遡り短編「Happy whiteday!!」(空蝉)
秘密結社 路地裏珈琲
遡り短編「Happy whiteday!!」(空蝉)
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お菓子の国の街中で、チョコレート製の銅像を見かけた俺は、引き寄せられるように足を止めて、雑踏の中にも関わらず棒立ちした。黒いマスクの下で、蘇るバレンタインの思い出に、口元がだらしなく緩んで戻らない。
バレンタイン当日、早朝、まだ前日の酒で意識が朦朧としている俺の部屋に、侵入者の気配があった。目が開かないが、二人いるのは物音で何となくわかった。息を押し殺して、一切の生気を絶った玄人と、なかなかに筋の良い気配断ちを取得した片割れ。まさか飛空挺の内部まで踏み入ってきて寝込みを襲うとは、なんたるやり手であろう。
俺は狸寝入りに徹し、おそらくこの後行動を起こしてくるであろう片割れの一手を待った。
そろりと毛布を剥ぎに伸びてきた腕。すかさず、払うような動作で手首を取って、勢いに任せてベッドに巻き込む。思いの外細い腕と、軽い体重からすると、相手は少女、好都合だ。驚きのあまり息が詰まって声すら出ないそのこを、毛布に引き込み、抵抗される前にしっかり背から抱きすくめ、腕を首に巻き付けた。
刺そうものなら、毛布の下でこいつを身代わりに、思いとどまれば人質交渉に使ってやろうと、仕事の思考回路でいっぱいの俺。そんな、珍しく格好がついた時に限って、俺の耳にとんでもない声が突き刺さってきた。
「ぴ、ぴえん...!!」
ぴえん。確かに今、ぴえんと鳴いた。この声、この口癖、狭い毛布の中で香る嗅ぎ慣れたシャンプーの匂い。というか、JK特有のすごく甘いあの香り。得体の知れない冷や汗が背中を伝ったら、もやが晴れたように俺の頭に清々しい目覚めが訪れ、瞬時に察した。
「待って.......せみみん、めっちゃ摺り足上手くなってるやん、俺どこぞのヒットマンに命狙われてるんかと思ってびっくりしたんやけど」
「えへ」
「いや、ちゃうねん、そこちゃうわ。お部屋間違うてんと違う?」
「ちゃう、せみちゃん、おへやまちごうてへん......」
イトウちゃん、と、詰まった小声が俺の腕の中で震えていて、目の前の耳が真っ赤になっていることにようやく気がついた時には、おそらくもう数分ほど経っていて、俺が、彼女、空蝉を自室のベッドで朝っぱらから抱きしめたという事実は、もう消せそうになかった。
今更よそよそしく放り出すのも、失礼というもの。後でしっかり口止め料と土下座外交の根回しを覚悟して、俺は笑って彼女の頭をワシワシ撫でた。いつぶりだったろう、最近全然辻斬りちゃんたちとじゃれ合う機会も暇もない。前はもっと日光で乾いたサラサラの毛質だったのに、久々に触れた赤髪は、トリートメントできちんと手入れされたとろけるような指ざわり。
何気なく、手の甲でそっと触れた、吸い付くような瑞々しい頬に、ぺったりとした化粧の感触があって、わざわざめかし込んできたのだと勘付いた。そうだ、今日は、そういう日じゃないか。この時期毎年、まだ守っていたいから、子供でいて欲しい気持ちと、それを飛び越えてどんどん成長した自分を見せつけてくる可愛い妹分の間で、俺は葛藤させられる。
けど、そろそろ俺が大人になって、素直に褒めてあげることが、彼女の努力を1番報うことを知った以上、かける言葉は一つしかなかった。
“どんどん可愛いオンナになってくやん“
そう、伝えたかったのだが...。
その前にどうしても一つ確認しておきたいことがある。
さっき彼女と共に入ってきたあの、生気のない何か人のようなものは、一体何だったというのだろうか?甘い沈黙を破って、会話を切り出そうとした俺よりも早く、空蝉が突然甲高い叫び声を上げて、俺の腕ごと毛布を吹き飛ばした。
「ああああ!!イトウチョコの助くんが!!」
「チョコの助!?」
床で無残に倒れて銅と首がさようならしている、どう見ても俺...のチョコレート。
去年人形サイズでこしらえてくれたアレだ。アレが、進化している。
「びっくりさせようと思って、一週間かけて作ったのにぃ...!!」
俺は、ぽかんとして、唖然として、寝癖のついた頭を撫で、そしてにやけ、吹き出してから、もう一回泣きそうな彼女を抱きしめて、乱暴に頭を撫でた。出会った頃、まだ泣き虫だった彼女を宥めた時のことを思い出しながら。
チョコレート製の銅像が、じっとこちらを見つめ返しているような気がして、俺は我に帰った。
「......お土産、なんかこうて帰ろかな」
何でもない日の夕方だけど、俺は何だか嬉しくなって、二人分の鯛焼きと、12個の苺大福を提げて鼻歌まじりに街から消えた。
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🤓「や〜、あの後せみみん叫んだおかげで、俺久々に本気で木刀持って走ってくるお嬢見たんよな」
🐶「......あれ、でも番頭結局せみみんベッドに引き摺り込んだのは事実なんだよね?」
🤓「......うん?」
🌸「ふわぁおぅ❤️詳しく頼む」
🌾「(絶句)」
🐝「すごい、稲姫とキキョウさんのさげずんだ目、すごい...!!」
🦋「(傘を音もなく取り出す)」
🍇「せみちゃん的にはどうだったの?」
🍒「...すごくよかったデス(敷いてあるお布団が)」
🤓「へいへいへい語弊ーーーーー!!」
🍎「お嬢〜、番頭から土下座があるって」
🌙「(しれっと柔らかめの座布団を持ってきてあげる)」
今更ながら、BDの期間に上げられなかったアレになります🙇♀️
ハッピーホワイトデーでした、お納めください🙂
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