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バルーン
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「…はぁぁ」
客が引いたロビーの受付。いつもはしゃんとした赤髪のコンシェルジュがだらりとカウンターに突っ伏している。
「困りました…最近オーナーを見ていない。居るのは確かなのですけれど…お話をしようと思うと何故か見つからなくて…。秋のディナーメニューとかご相談したいのに」
普段は凛とした深緑のメイドもその隣で深い溜息をつく。
「いや、コイツが滅入ってるのは運営以前に、オーナーに構って貰えてないって不満だけだぞ」
花色の目が冷たく言い放った。
「たまたまチェックアウトのお客さんが居ないから、俺らだけで何とかなってるけどさー…そろそろヤバイよな?ハビエル、明日の予定は?」
人懐っこい尻尾も、この時ばかりは不安げだ。
「明日は確かお帰りのお客様がいらっしゃったはず…あ」
宿泊者帳簿を調べる手がピクリと動いた。
「…メイベル様…」
一同が目を合わせた。何せ彼女に全員が共通の内容で話をしたのだ…あの話の結末、そして彼女はちゃんとここを出ていけるのだろうか。
「…人を探されてましたよね?パメラさんって…その…」
ハビエルが気まずそうに口を開く。ここは疲れたお客様を癒す場だ。オーナーの意思を全てのスタッフが胸に刻んでいる…だが、彼女の望みは余りに現実離れしていた。
「人探しって、あれもう…お亡くなりになってた知人なんだってな。…見つかったのか?」
まさかなぁ…と口には出さないがヴィレムの表情がそう物語っていた。
「…魂と会うなんて無理だって…仰ってましたよ」
ハビエルが俯きながら答えた。彼もまた、温かな家で暮らしてきたかつての恩人達に会えるのならばと、彼女の言葉に光を見出した。メイベルに呼び出されその事実を伝えられた時に、協力の感謝と伴わなかった結果を謝るメイベルの姿に何も言う事が出来なかった。事情を知るイザベラが彼の背中を擦る。もし、この話が彼ではなく私に最初に来ていたなら、きっと私も同じ期待をしただろう…かつての命に言葉を届けたいと思うのは、メイベル一人だけではないのだ。ロゼが少し怒気の混ざる溜息をついた。
「こんな時こそのオーナーだろ?全く、シェイドは何処に居るんだよ」
オーナー…そういえばこの話、そもそも彼の存在が発端だったような…
「あれ?スタッフさん集まってどうしたの?トラブル?スキャンダルかな?」
悶々とした空気に、カラリとした声が近づいてくる。全員が取材を受けた、あの声だ。
「メイベルさん!…と、ヨル…さん?」
メイベルの後ろには、普段あまり部屋から出てこないボサボサの頭が隣に立っていた。
「取材だからって長々話聞くのって大変なんだね。相手の事を考えながらやらなきゃだ…はぁ、機械は専門外なのにヨルが全然離してくれなくて…疲れたぁ…」
「ふふ…その…SNSという媒体で…へぇ、世界線内の人々が繋がる…制御は民間なのですね…マザーやAIではなく…ふふふ、それは確かに多様なトラブルが生まれるでしょうね…セキュリティも中々…」
「…うんうん。詳しい事は携帯貸すから、その魔法とやらで調べて!!私最後の夜なんだから!」
ヨルの手には携帯の他に、取材用のマイクやアイパッドなどのメイベルの機材が握り締められている。どうやらスタッフ達で話している間、ヨルに捕まっていたようだ。自分達の心配と彼女の表情の差に一同が戸惑う。
「よ、よう!その、なんだ…人探しお疲れ様ー…」
気まずさを紛らわせようとしたのか、ヴィレムが頑張って言葉を紡ぐが…その言葉に一同がヴィレムを睨む。
「な、なんだよ!」「…ぷっあははは!」
慌てるヴィレムの姿にメイベルは笑いだした。
「…はぁ、笑った…。パメラと話した時以来だ、こんな馬鹿笑いしたの。…知ってるよ?ここの人は炎を出したり、花弁を無限に生み出したり、機械に意志を入り込ませられる魔法使いが居るのを。私の世界じゃ考えられないような力…それより凄い魔女ってのも居ること。でも…」
メイベルは静かに微笑む。
「死はそんなとんでもない力よりも絶対だって事。私の世界じゃゾンビなんて化け物を信じてる人が居るくらいなのにね。地球を超えた全次元のルールを解き明かした私って凄いよね。流石記者って自分を褒めたいよ…まぁ、こんな事、記事にもならないけどさ」
その言葉に一同が黙り込む。しばしの沈黙…。
「ありがとう、本当にここの皆は優しいね。振り回してしまってもまだ、私を思ってくれてる。…私は大丈夫。明日にはもう元通りになる。だからさ…今夜だけは…眠くなるまで話していたい」
「良かった!いいですか?今日中に秋のメニューを決めねばならないのです。季節と時間と買い出しのタイミングは待ってくれませんわ。オーナーが見つからない今、皆さんの力が必要です!!」
唐突にイザベラが声高らかに告げる。その手にはメンバー分のお茶と茶菓子。この流れを読んでいたのか、それとも魔法なのか?と思わせる手際の良さに、イザベラは見事に一同有無を言わさず話し合いの席につかせた。…そうだ、それぞれ沢山の想いを乗せて、季節は巡り世界は夜が更けていくのだ。
「おやすみなさい。…沢山貴女の世界の機器に触れられて楽しかった。あ…後」
真夜中のメニュー決めも終わり、各々が部屋へと戻る最中、ヨルが不意にメイベルに声をかけた。
「…貴女は…きっと大丈夫…。魔法を使えても…わ、私には…絶対出来ない事を…貴女は…出来るのだから」
言葉の意味が分からずいると、ヨルがロゼと同じ目線でこちらを見つめてきた。
「私は…力を…得た代わりに…出来ないのです。私は…自分を許す事が…出来ない。だから、人と話すのも苦しい…意見する自分が許せない…自分の姿を直視出来ない…。本を読む時、誰かの切望を叶える時だけが、自分を忘れられる…でも、今の貴女は…違う」
途切れ途切れの言葉がゆっくりと、しかし必死に思いを伝えている。
「過去の無力な残像を隠す様な…強い強い切望…けれど、今は…明日とペンに宿ってる…きっと、それは毎日のつまらない日常…でも、以前の貴女はその日常に帰ることすら、自分を許さなかった…貴女は自分を…許せる強さがあると思うんです…」
「その言葉は優しさ?…あーあ」
彼女は闇夜に顔を向けた。ホロホロと流れるものを隠すように。
「明日になったらさ…だから、これが最後。だから…許してね。…おやすみ」
そう言って振り返らず彼女は廊下の闇に消えていった。…おやすみなさい。ヨルの言葉も闇に溶けていった。
「…ご宿泊、ありがとうございました。メイベル様…また我々と世界線が交わる日の為に、真っ白のリネン、美味しい朝食、掃除の行き届いたお部屋を用意しております。どうか、良い旅を…」
シェイドの礼にスタッフ一同が続いて別れを告げる。礼をする者、手を振る者、涙を流す者…
「なんか濃厚な時間を過ごした気分…あー、扉開けたら無事いつもの世界かぁ…不思議な気分。また来れるかな?その時はよろしく…ね?」
次元越えの鍵で開かれたエントランスを抜け、光に解けていくメイベル。
━━━━━━
「見送りのギリギリでずっと居ましたよーって顔で現れるんだもんな…ホント、うちのオーナーは…」
不満げな顔でボヤくロゼ。しかし、自分の言葉にハッとする。ホント、うちのオーナーは…「亡霊」だよな…。
「メイベルの仮説はやっぱり間違ってると思う。でも…確かに何で…オーナーは『亡霊』だって…みんなそんなバカげた事をすんなり信じるんだ?なんで僕は…」
…
「!…?さっき女性の笑い声が聞こえたような…気のせいか。…あれ?何考えてたんだっけ?あ…秋メニューの買い出しイザベラに頼まれたんだ…クソ!あいつまでオーナーに似てきたよな!僕のがここの先輩なのに!!」
ロゼは怒りに任せて買い物かごをひったくった。
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