シティライツ
Sooty House - Girl in the mirror -
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【 僕らはどう言った? 】
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「おやすみなさい、エリー」
「おやすみなさい、アリス様」
おやすみのキスを終えて、エリーは自分の部屋へ戻ります。
ようやく──長い一日が、終わりました。
「……ふぅ」
エリーが二人のお話を聞いてしまったことは、バレてはいない──と、思います。おそらく。きっと。
と、いうのも。
お客様──エリザベスが帰ったあと。
アリス様は、ずっと何かを考えていました。考えこんでいました。
なので、アリス様とエリーのコミュニケーションは、いつもより希薄になったのです。
会話をしなければ、ボロの出ようがありません。
だから、バレてはいない──と、思います。
そうやって──そうやって、盗み聞きしたことが発覚してしまわぬようにと、そればかりを必死に意識して、エリーは、考えないようにしたのです。
『アリス様は、ずっと何かを考えていました』?
何か──なんて、とんでもない。そんな曖昧なものではないことは、エリーが誰よりもわかっています。
アリス様が考えているのは──エリーのことに、決まっているではありませんか。
『あの子は──生き人形ではないの。
エリーは、此処に来るはずじゃなかったのよ』
エリザベスの言葉が──うっかり聞こえてしまったエリザベスの言葉が、エリーの頭をぐるぐると巡りつづけていました。
奥までこびりついて、離れてくれません。離れてくれるとは思えません。
頑固なすす汚れのように、頑張っても頑張っても消えてくれなくて──聞かなかったことには、できない。
科白の意味は、未だにちっとも理解できません。こんなにこんなに考えても、考えつづけても、全然ぜんぜんわからないんです。
此処に来るはずじゃなかった、って……どういうことですか?
エリーが此処にいるのは、おかしいことなのですか?
エリーは、エリーは──此処にいてはいけない?
いなくならなきゃいけないんですか?
いないほうが、みんな笑顔になれるんですか?
不安で、不安で、寂しくて──胸が、きゅぅっとします。
生き人形は、お影様の『顔』になるために作られ、命を吹きこまれた存在です。
それはすなわち、アリス様がいなければ、エリーは作られなかったというわけで。
アリス様がいてくれるから、エリーは此処にいるのに。
それなのに……来るはずじゃなかった、なんて……。
エリーの中の確かなレゾンデートルが、どんどんあやふやになっていくような気がしました。
不確かで、掴めなくて──こわい。
その恐怖から逃げるように、エリーは必死に考えます。
それなら──それなら、それなら────それなら、アリス様は?
アリス様の存在は、どうなってしまうのですか?
アリス様がシャドー家に生まれているのに、その生き人形であるエリーが要らないなんてことがあるのでしょうか?
もしかして。
もしかして……ほんとうは、アリス様には、エリー以外の生き人形がいたのでしょうか?
「…………」
……アリス様は。
アリス様は──なんにも、言ってくれませんでした。
なんにも、きいてくれませんでした。
エリーが、何かを問うべきだったのでしょうか?
アリス様は……何を、どういう風に考えているのでしょう?
エリーには、わかりません。
思い悩んでいる『顔』はできます。
だけど──その中身は。
心に渦巻いている感情は、ちっとも想像できないんです。
エリーは、エリーは。
エリー、は……いてはいけない子なのですか?
また、胸がきゅぅっとしました。きゅぅきゅぅ締めつけられて、くるしくて……こわれてしまいそう。
エリーは……どうするべきなのでしょう。
明日の朝、アリス様を起こして、「おはようございます」をして……その後は? エリーは、何と言って、何をすればいいのですか?
ねぇ、アリス様。
エリーは……みんなを照らすどころか、此処にいるだけでみんなから笑顔を奪ってしまう、いてはいけない子なんですか?
エリーは、いつでも笑っていなきゃいけないのに──混乱で頭がいっぱいいっぱいで、泣いてしまいそうで。我慢しても我慢しても、涙が零れてしまいそうで。
ただ、膝を抱え、そこに顔を埋めて、蹲ることしかできませんでした。
◇◇◇
「おやすみなさい、エリー」
「おやすみなさい、アリス様」
おやすみのキスを終えて、自分の部屋へ戻るエリーの背中を見送り、瞼を下ろす。
ようやく──長い一日が、終わった。
アリスは、考えなくちゃいけない──エリザベスとさよならしてから、ずっと考えていることを。
『あの子は──生き人形ではないの。
エリーは、此処に来るはずじゃなかったのよ』
わけがわからなくて硬直してしまったアリスを──もし紅茶を持っていたならば机も床も汚してしまっていたであろうアリスを気づかい、「今日はここまでにしましょうか」なんて言って帰ってしまったエリザベスが、放った台詞。
眉を歪め口端を震わせたひどく物悲しい表情と、いつもよりも神妙な声と深刻なニュアンスで紡がれた言葉。
あれは──嘘ではなかった、と思う。
あんなに真剣な語調で嘘をついたとは思えない。
いいえ──それ以上に、そんなひどい嘘をつく人物だとは、思いたくない。
アリスは、エリザベスを信じたいの。
嘘つきだなんて、思いたくない。もしも嘘なら許さない。
それに……ひどく動揺しておいて何を、と思われるかもしれないけれど──なんだかそれは、あっさりと腑に落ちる内容でもあった。
だって──生き人形ではない、というのなら。
それで、すべての違和が片付くから。
エリーが余計なことを考えてしまいがちなのは、生き人形ではないから。
たったそれだけ。それだけで、じゅうぶんなのよ。
でも──そうなると、だからこその疑問が、たくさん浮かんでくる。
生き人形ではない、そしてもちろんシャドーでもない。
つまり、エリーは──シャドーハウスにおける、異分子だ。
裏切者や叛逆者の別称ではなく、ほんものの、ほんとうの異分子。
シャドーハウスにいるはずがない、別の生物──もしくは、人形。
それなのに──どうしてエリザベスは、『お披露目』でアリス達を合格させたの?
変わり者であるエリーを合格させた、特別扱いしてくれた理由を、エリーの『特別』の真意を知りたくて質問したのに──わからないことは、増えるばかり。
生き人形ではない何かを、生き人形として利用する──それは、シャドー家として正しいの?
シャドー家は、エリーで何か実験をしている?
そもそも、エリーは生き人形でないというのなら──どうして、アリスというシャドーの鏡写しな見た目をしているの?
エリーが今此処にいる以上、エリーの存在理由はアリスだ。
ほんとうの生き人形がいるはずだったポジションにエリーがいる、ということだから──エリーは、アリスの『顔』になるはずだった生き人形の代わりをさせられている?
それとも、アリスの生き人形なんて作らなかった?
例えば……わざわざアリスに合わせて作らずともそっくりな別の個体が存在したから、それを流用した、とか……? そして、それが立派な生き人形として機能するかを試用している、みたいな。
そして、エリザベスはシャドー家に認められた、『おじい様と共にある棟』の優秀な特別な生き人形だから、その実験のことを知っていて、どころか協力していて、だけど心が痛くなって、アリスに教えてくれた……?
……いいえ、違うわね。
こんなのは、アリスの妄想以上の何でもない。妄想にしたって、ひどすぎる。
エリザベスのあの表情は、そういうのとは違ったもの。
もっと──もっと別の何かに見えた。
エリザベスのアリス達への特別扱いは、そんな、実験対象へ向ける冷めたものではなくって──もっと、あたたかな愛があったから。
……それが、わかるのに。
なのに──それ以上は、ダメだった。
思考が、完全に固まってしまった。穴に嵌ったみたいに、動けない。
思考未満の何かが、脳裏をよぎっては泡となって消えて、形になってくれない。
なんにも──なんにも、思いつかないの。
まるで、思考する力を吸い取られてしまったかのように。進路を塞がれたみたいに。電源を落とされたように。
もしかして──何かを、見落としている?
アリスが落ちたのは、腑だけなの? ほんとうに?
わからない、わからない──アリスには、これ以上わかりようがない?
……いいえ。悲観的になってはダメね。
きっと、眠たくて頭が働いていないだけだわ。
また明日、目を覚まして、エリーに「おはよう」をして、エリーに淹れてもらった甘い甘い紅茶を飲んで頭をスッキリさせてから、たくさん考えましょう。
そうやって思考に区切りをつけたアリスは、意識を闇の中へと沈めた。
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🧸おはようの次は さよならの次は
なにをしようか なにをしようか
💎おはなしの次は おめかしの次は
どこにいこーか どこにいこーか
👑手紙の宛先は 君を探すのは
どこにしようか どこにしようか
💎ふうせんの色は あめ玉の色は
どれにしようか どれにしようか
🧸👑ねえ 問いかけた 答えは帰らず
🪞曖昧な君に贈るよ
ゴキゲンでキザな歌を
👑誰かの気持ちはじけた
💎🧸僕らはどう言った?
𝑪𝒂𝒔𝒕
💎アリス(cv.りる)
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🧸エリー(cv.おとの。)
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👑エリザベス(cv.nagi)
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𝑻𝒂𝒈
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