guest2_三夜 切望の烙印者
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guest2_三夜 切望の烙印者
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「右に…図書室…か」
ホテル内を探索中、メイベルは廊下に貼られている案内を見つけた。早速右へと進む。
「失礼します…と。ふむ…」
どうやら人はいなさそうだ。…勝手に本を閲覧して良いのだろうか…?恐る恐る読めそうな言語の本を引き抜きパラパラと読むが、全く関係ない内容の本を抜いたようだ。メイベルは本を戻しつつ独り言を呟く。
「死者の魂がこの世界でどうなるかとか、ほかの世界の魂もここに来れるとか知りたいけど…今はなんでもいい、この世界の事を調べたいな…」
「この世界の歴史ならふたつ奥の…左下の5列目です」
急に幽霊のように静かな男の声がした。横を見渡すと…
「ぃいゃあ!!」
ボサボサ頭の背の高い男が真隣に立っているではないか!メイベルは思わず変な声で叫んだ。男も同様に慌てふためき、手をバタバタと振っている。
「はぁはぁ…あぁ、驚いた!いつの間に隣に!?き、君も幽霊か何か?」
「ゆ、幽霊?…はは、お、お化けみたいって図書室に来る子供達には言われるかな…えっと…」
ボリボリと音を立てて頭を掻きながら答える。男の姿はあのオーナーに比べ、しっかりと見える。どうやら、彼は幽霊ではない様だ。
「ほ、本を探してる…?き、君は…」
彼の首元の電子回路の様な模様が光った様に見えた。
「君は…強い切望を抱えてるね。前のお客様とは…また違う…一度諦めて、今縋って居るような…」
目の前の男の目は自分を見ているようで、どこか違うものを見るようであった。…切望?確かに私は…
「人を探してるの。この子なんだけど…」
そう言いながら、胸ポケットから携帯を取り出し、写真を映し出して男に見せた。
「…!!!」
今までの誰よりも強い反応を示した。両腕で携帯を差し出した腕を掴み、食い入るように携帯を見つめる。
「凄い!私たちは早々に媒体を体内に埋め込む事を選択したけど…これだけ軽量で小型化していて、これ一つでコンピュータの能力を持ってるなんて!…体の端末からマザーコンピュータに通信を繋がなくてもあれこれできるのは便利だ。いや…これだと落としたり壊れる危険もあるし…そんなことはいいか。いやぁ、面白いなぁ!!」
メイベルは呆気に取られた。目の前の男は写真そっちのけで、完全に携帯に意識を持っていかれている。しかも今まで幽霊のように小さな声が嘘のように明瞭な声で独り言を言うではないか。
「…あの…」
「あ!あぁ、ごめんね。他の世界のテクノロジーと出会うのは久しぶりで嬉しいんだ!前回は戦闘兵器のドールとも出逢えたし…ふふ、私はツイてるなぁ…!良ければもう少し話しませんか?」
なされるがまま、メイベルは男に図書室の隣の部屋へと通された。そこは図書室より狭く、図書室よりも多くの本が乱雑に仕舞われている。床には棚から出され積み上げられた本や、読みかけであろう開かれた本、寝袋と折りたたみの質素な机が置かれている。
「…お、お邪魔します」
「どうぞどうぞ…!良ければその…さっきの端末をまた見せて貰えないかな?」
子供が玩具を欲しがるような顔で男はメイベルを見つめる。話したい事は携帯ではないのに…呆れつつ携帯を差し出す。また男は独り言を言いながら携帯に見入っている。話が進まない…溜息混じりに部屋を見渡すと、自分の世界にあるノートパソコンの様な物が机に置かれていた。
「…あ」
「ん?…あぁ、妖精がくれた私のメモ帳だよ。マザーの体の一部…。私の宝物なんだ」
「だよね…。私の世界と似た機械があったから期待したけど…妖精がくれた魔法のメモ帳って感じ?…どこもメルヘンでファンタジーだよね」
メイベルは呆れたようなウンザリした顔で笑い出す。男は穏やかに笑って言葉を続ける。
「そう、電子の妖精。私の世界を管理するスーパーコンピュータ、マザーの使役AIの一つ。私はテクノロジーと人間の世界線で作られた試験管ベビー。だから、私を管理して育てた妖精は親の居ない私の母なんだ。そのパソコンはマザーから私を逃がす際にマザーの体から奪って私に託してくれた…形見みたいなものなんですよ」
メイベルは男を見つめる。どうやら先程までの魔法や幽霊といったファンタジーの世界とはまた、彼の生い立ちは違うようだ。
「自己紹介遅れました…。わ、私はヨル。さっきはごめん…つい興奮して…君は大きな切望を抱えているのに…わ、私に何かできるかな…?」
ヨルは先程の小声で吃った喋り方で話し出した。
「ありがとう。私はメイベル…この子を探してるの。もしかしたら、この世界ならこの子は存在していて、迷い込んでるんじゃないかなって」
携帯をヨルから受け取ると、写真を表示した。ヨルに見せつつ横に指をスライドすると写真が変わる。その度にヨルは目を輝かせる。
「…あ、あー…ごめん。スライドして操作出来ることが面白くて、また…ついつい。えっと…ごめんなさい、私はここで彼女を見た事は…ないかな。もう一度貸して…?」
携帯をまた手に取ると、今度は目を閉じて携帯を両手で包み込む。また首の模様が光出した。
「…?…あはは!…あぁ…!面白い…。君の世界も、私の世界程ではないけど…テクノロジーに支えられた世界なんだね…ふふっ!あぁ、何度もごめん。この携帯から強制的に君の世界線の回線にアクセスさせてもらってるけど…君たちの世界にとってテクノロジーは、第二の世界のようだね。現実世界とネット世界…みたいな。私たちはもっと身近で現実的だったから、こんなに豊かで幻想的なネット世界は初めて見たよ…素晴らしいエンターテインメントコンテンツだね…さて」
ヨルが魔法で世界線を飛び越えて回線を覗いている…とは分かるはずもなく、キョトンとした顔でメイベルはヨルを見つめている。
「…彼女、このページが嘘でないなら…もう亡くなってない…かなぁ?三年前の記事だ…『難病と戦う少女 現代医療と政府の限界』…さっき見せてくれた写真が載ってる。『医療体制にメスを 先進医療の受け入れを求める声』…『他国と本国の医療の格差 少女の命を救え』…毎日の様に彼女の記事がヒットするのに、その後の記事がまるでない…次が最新で最後の記事だ。1年も間が空いて書かれてる…」
「『難病の少女 希望半ばでこの世を去る』…でしょ?この記事あげるのだって、酷く否定されたんだから…」
「…このページのさらに奥…同データ保持のファイルは何処に…あ…」
ヨルは目を開いてメイベルを見つめた。
「これは…君の文書だったんだね?」
「私は政治関係の紙面を担当する記者だった。普段は選挙や政権の方針、時には脱税なんかのスキャンダルをおったりしていた。だから、その子も医療で遅れを取っている政府の怠慢をネタにするための材料でしかなかったの…」
「…材料…ですか。で、でも…記事の内容…日に日に…なんて言うか…」
「…最初は先進医療の取り入れが遅れたせいで命の危険に晒される少女の存在は同情を誘う良いネタだった…会社的にはね…でも…彼女は、パメラは必死に生きてた…!私は、力になりたかった」
「だから、記事を書いたんだね?」
「そう、医者でも政治家でもない私ができる唯一の事だった…でも…」
メイベルは静かに目を閉じる。
『いつまで医療問題ばかり書くのかね!?今は財務省幹部と銀行の癒着が最も大事なスキャンダルだ!もっと人が欲しがるネタを書き給えよ!?あんな病院に通ったところで大したネタもなかろうに。書いたところでお前に紙面は飾らせないからな』
…ある日の上司の声が頭に響く。
「…ごめんなさい。…そっか、見ていないなら仕方ないね。つまらない話に付き合わせてごめん」
ヨルは目を見開いて驚いた。
「つまらない話!?ま、まさか!…こんなに時を忘れたの…初めてかもしれない。君の世界線、私にはまるでオモチャ箱みたいで…楽しかった」
屈託のない笑顔のヨルはまるで大きな少年の様だった。見舞いの度に楽しそうに沢山話をしたパメラの面影がヨルと重なる。
「出来れば、人探ししてない時に会いたかったな」
「…ふふ、私も」
メイベルは不意に素直な気持ちで同意していた。
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三夜が終わりました。
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