第一章 -未踏-
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第一章 -未踏-
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…五月蝿い。
ふうっとため息をついて、冷めたコーヒーを一気に飲み干す。ぼやっと視線を移してみれば、馬鹿みたいにでかいガラス窓に高層ビルのネオンが反射して見える。俺は思わず顔を顰めた。
いつもなら風景の一部であるはずの快速急行が発車する音すらも、今日はやけに大きく聞こえる。
いや、何も気にかけるな。今はそれどころではないだろうと、締切は明日だ、絶対に失敗出来ない、会社の威信に関わる重要なプレゼン資料だろうと。
……ぐわあっと背に襲いかかる何かが脳髄を麻痺させ、またそれは、俺に壊れたおもちゃのようにキーを叩かせる。そう、自由?夢?そんなものはとうに忘れた。くだらない妄想だ。煩悩を振りほどくように俺は今日もただ、無機質なブルーライトを浴びるだけ。
***
「よしっ!」
目覚ましが鳴る5分前に目が覚めちゃった。え、いや別に目が覚めた瞬間から元気って訳じゃないよ?なんて心で突っ込みながらバッと跳ね起きる。
最近ちょっとハマってるK-POPの有線を流しながら、支度を始めたりなんかして。これね、ちょっとテンション上がっちゃうじゃんって感じでさ。そう、流行りのモーニングルーティンってやつ。
ゆっくりヘアアイロンで髪伸ばして、お気に入りの蜜柑のピン留めをパチンってして。完成。うんっ!やだ、今日も最高に可愛いんじゃない?思わず笑みが溢れ、心で暗示を唱えながら勢いよく扉を開ける。
今日は、どんなワクワクに出会えるかな。
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20××年 7月某日 星夜
AM6:00。いや待てなんかすげェ腹立つくらい晴れてやがるし。空。そろそろ蝉も鳴き始めるしまた今年も夏来んのかって感じだな。なんか夏って何となく嫌いな気がすんだよ、あちぃからかな。分かんねえけど。
果てしなく続くんじゃないかって錯覚するくらい青々とした穂の間を縫うようにまた全力で立ち漕ぎしてやると、俺の相棒はギシギシ軋みながら必死で応えてくる。
にしてもあっっっっちい……。死ぬ。
「っぁようございや〜〜〜す!!!!!!朝刊です!!!!!!!」
鬱々とした気持ちを何とか振り払って勢いよく扉を開け、挨拶する。田舎にプライバシーっちゅうもんは正直あんまり存在しねえ。
「うふふ、おはよう星ちゃん。今日も元気だねぇ。」
奥の庭で日々草に水やりをしていた一つ隣のおばちゃんは特に驚きもせず、にこやかに此方を振り返ってくれた。
「今日も暑いですね。熱中症には気をつけて」
「あら、ありがとうねぇ。星ちゃんこそ。まだまだこれから配達が残ってるんでしょうし」
そうだわ、とおばちゃんが不意にパンっと両手を合わせ、綺麗な茶色の長い髪を揺らして奥の台所に走っていった。
「今朝収穫したばかりなの。よかったら」
キラキラと瑞々しいトマトと、サイダーが2本。
「いつも悪いね、ありがとうおばちゃん。」
「いいーえ。モネちゃんにもよろしくね」
ガーッと配達を終えると、皆の厚意から胡瓜、茄子、トマトとか、お菓子とか。いつも籠が一杯になるんだよ。あったけえ村だよな、本当に。前からこんなだったかなあ。 …ぼんやり考えながら乗り回してたら着いちまったな。
カシャン、と相棒を留め置きバカ長ぇ階段を二段飛ばしで駆け上がる。朝の配達のシメに向かうのはいつもここ…"天馬社"。
「雲音〜、居るか」
「……あ、星夜くん。」
おはよう、とまだ少し眠そうに箒を持った雲音が顔を出した。雲音はここの巫女をしてる。産まれた時から…だっけ?きっかけはちょっと忘れたけど。
「これ。皆がくれた野菜、またお供えしといてくれよ」
「わ…!また今日も沢山だね!ありがとう。」
「おー。ちょっとまた拝んでいくわ」
「…うん、」
鳥居に向かって目を閉じて、そっと手を合わせる。何故か知らんけどここまでは毎日やんなきゃ気がすまない。あ、そうだ。と背を向けて掃除を再開しようとする雲音を振り返る。
「水瀬のおばちゃんからサイダー貰ったんだ。2本あるからそっちで飲もうぜ」
天馬社は結構森の方にあるから、とにかく今の時期は蝉がうるせえ。蝉。うるせえんだよまじセミファイナルって意味わかんねえことぼやきながら階段にどかっと座る。くすくす笑いながら、雲音は一段下に腰掛けた。キツめの炭酸の刺激が喉を刺す感覚、ちょっと気持ちいいんだよなこれ。
「…星夜くんはさ、」
「おう?」
「藍想村から出たいと思ったり、しないの?」
サイダーを両手で持ち、不安そうに呟く雲音を不思議に思いつつ、普通に思うことを答えた。
「うーん。今ん所そんなつもりはねえかな。みんな優しいし、知り合い多い方が楽しいしな」
「そっか。」
「なんで急に」
「心晴ちゃんも、凪緒哉さんも、都会の方に行っちゃったし。それに…ううん。そう、みんなここから居なくなっちゃったら、少し寂しいなぁって」
ぽつりぽつりと伏し目がちに胸中を明かす雲音の姿を見て、ああ。とふとあの日を思い出す。なんかカッとなってあんまり良くない送り出し方しちまったっけな。もうあの兄妹とは関係ねえけど。
少し思考を巡らせ、まあ。と言葉を紡いだ。大丈夫、俺はまだ居るよってなんとか絞り出し、笑いかけてやる。彼女はちょっと複雑そうに微笑み返し、ゆっくりサイダーを喉奥に落とした。
…なんか、ここから離れちゃいけないような気もするからさ。さぁっと吹き抜ける潮風をゆっくり吸い込んで、天を仰いだ。
本当に、呑み込まれてしまいそうな程の快晴だ。
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Writer:00
Illust:03
Music:グランドエスケープ/RADWIMPS(Vo.00/01/02/03/04)
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