新メンバー加入のお知らせ「星を詠む灯台守」(ハスタ)
秘密結社 路地裏珈琲
新メンバー加入のお知らせ「星を詠む灯台守」(ハスタ)
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僕は、彼女の微笑みを見て確信した。
彼女こそが、掴むべき奇跡だと。
恐怖の一夜から数日。
お菓子の国で起こった件の事件は、それなりの形で落ち着いたものの、僕らの旅はひとつの転換期を迎える。
まずひとつ、勝手知ったる主戦力、“ナンバー持ち”達の離脱。そして、技術力を数と体力で補っていたエンジニアの不足。更には、予想だにしない危機までもが訪れた。
この国に来るまで無事に作動していたナビゲーションAI、Tちゃんが、突然不調を訴え、まるで魔法が溶けてしまったシンデレラのように、一切の世界地図にアクセスできなくなってしまったのである。
彼女には感情がある。おそらくは、初めての別れを体験したことで衝撃を受け、何か回路に重篤なエラーを発症しているようだったが、肝心のエラーが一体どこに巣食っているのかは、タナカの腕ではさっぱり見当もつかないそうだった。
まあ、なんとかなるさと口にはしたものの、夜な夜な店員達が寝静まった頃にトップ達を集めて策を立てども上手くはいかない。カフェの営業で生活資金をやりくりできるとはいえ、この大食らいの巨大な“鯨“は、本業、秘密結社としてのデカい働きがなければとてもじゃないけど飼えやしない。
航空士、腕が立つもの、それなりに表と裏の世界を渡り歩いた、もしくは、そこに身を投じることに尻込みしない豪胆な人間。そんな都合がいい人材、全部集まるまで幾月かかるのだろう。流石の僕も今回ばかりはお手上げで、風邪気味だと口裏を合わせてもらい、数日自室で人を探すための手紙を書き続けた。勿論、結果はすぐに出るはずもなかったが。
たまにくる素っ気ない返事に項垂れて、どれくらいの便箋をミウラに託したことだったろうか。次第に、膠着した事態にうんざりしてきて、僕は毎日夜中の2時ごろ、ひとり海辺を歩くようになった。
そしてそこで、出会ったのだ。
海辺にある小さな灯台の、灯台守の女性に。
初めて会った日は風が強く、僕の持っていたカンテラが煽られてダメになってしまった日だった。戻り道は鬱蒼と茂った松林で前後不覚、夜明けまで開けたところで過ごすつもりで砂浜に座り込んだら、明かりを持った彼女に呼ばれ、その小さな灯台に招かれた。
彼女の名前はハスタ。もう何年も、ひとりでこの灯台を手入れしているそうだった。灯台の中の機械系統は、アナログな機構とデジタルが混在していて、楽をするために少しいじったのよと笑うには、あまりに高度な技だと思った。
ひび割れた真っ白な灯台のてっぺん、命とも言える灯りの下は彼女の部屋で、天井いっぱいに描かれた夜空と手描きの星座、天球儀に望遠鏡、潮でやられかけのピアノに、工具が入った古いスツール。そして、机周りには賑やかに飾られた雑貨の数々。一際古びているけれど、大事に修理された痕のある飛空挺の模型が、隙間風でゆらゆらと揺れる姿は、どこか空を恋しがっているようにも見えた。
せめてものお礼にと、ありあわせの道具と豆で淹れた珈琲を彼女はすごく喜んでくれた。
僕は身の上話をする中で、ハスタの言葉の端々に外の世界を旅してきたものの視線を感じた。彼女はものをよく知っているし、時々すごく懐かしそうに遠い目をする。今度僕らの店に遊びにきてよと誘ったら、一瞬だけ少女の笑顔を見せてから、大人のヒトの受け答えではぐらかされて、そこにまた何か秘密の残り香を感じる。
「君は、星を見るのが好きなの?」
「そうね、好き。星を見ることが、私の生き甲斐...いや、大袈裟ね。日課だったの」
「その話は、珈琲一杯の時間じゃあ聴き終えられそうにないね。ドーナツは好き?」
「好きよ、でも、蜂蜜よりチョコレート派。もっといえば、ドーナツもいいけどガトーショコラが好き」
「それはそれは、機密情報をありがとう」
僕は、それから時々、珈琲とおやつを持って、ハスタのもとを訪れるようになった。
灯台は潮騒と潮風で守られているから、秘密のお喋りにはもってこいだ。
ある時は、修理を手伝いもしたし、珍しい天体観測に興じもした。あかの他人である彼女だからこそ話せる、今僕らが抱えている不安、照れ臭い友達自慢。それから、今まで共有できなくて燻っていた、彼女の星に関する深い知識と情熱、ハスタが創った自作の歌も、どうにもならない現実から少しだけ離れられる大事な時間になっていたように思う。
しまいには“なんだか最近元気だけど、女でもできたのか“と、うちの奇特な自称詩人にあらぬ疑いをかけられたので、僕はある晩、仲間達にこれまでのことを打ち明けた。
ところが、思っていた反応と違う反応が返ってきた。
タナカはやけに真剣にスマホで調べ物を始めるし、イチロウくんは腕組みをして顎のあたりを指でトントンやっている。スズキさんも、イトウくんも、モミジちゃんも、みんなして顔を見合わせて外に出る支度を始めて、慌ただしい。
「サトウくん、吟遊詩人は、なぜ歌うか知っているかい」
イチロウくんが、珍しく真面目に喋っている。
「...胸に焼き付き消せない業を、誰かが二度と負わぬように。そして、消してはいけない記憶の灯火を、誰かに託すため。甘い音の調べに隠して、脈々と歌い継ぐのさ。彼女は、世界の裏側を知っている人間だ」
僕は、ハッとした。なぜ、今の今まで気がつかなかったのだろうか。
「星と歯車の声を聞いて、空を駆ける職業に幾つか心当たりがあるのだけれど......何にせよ、そんな素敵なお嬢さんなら、一度僕らにも紹介していただきたいね」
スズキさんのバイクを借りて、息を切らして砂浜を駆け、踏み慣れた螺旋階段を登り切ったその先、扉を開けた僕を待っていたのは、一足先に僕らの何かに勘付いて、本当の姿を現したハスタその人だった。
「星と歯車の声を聞いて、空を駆ける...」
「もう随分と、久しい話だけれどね。今晩は、少し長くお話しましょうか。お互いのことについて」
掴めるかもわからない空の星に誘われるように、差し出した僕の手と、機工士特有の豆だらけの彼女の手は、優しく重なって握手を交わす。
そう、僕は、彼女の微笑みを見て確信した。
彼女こそが、掴むべき奇跡だと。
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この度、運営の推薦で、秘密結社路地裏珈琲の新メンバーとして、
ハスタさん(ハスちゃん)をお迎えしました。
今回の加入は、運営継続に向けての都合で臨時に行ったものですので、今後休止メンバーの枠の再募集などはまた随時お知らせしてまいります。
参加者の皆さんには、また後ほど顔合わせやご紹介の機会を設けますので、どうぞよろしくお願い致します!
なお、こちらの音源はご本人の作曲・歌唱です。
音源のタイトル欄では、企画の情報を載せており
クレジットが記載ができなかったため、こちらでご周知させていただきます。
Comment
2commnets
- Second season 秘密結社 路地裏珈琲 〜空飛ぶ珈琲店〜
- HASTAはわわわ!素敵なお話*。・+(人*´∀`)+・。* ありがとうございます!!感激です( 〃▽〃) ご迷惑をおかけするかもしれませんが、今度共末永くどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m♪♪♪