guest_2 二夜 緋ロザリオのコンシェルジュ
Orangestar
guest_2 二夜 緋ロザリオのコンシェルジュ
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言われれば確かにそれはおかしな話だ。疑問を持たなかった…。もし、もしこの目の前の女性の考えが真実なら…オーナーは…いや、それ以前に出会ってきた僕に居場所をくれた『彼ら』は…
「人探しをしたい。…と言っても、人…ではないのかもだけれど…」
「…ご希望が分かりかねます、お客様。申し訳ないですが、もう一度説明願えますか?」
「あ…あぁごめん…。興奮してしまってた。私らしくないな。まず先に聞きたい。このホテルのオーナーは亡霊で、既にお亡くなりなっているのは…事実だよね?」
「支配人のシェイドは亡霊で御座いますが、何か?」
「…よしよし…。私が探しているのはこの子なんだけど」
初めて見る顔がフロントに現れた。きっと僕が居ない間にチェックインした新規の客だろう。受付係としてハビエルはいつものように客に必要事項を書いた紙と共に記入用紙と羽根ペンを渡し、客が記入を終えるのを静かに待つ。彼女はメイベルというのか…ハビエルは心の中で呟いた。書き終えたのを見計らってペンと用紙を受け取ろうとした時、客は急に話し始めたのだ。…人探し?オーナーが亡霊かって?話が全く読めない。訝しげな表情を浮かべつつ、メイベルが手渡してきた写真を受け取る。そこには白い部屋と白いベッド。白い服を着た少女がベッドに腰かけている。その横で立っている茶色のコートの人物は…きっとこのメイベル本人だろう。二人は仲良さげに会話しているようだ。
「ベッドに居るこの子を探してる。私がここに来れた事、そしてオーナーの存在を考えると…もしかしたらここに来たのかも…あんた、受付の人ならお客さんを必ず見てるよね?…この子の事、見覚えある?」
「…最近でこの人に似た方を見た覚えは…ありませんね。僕が気付いていないか、記憶違いでなければですが」
「…そっか…ありがと。ホテルには来てないのかも…ホテルじゃない建物に行ったとか…ふむ…」
やはり話が見えない。ハビエルはたまらず声をかける。
「この方がこの世界線に来た事は確かなのですか?僕はコンシェルジュです。良ければお客様のお力になりたいのですが…」
ハビエルはロビーの大ソファーへメイベルを案内した。
イザベラが二人のためにハーブティーを運ぶ…良い香りが辺りを包む。先にハビエルが口を開いた。
「この世界は他の世界線より空間の隙間が狭いのです。故にホテルとその周辺しかこの世界線は抱える事が出来ていないのです。…なので、もしこの世界線にたどり着いたとして、ホテルにたどり着けないとは考えにくいかと。ご希望でしたらスタッフ一同に僕から声をかけましょうか?」
「いや、もう少し自分で探してみるよ。彼女はもう私の世界では存在出来ないんだ。でもここにオーナーみたいな人が居るのなら可能性はあると思うんだよね」
「すいません。質問なのですが、何故彼女を探すのにオーナーの事が関わるのです?彼女と何かご関係が…?」
「あ、いや。それは全く関係ないよ。私も彼女もオーナーさんの事は知らない。それに生前はこんな世界があるなんて事も知らないだろうし」
「生前?…と仰いましたか?どういう事でしょうか?余計に話が分かりません」
「説明不足でごめんね。えっと…彼女は…」
メイベルはハーブティーを静かに啜った。
「心臓に病気を抱えてて…珍しい難病。私が住んでいた国では治療できなくてね。その、結構死んでしまったんだ…」
結構という言葉に妙な違和感をハビエルは感じたが、それ以上におかしな点に声を上げる。
「亡くなったですって!亡くなった方を探してどうなるのですか?亡くなったのなら、どの世界線だっている訳がないですよ!」
「なら、オーナーは?」
ハビエルはハッとする。死人や幽霊が存在するはずはない。魔女の魔法や物や空間に染み付いた思念体として短い間存在する事は無くはないが、基本的に死んでしまったらどんな世界線だろうが物質世界であるこの世に存在出来るはずがない。実際、自分は何人かの死を見届けたし、その都度世界線を飛び越え旅をしたが、どの世界線も幽霊や亡霊といった種族なんてない。死んだら終わり…だからこそ自分は嘆き悲しんできたはずだ。
「世界線が違うなら、常識も変わるんでしょ?私の世界に魔法とか人間以外の種族もいなかったし…だから、恐らくこの世界は幽霊も普通の人みたいに存在出来るのかなって。オーナーが亡霊なんだし、そう考えるのが自然。なら…死んだこの子に会えるかも…会えたら…私は…」
混乱のあまりメイベルの声が遠く感じる。…亡霊であるオーナーなら、僕が近くにいても不幸な死が訪れたりしない。だから悲しい別れもない…その喜びで考えた事もなかった。それ程、オーナーの存在は自然だったのだ。何故、亡霊のオーナーはこの世界で存在し続けてるのか…?
「…と思うんだけど…って、ねぇ?コンシェルジュさん、話聞いてる?」
「あ!あぁ…申し訳ないです」
メイベルの声に我に帰るハビエル。考えた事もなかった…確かにメイベルの言うことが本当ならば…僕が知らなかっただけで、もしこの世界線には死んだ人も存在を許されているのなら…僕が居たせいで別れてしまった『彼ら』にまた会えるなら…
「すいません、僕の知識不足でご迷惑をおかけします。俄には死者の魂がこの世界線で存在できる力があるなんて話は信じられないし、その推測が正しいかは分かりません…しかし」
ずっと誰かと居ることで不幸が迫るのが怖くて、怖くて…このフロントから出れなかった…この現実から逃れられるなら…死を超えることが出来るなら。この世界線でそれが許されるのなら…!
「是非、メイベル様の人探しのお手伝いをさせて下さいませんでしょうか?」
二度と来ないでくれと何度も願った明日を、この世界では受け入れられるかもしれない。オーナーが僕の傍にずっと居てくれる大事な居場所になってくれたように、もし、もし…彼女の推測が事実なら…!
「ありがとう。ここの人達は皆協力的で助かる。私はもう少し取材を続けるから、コンシェルジュさんも何か分かったらよろしくね」
メイベルが手を差し出す。握手を交わした後、彼女はお茶を飲み干し歩き出した。…彼女の姿に強い共感を感じる。僕も会いたい人、言葉を交わしたい人が居る。彼女の願いが叶うならば…闇を照らす希望を感じ、ハビエルの目は輝いた。
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二夜が終わりました。
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