カルミアを燃す
米津玄師
カルミアを燃す
- 5
- 1
- 0
仕事の依頼が来た。とはいえ、今回は情報屋としてではない。最早、常連客と言っても良いだろう。いつもロロのパンという、一部地域でしか作られていないチーズを使ったパンを買い続けている老婆からの依頼。
「あ、いらっしゃい。いつものでしょ?待っててね」
いつものように買い貯めてあるパンを紙袋に詰める。特に代わり映えのない風景と老婆。クロエも深い意味もなく目に付いた事を聞いた。
「お客さん、いつも同じ花の髪飾り付けてるよね?」
その言葉に老婆は笑った。しかしそれはいつもの優しい笑顔ではない。老婆が示すような笑顔と言うよりは…
「うふふ。クロエちゃんはこのパンをどこで仕入れてるの?そういえば聞いてなかったわ」
「麓のエリアで一番大きな湖の辺の村だよ。湖に住んでる水牛のチーズを使わないとロロのパンって言わないんだよね、確か」
老婆は誰に言うでもなく、やっぱりそうなのね…と呟いた。そして髪飾りを取り外すとクロエに渡した。
「クロエちゃん、仕入れの時にこの髪飾りを村の人に渡して。物々交換したいって言ってちょうだい?」
そう言うと老婆は帰って行った。物々交換の代行…なんとも妙な依頼だ。しかも誰と何を交換するかなど詳しくは教えてくれなかった。クロエは仕方なく仕入れへと出向く、手には花飾り。
途中街で一泊しないとつかない距離の村。正直、老婆が毎日買いに来なければ、完売と共に販売をやめようと思っていた商品だ。焼き立ての大きなパンを何個か買い占め、いつものようにお礼を言う。普段はそのまま出ていくのだが、クロエはパン屋の店主に声をかける。
「あのさ、このパンをいつも買うお客さんからこれを預かってるんだけど、何か知らない?」
そう言うと、あの花飾りを見せる。普段ぶっきらぼうで無表情の店主の顔が青ざめる。
「あ、あ、あんた…いつも客として来てると思ったが…まさかこの村をまた襲いにきたのか!?」
「え?いやいやいや、落ち着いてよ!これは僕のものじゃない!話が見えないなぁ、僕はこれを物々交換してくれって言われただけだよ」
状況が呑み込めないクロエを他所に店主は人を呼びに外へと駆け出した。逃げるか…?と悩んだが、やましい事をしてないのに下手な行動をすればよりマズイことになると判断した。程なくして村長らしき人物と数名の老人に囲まれ、軍の詰所に連れられた。
「…僕、捕まるの?罪状は何?事によっては理事会に訴えるけど…」
ムスッとした顔で椅子に座るクロエ。机を挟んで村長が座る。二人を囲むように関係者が立っている。
「もう一度持ってきたものを見せてくれ…」
クロエは言われた通り花飾りを差し出した。
「カルミアの花飾り…間違いない…」
そう言うと、皆が花飾りをマジマジと見つめる。そして、どこで手に入れたのかと聞かれ、この村のパンが好きな常連客のものであると素直に答えた。
「この村のパンを…ああ、なんと申し訳ない…」
泣きそうな顔の村長はぽつりぽつりと話を始めた。
昔、少年少女だけの半グレ集団がこの当たりをのさばり山賊まがいな事をしていた。彼らは理事会が管理する体制に異を唱え、完全に独立した自分達だけの街を作るのだという大義を掲げ、仲間たちは「大望」を表すカルミアの花を必ず所持していた。ただ暴れたいだけの子供の集団、初めは直ぐに解体されるだろうと問題視されなかったものの、一人の少女が頭角を表した。この村出身の田舎娘…彼女は新星のように現れると集団は団結力を増し、もはや最も恐れる存在に成長していった。だが、恐ろしい存在に変わりないが以前の様な無秩序な暴力行為は徐々に減り、威圧的ではあるものの交渉も可能になっていった。
「しかし、残念ながら誰かが力をつければ、誰かがそれを疎むものです。彼女の他に力のある少年が居ました。彼は彼女と違い、狡猾で破滅的な人格でした…」
カルミアの集団の隠れ家がついに理事会に見つかってしまった。理事会の統治を敵視している集団のため、理事会は即座に解体へと軍を向かわせた。
「この村の者の通報でした。そして理事会が動きやすいよう、村で既に様々な手配もされていた…今思えばおかしい話です。誰もカルミアのアジトは分からなかったのに、分かった途端に全てが流れる様に動いていく。村では理事会への物資提供の準備が整えられ、万全の体制で理事会はアジトへ襲撃をかけた…その時です」
村のあちらこちらで火の手が上がり、暴徒が暴れだした…。全ては少女を妬む少年の罠だったのだ。理事会を利用して少女ごとカルミアの集団を攻撃させ、彼女達に目を向けさせている間に彼女の故郷を襲い物資を奪い、自分が新たなカルミアのリーダーになるのだと…。
「村は壊滅の危機に瀕していました。それを救ったのは…我々が敵視した、カルミアだったのです。彼女は理事会の襲撃を受けながらも生き残った仲間を引き連れて、反逆者たちと戦ってくれた…それなのに…」
村人はあの花を見て罵倒を飛ばす。この村を襲った人殺し集団だと…。確かに内部分裂によるこの事件、傍から見れば同じカルミアの一味の仕業だ。彼女は捉えられ、石を投げられ、後日火にかけて公開処刑をすると決められ捉えられた。
「仲間が何人も捕まり、裏切られ、守った故郷からは人殺しと恨まれ…彼女は死を受け入れましたが、我々は必死で説得しました。どうか生きてくれと…我々だけの街は出来なくとも、貴女だけは生きてて欲しいと…。そして、我々は火あぶりではなく、殺処分したと嘯くために彼女の髪を斬り、人目を避けて逃がしました。その際、我々のカルミアを彼女に捧げました…彼女は…それを髪飾りにしてたんですね…」
「そして、やっと今それを返したって訳か」
「ありがとう、クロエさん…ありがとう…」
足を悪くしたから買いに行けなくなったとは嘘だったのか。確かに毎日露店に出向く元気があるのだし。…花飾りは彼らの手で燃やされ、代わりに手紙とパンの他に村の特産物を沢山持たされた。
キリエに帰ると、とても話の人物と思えぬいつもの老婆が笑顔で迎えた。
「ふふ、ナイスタイミングね。こんな人生だったけど、今日でまた新しい一年を重ねるの…荷が降りたわ、誕生日プレゼントをありがとう」
‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦
光のマナを手に入れた
Comment
No Comments Yet.