものか?」
深い意味はない、ただふっと思った事を口走った。接客していたヴィレムは張り付いた笑顔からふっと生々しい笑顔に変わる。
「お前も普通の奴とは見える世界が違うんだろ?純粋に面白いって思わねぇ?…ほら、あそこの客…幸せそうに恋人と歩いてるけど…内心はドロドロだろうな。嫉妬の炎が燃え盛ってて本人がよく見えないぐらいだ」
あぁ…とロゼは納得した。
「俺ら獣人は人間に奴隷のような扱いをされる世界線…そんな中で生きてたからな。生きる為に読心術は磨いてきたつもりだけど…魔女の目はすげぇ。こんなはっきり感情が見えるなんて楽しくて堪らないな。魔女程の力はなくても魔法の恩恵もある。そこらの奴を脅すには十分だ」
ヴィレムの目はギラギラと光っている。同じ烙印者でも生き方、考えや捉え方がこうも違うとは。
「魔女が烙印者を創る理由はそれぞれだけど…大体は餌集めの為だ。彼奴らは力の根源である感情を集める為に目を与える。そして逃げられないように烙印を刻むんだ」
「よく知ってるぜ?そもそも俺が世界線を抜けたのは俺の意思じゃない。俺は魔女のペットとして世界から放たれた。その先がたまたまここだってだけ。しっかし、ここに居座ってりゃ人が来る。俺は運がいい」
ロゼは俯いた。確かに普通では持ち得ない能力…最初はその力を面白くも思ったが、目に依存の茨を映す度にあの女の顔が浮かぶ。そしてもっともっとと声が響くのだ。それが気持ち悪くてならない。
「…魔女の配膳役なんてごめんだね。僕はあの女の腐った愛から自分の力で逃げ出したんだ。この力も押し付けられただけで、自らの意思で得たものじゃない…邪魔だとしか思わないな」
「望んでないってのは分かるけどさ…明日捨てられるか殺されるかも分からない所で生きてた俺には、国の王子って立場で誰にも逆らえない魔女の隣に下僕でなく恋人として居られるなんて、恵まれてると思うけどなぁ」
ロゼは怒気の籠った目線を返すが、ヴィレムは続ける。
「お前は不器用なんだよ。利用価値があるなら嘘ついてでも利用するのさ。友好的で従順な仲間…そう思わせてればいい。こんな風にな」
そう言って楽しそうに尾を揺らす…その姿を鼻で笑った。
「…はっ!利用?媚びへつらって力を借りているに過ぎないじゃないか。利用しているつもりが、抜け出せない情の沼に溺れ死んでも知らないからな」
「うーん…考えが合わねぇなぁ。でも、せっかくの力を毛嫌いするのは勿体ないぜ?例えばさ…」
そう言うとヴィレムはある客を見るように促した。
「…色んな事情でここに流れる客だから、感情の個人差は多いが…さっきからアイツの嫉妬は異常だ。どうも普通の客と雰囲気が違う…」
そこには恐らく精霊であろう、色白の綺麗な女性が立っている。…それっぽいこと言って、またヴィレムのナンパだろうか?渋々ロゼは魔女の目で彼女を見つめる。
「…!?」
「な?なんて言うか…違和感あるだろ?俺とお前の見える感情は違うが…分かるよな?」
訝しげに二人で女を見ていると、受付に居るハビエルの独り言が聞こえた。
「…おかしい。オーナーに聞いた予定人数と受付人数が合わない…一人誤ってここに入ったのかなぁ…」
「ほら見ろ、力は必ず自分の得になるんだ。使わない手はないぜ!」
ニタリと笑って僕を見るヴィレム。悔しいが反論出来なかった。これは魔女の目がなければ分からない…。涼し気な女性がひた隠している感情は…説明しにくいが「焦燥」を感じる。見えている訳ではないがあの感情の畝り、そう感じざるを得ない。きっとヴィレムもそう感じたから違和感を持ったのだろう。ここはホテル…なんの理由であれ心と体を休めに流れ着く場…ここまで酷い焦りを持つ客に言いえぬ異様さを覚える。
「ま、ここは番犬の出番だろうよ!行ってくる」
論争に勝った喜びも相まって意気揚々と女性の元へ進むヴィレム。おい!と制止したが好奇心が勝ってしまい、止まらぬ番犬の背中を目で追った。
「…お嬢さん!何かお困り事ですかぁ?俺でよければエスコートしますよ?」
「あぁ、良かった。お優しい方が居らして助かりましたわ。ここは女王様のお力が及ばない場所で…お花が素敵なお庭がなければ、私…不安でしたわ」
「?…あぁ!お嬢さん、お花がお好きなんですね?ここの庭はどんな季節にも花を切らさないよう思考を凝らしているんですよ。案内しましょうか?庭の花とお嬢さん…きっと麗しい光景でしょうねぇ」
…彼奴はそんな話し方だったか?鳥肌の立つ腕を摩るロゼ。しかし、次の瞬間に鳥肌が全身に逆立つ事となる。
「女王様の花婿、ロゼ様を探しております。女王様が指し示す世界線に我々は赴き探しているのですが…どうも上手く隠れているようですの。この世界線はどうも女王様の力が届きにくくて…お花がなかったら不安でしたわ」
はーモテる事で…と口走りそうになったが、ロゼの怒る顔を思い浮かべて口を噤んだ。遣いをよこしてまで…過保護なのがプライドの高いロゼの癪に触るんだろう。まるで反抗期の子供だな…心の中でヴィレムは笑った。
「ロゼ様が居なくなっても、女王様の慈悲と愛は変わりませんわ。連れ戻したら今度は危険な外界に出れないように、半分植物に戻し足をしっかり地面に根付かせて、二度と自らの意思で歩けないようにとお考えですのよ」
「…は、半分植物…?」
「ええ、根から養分を吸えれば食事も必要ないですし、より他者に会う必要もなくなりますわ。足を動かせば根が傷つき死んでしまいますしね。でもロゼ様の美しい容姿と会話出来る口、女王様を受け入れる腕は精霊の姿のまま…ふふ、なんて素敵!世界一美しい花ですわ!」
理性と知能を残したまま、飼い殺すために命だけは植物に戻す…さっきまでの自分の考えがいかに甘かったかヴィレムは思い知る。『利用しているつもりが、抜け出せない情の沼に溺れ死んでも知らないからな』…ロゼの言葉が脳裏を横切った。
「体の一部でも持ち帰れればロゼ様自身の生死は問いませんの。花から精霊を生み出すのと変わりませんわ。もし帰る事を拒否したら…首が持ち帰れれば最適なのですけど…手でも足でも」
「そうなったら…ロゼって奴は…どうなるんです?」
「元の花の姿に戻って朽ちるでしょうね。新たに作られたロゼ様に命の元である魔力を移すのですから」
「あ!いたいた!お客様ですね?ご予約がないのでしたら当ホテルに辿り着かないはずなのに…すいませんがお帰り願います!」
二人の会話に別の声が混ざった。リストを抱え、ほっとした顔のハビエルが声を上げこちらに向かっている。
「…はぁ、ここもハズレでしたわ。早く…女王様のお喜びになる顔がみたい。ロゼじゃなく、私だったら喜んで仕えるのに…。じゃあ、優しいスタッフさん。もしロゼ様を見つけたらこのお花の花弁を風に飛ばしてくださいな。すぐに向かいますからね」
そう言うと、女性は手持ちの次元越えの鍵で世界線を出ていってしまった。
「…見つからなかったか?」
女性を見送った姿勢のまま、ヴィレムは何処かから見ているであろうロゼに声をかけた。大花瓶の横からゆっくりとロゼが出てきた。
「「お前の言う通りだな」」
二人の声が重なり、お互い驚いて顔を見合せた。
「…すまん、魔女の狂気を甘く見てたな。俺の時の魔女とは違う狂気っていうか…。利用しようなんて軽く考えたら命が幾つあっても足りねぇな」
「いや、ヴィレムが気づかなかったら…僕は捕まってたかもしれない…」
ロゼは腕を静かに摩り続けている。
ホテルの一スタッフとしての生活だけが全てではない。彼らは彼らの人生を辿り、沢山の面を持ち、理不尽の中で命を燃やす。
「…俺らは運がいいな」
手の中で咲く小さな花がヴィレムの魔法でゆっくりと灰に変わっていく。
「ああ、誰よりも強い意志で自分の命を生きていられるからな」
ロゼは静かに、噛み締めるように答えた。
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cAnoN様、弐藍様…ホテルの仕事の中での一コマをありがとうございます!
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