柑橘の香りと菓子 オリィ
花澤香菜
柑橘の香りと菓子 オリィ
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「ふぅ、だいぶ出来た…?いやもう少しかな」
まるで少女の様な幼さの残る顔にうかぶ汗をググッと拭う。爽やかな柑橘色の髪は後頭部の高いところで止められている。ドワーフかホビットと見間違えるほどの小柄な体にブカブカの作業着用ツナギ。トンカチと釘を抱えて、あちらをトントン、こちらもトントン…
「トレビアン!流石は僕の弟子だね!外装もスイートで華やかだ」
細身のエルフが部屋の中を見回しながら入っていくが、彼女はまだまだですから!と手を止めない。
「ノンノン…僕らパティシエは繊細な仕事をしているのだよ…。こんな大工仕事をするために神は僕らにこの芸術的な手を与えたわけじゃないのさ」
エルフは自分の手をウットリと見つめる。彼に窘められ、金槌を一旦机に置く。
「はい、メートル(師匠)」
「しかし、僕のスイーツ・ラボが暖簾分けをする日が来るとは…僕はまだ信じられないよ」
キリエで最も有名なスイーツ店、スイーツ・ラボ。毎年、ハロウィンの祭典で秋の精霊や秋の主にお菓子を献上する大事な役目を担い続けている。ナルシストなエルフが率いるパティシエ集団。彼女もその中の一人である。亜人だけに囚われず、スイーツへの情熱と才能がある者を快くラボの傘下へと引き入れたエルフのおかげで、様々な人種の中で切磋琢磨、己の腕を磨くことが出来た。誰よりも小さな手で、誰よりも器用に夢のようなお菓子を作り続け、師匠であるエルフを支えてきたのだが…
「店まで職人に頼まず自分で内装をやるなんてね。凝り性なのはスイーツ以外でもなんだね…それにしても、ふむ…僕は君が僕と違う道を進みたいと言った時はショックで堪らなかったが…今になってわかる気がするよ」
また改めて、彼女の夢の舞台である小さな小さなスイーツ店を見回す。エルフが最初に言った通り、甘い雰囲気で可愛らしい装飾…まるでお菓子の家のようだ。エルフのスイーツ・ラボは洗練され、お菓子作りに集中出来るよう無駄な物が何も無い。まるで真逆な職場…
「君なら、僕の名を授けても応えられるだけの腕がある。この天才の僕が保証しよう。右腕がいなくなるのはとても悲しいが…遂に君は夢を掴み、店というゴールにたどり着いたんだね。コングラチレーション!!」
高らかに拍手を送るが、彼女は険しい顔で答えた。
「いいえ!メートル。スタートです…私、スイーツに出会えて…運命の出会いが出来て幸せです。だから今度は…スイーツに愛されるような、立派な職人になりたいんです!食べてるだけで幸せだったけど、どんどん作りたい気持ちが強くなって、今は食べて欲しくてたまらないんです!」
やっと一人で立てる様になった若い若いヒヨっ子パティシエ。エルフはかつての己と、仲間たちの出会いを思い出して、ふふっと笑う。二人の間に仲間たちとの時間を慈しむ優しい時間が流れていた。そんな時、ドンドン!とノック音が聞こえる。扉を開くとニフがたっていた。
「この度は新しいお店の新規開店、おめでとうございます!キリエの商店街が益々賑やかになって、私嬉しいです!これが開店手続きの書類と、後これ!住民帳です。すいませんが、こちらは今書いて頂けませんか?」
そう言いながら羽根ペンを差し出す。ペンキで汚れた手でさらさらと書き込むと、よろしくお願いします!とそれを返した。
「ありがとうございます!確認しますね…オリーフィア・ルナサーニュさん…種族は…人間。はい…えー、はい!問題ありません!憑神は…田道間守…あぁ!回復の単一使いなんですね!」
挨拶もそこそこにニフは帰って行った。
「さてぇ…僕もそろそろお暇しないとね。これからは君がこの城のメートル(主)だ。陰ながら応援しているよ、小さな僕のパティシエール」
「はい!死ぬ気で頑張ります!!」
「ノンノンノン…根性論はナンセンス…」
力の入るオリィを宥めようとオリィの肩に触れる。ふと、彼女の後ろ、店の風景が目に飛び込んだ。
「君の髪色と同じ…美しいオレンジに統一されている、いい店だ…。そう言えば、僕の弟子になった時も…オレンジのシンプルなジェリーを持ってきていたね…。楽しみたまえ、僕の弟子、愛するオリィ…」
2人は固く抱き合った。後日、オリィの店の前にオレンジの木が植えられていた。根元には『スイーツ・ラボより』と書かれていた。
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オリーフィア・ルナサーニュ 女
人間
田道間守のカミツキ
データを保管致しました。ようこそ!キリエの商店街へ…
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