ヒバナ
Sooty House - Girl in the mirror -
ヒバナ
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【 乗り込め ココロの奪還戦 】
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「──あの日、みんなは『何』をしていた?」
マヤ様のお言葉に、アンジュは考える──細かいことは苦手だけど、なんて弱音は今日は封印。
これはマヤ様の頼み事で、そしてベラ様とラヴィを取り戻すためだから、がんば──……りたかった、んだけど。
「……ごめんなさい、マヤ様。アンジュ、あの日は……」
どうやら人よりも脆くて弱いアンジュの身体は、ほんのちょっとたくさん動いただけで、すぐに壊れてしまう。
あの日だって、例外ではなかった。
『お披露目』中にずいぶん調子が悪くなってしまったアンジュは、『お披露目』後のパーティでは、できるだけ体力を温存するために、ただ『顔』として微笑んでいればいい、とマヤ様に言われて、会場の隅でその通りにしていた。
だから──みんなが何をしていたかなんて、見ていない。
見ていないことは、思い出せるはずがない。
「──大丈夫だよ、アンジュ。それじゃあ……そうだ。さっきエリザベスから聞いてきた話を、明細に教えてもらえるかな?」
マヤ様は、落胆した素振りは一切見せず、あたたかな声音でそう言った。
「難しいことは考えなくていいよ。エリザベスと話を始めてからのことを、順番に事細かに、全てを話してみてくれないかな? 無駄だと思うところまで含めて、ゆっくりで構わないから。今は、とにかくたくさんの情報がほしいんだ」
儚くも力強い確かな声が、まっすぐ届く。
アンジュにできることを──アンジュにしかできないことを、任せてくれるんだ。
──マヤ様は、ご自身のやさしさを、決して押しつけない。
無理にこちらへ踏みこみすぎることなく、一歩だけ外から、アンジュの気持ちを確認しながら、やわらかくあたたかく差し出してくださる。
あぁ。
アンジュは、ほんとうに──
「わかりました。それなら、できると思います」
ほんとうに──マヤ様の生き人形で、よかった。
「え、と……まず、アリス様が、屋敷中の生き人形の様子がおかしい理由を聞いてくださったんです。そしたら、エリザベスは……エリーとアンジュに、『この場では、「顔」としての振る舞いは忘れてあなたらしく振る舞って』と言ったんです」
「おや……ワタシがこのお茶会で設けたルールと同じだね」
「あ……ふふ、そうですね。それで、えっと……エリザベスは、生き人形達が、具体的にどういうふうにおかしくなっているのかを、エリーに聞きました」
「目が真っ黒に塗り潰されているように見えた……というやつだね?」
「はい。そのあと……エリザベスが答えを言うか否かを迷っていることにアリス様が気づいて、催促したんです」
「……ふむ」
マヤ様の相槌が、少し薄くなった。
それは、アンジュの話し方が下手だから──というわけではなく、答えを必死に探して考え事をなさっているだけなのが見てとれるので、気にしない。
「催促されたエリザベスは、えっと──珈琲の話を、しました」
「珈琲?」
返ってきた声は、想像していたよりも強いニュアンスを帯びていて──明らかに興味を、関心を持っているのがわかった。
そんな風に食いつかれると思っていなかったから、「は、はい」と少し辿々しく頷きつつ、エリザベスの語りを再現すべく、記憶を探る。
「たしか、えぇと……珈琲は、成人と認められたら飲まされる、黒くて苦い液体だとか」
「あぁ……そういえば、そのような飲み物があるというのを、読んだことがあるよ。それで、エリザベスは何と言っていたんだい?」
「エリザベスは……」
マヤ様の反応を見て、あぁ、アンジュが違和を感じたのはこの辺りからなのかもしれない、と、ぼんやり思った。……どうしてそう思ったのかは、上手く言えないけれど。
「エリザベスは、珈琲はとても苦い飲み物だと言っていました。とっても苦くて、それで──パーティで疲れたのと、苦いものを飲まされたことが重なって……そのせいで、すごく疲れたんじゃないか、と。そしてそれが、目が真っ黒に塗り潰されているように見えたのでは……みたいな話だったと思います」
「……なるほど」
軽い相槌を打ち、一呼吸置いて──マヤ様は、呟いた。
「それは──不自然な話だね」
「え?」
びっくりして、思わず反射的に反応してしまう──そんなアンジュに構わず、マヤ様は話を続けた。
「あのパーティで疲れてしまった、というのが話の本筋であるならば、本題であるならば、珈琲の話は不要なんだ。話題にするとしても、後回しの小出しでよかったはず。なのにエリザベスは、初めに、珈琲のことを口にした」
聞いたことないほど神妙に語る声と内容は──アンジュを、さっき以上にびっくり、どころなぽかんとさせるには、じゅうぶんだった。
「きっと、こういうことだろう──エリザベスは、最終的に誤魔化すことを前提に真実の一部を語り、話の後半でそれっぽい嘘と合体させた。『パーティで疲れただけ』という偽の解と、話題にしてしまった『苦い珈琲』をね」
マヤ様は言う。
確信めいた口調で。
「つまり──珈琲を飲んだことこそが、『目が真っ黒に塗り潰されている』ほんとうの理由なんだよ」
現に、ワタシ達は珈琲なんて飲んでいないからね──と。
マヤ様は、穏やかにそう付け足した。
アンジュはというと──さっきぽかんと開けた口が、開きっぱなしのままで。
マヤ様──ほんとうに、すごい。
アンジュが話しただけの、少なく拙い情報から、あっというまに答えを導いてしまうなんて。導き出してしまうなんて。
アンジュが曖昧に覚えた違和感を、あやふやに感じ取ったその原因を、容易く言語化してしまうなんて。
アンジュだけじゃ、絶対に解明できなかった。
だけどマヤ様はきっと、アンジュが教えてくれたからだよ、って言ってくださる。
そんなところも含めて──アンジュは、マヤ様の生き人形になれてよかった、って、また、心から思えた。
心がぽかぽかして──なんにも、寂しくない。
マヤ様とアンジュなら、きっと、どんな問題だって乗り越えられる。
「……えっと……アンジュ? ワタシの仮説に、違和感はあったかな?」
「ありません」
らしくもなく少し不安げなマヤ様に、アンジュはふるふると首を横に振る。
「違和感なんて、ありません。流石マヤ様です」
「ふふっ……ありがとう、アンジュ」
アンジュの言葉に、マヤ様は微笑んでくれた──ような気がした。少なくとも、ふふっ、って笑ってくれた。
「……さて」
マヤ様の声のトーンが、また、神妙なものに戻る。ほんの少しだけ和んだ空気が、またキュッと引き締められた。
「原因がわかったところで……問題は、どうすればベラとラヴィを戻すことができるか、だね。珈琲を飲んだだけで手遅れということはないはずだ。きっと、何か解決策がある──すす汚れに水が有効なように、ね」
マヤ様のその言葉は、ただの気休めではないように思えた。
どうすれば、元に戻るのか──アンジュには、わからないけれど。
マヤ様が言うんだもの。絶対に、あるはずだ。
すす汚れには水、みたいに、確かに効果が抜群の何かが────水?
…………。
「……たとえば、なんですけれど」
アンジュは、また思慮を巡らせ始めたマヤ様を邪魔してしまわないように、おそるおそる口を開く。
「もしも、体内の液体がぜんぶ珈琲になってしまって、あんなふうになっているのなら──水をたくさん飲んで、体内の珈琲を洗ってしまえばいいのではないでしょうか?」
マヤ様の動きが、ぴたりと止まる。
もともと動き回りながら考え事をされていたわけではないけれど、そうじゃなくて──不自然に、かたまっていて。
それを見て、そんなはずがないか、ちょっと妄想が激しかったかな、と撤回しようとしたところで──すぐに、「なるほど」と声がした。
え?
「体内を占める液体そのものが珈琲になっている、という発想の正確性は、残念ながらワタシにはわからないけれど──口から摂取した珈琲に、水をたくさん飲んで対抗する、というのは、いい考えだ。試してみる価値がある。流石だよ、アンジュ」
……マヤ様の、お役に立てた。
予想外の出来事に、なんだか頬の温度が上がっていくのを感じて、「ま……マヤ様の、おかげです」と返すのがやっとで。
そんなアンジュに、小さくやさしく笑ってから──マヤ様は、正面を向いた。
正面──ベラ様と、ラヴィのほうへ。
「──ベラ。ラヴィ」
「……何」
久しぶりに呼ばれたベラ様の応じる声は、やっぱりどこか眠たそう。
あんなに自分を、『顔』も含めた自分自身を、『完璧』と何度も称していたのに──その主義は、すすの中へ隠れてしまっているみたいだ。
「アンジュがこれから用意する飲み物を、二人に飲んでほしいんだ。お願いできるかな?」
「……べつに、いいけど」
「わかりました」
マヤ様が合図したのが見えて、アンジュは席を立つ。
ベラ様の部屋に来たのは初めてだけれど、家具の種類やデザインが違うだけで、部屋のつくりは同じだから、迷うことはない。
新しく取り出した盆にコップを二つ乗せ、その両方を水いっぱいにし、テーブルまで持っていって、二人の前へ置いた。
「どうぞ」
「……、……」
緩慢な動きでコップを手に取ったベラ様は、不思議そうに首を傾げつつも、すぐに縁に口をつけた。それに続いて、ラヴィもコップを傾ける。
コップ一杯なんてほんとうに少ない量だから、あっというまに空っぽになる。
その空っぽがテーブルへ置き直されると同時に──再び、水を注いでいく。
ちらりとマヤ様のほうを見ると、小さく頷いてくださった。これを繰り返せ、ということだろう。
アンジュは、その指示通りに、この動作を行いつづけた。
何度も何度も、空っぽのコップに水を注いでいく。機械的に。
そのたびに、ベラ様とラヴィは、注がれた中身を喉へ流しこむ。機械的に。
そんな単調で地道な作業を、数えるのが面倒なほどこなして──どのくらい経ったのだろう。
「……!」
うっかり、ラヴィのほうを見るともなく見て──すぐに、後悔した。
その『顔』は──苦しそうに、歪んでいた。
よく見たら、二人の動きは、初めよりも明らかにゆっくりになっている。コップを手に取るのも、飲むのも、かなり遅い。
当たり前だ。注いだ水の量を思い出すだけでこっちが吐いてしまいそうになるほど飲まされているんだもの。
ラヴィのそんな『顔』を見ていられなくて──つい、マヤ様のほうを振り返る。
マヤ様は、すごく悩んだ様子で俯いて──だけど、首を横に振った。
手を止めてはいけない……ということだろう。
……そうだ。
これは、元の二人に戻ってきてもらうためなんだから。
水をいっぱい飲めば元通りになる、って決まったわけじゃないけれど──マヤ様が続けるとおっしゃるなら、アンジュはやらないと。
マヤ様は、無意味にご友人を苦しめようとする人ではない。
アンジュと同じで、辛いほうを選んで二人を壊してしまったら、と、恐ろしい思いをしているはず。
だけど、助けるために必要だから、苦渋の決断をなさってるんだ。
それなら──こんなことで、躊躇ってはいけない。
アンジュも、がんばらないと。
止めてしまった手を動かして、二人のコップに水を注ぐ。
緩慢な動きで──最初よりもより緩慢な動きでコップを手に取ったベラ様は、意志の感じられない様子で、縁に口をつけた。それに続いて、ラヴィもコップを傾ける。
コップ一杯なんてほんとうに少ない量だから、あっというまに空っぽになる。
その空っぽがテーブルへ置き直されると同時に──二人が、えづくように息を吐いて。
そして──動きを止めた。
「……ベラ? ラヴィ……?」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🎩コンコン 優しくノックして
乗り込め ココロの奪還戦
🕊妄想ばかりが フラッシュして
🎩🕊加速するパルス 答えはどこだろう
🕊さあさあ弱音はミュートして
くだらないことで躊躇して
🎩冗談ばかりね?あっはっは
壊せない壁が キスを迫るでしょう
🎩🕊嗚呼、厭
🕊「そんなわけないや」
🎩🕊嗚呼、厭
🕊「わかってくれるでしょ」
🎩その頭を撃ち抜いて
🕊終わんない愛を抱いていたくないの
もっとちゃんと不安にしてよ
🎩いないいないばぁで演じて欲しいの
もっとちゃんと応えてよ
🎩🕊nanana
🕊「未完成」だって何度でも言うんだ
🎩🕊nanana
🎩NOを空振った愛の中で
🎩🕊不甲斐ない 愛を愛したくないの
もっとちゃんと痛くしてよ
笑えないくらいが きっと樂しいの
もっとちゃんと溶かしてよ
🎩🕊nanana
🎩「未完成」だって何度でも言うんだ
🎩🕊nanana
🕊NOを空振った愛の中で
𝑪𝒂𝒔𝒕
🎩マヤ(cv.はいねこ)
https://nana-music.com/users/7300293
🕊アンジュ(cv.春野🦔)
https://nana-music.com/users/9844314
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𝑻𝒂𝒈
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