青い星にかかる虹
島谷ひとみ
青い星にかかる虹
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夕方も近くなったなぁ…今日は子供たちに剣術を教える日。厳しく教えても、着いてくる無垢な笑顔は可愛いものだ。大きな伸びをしたみりんは、私服に着替えて家へと向かう。昔から帰りは人の集まる場所をぐるり回る癖がある。アヴァロンの兵になってからの日課。ああ、今日もみな笑顔…安心して眠れそうだ。特にあの笑顔は幸せそうだ…ん?何やら見覚えある白髪のお下げ…。
「シノ殿!?何をなさっているので?」
「あ!みりんさん!いらっしゃいませ!」
…いらっしゃいませ?まるで商人のようだ。理事会員の見習いなのに…見渡してみると商品らしきものまで並んでいる。
「あ!これはですね、昔キリエで行っていたバサーの売れ残りです。捨てられてしまうのは可哀想だなぁって…だから、ニフ先輩にお願いして頂いたんです。良かったら見ていきませんか?」
キリエのバザー!みりんも最近キリエに越してきた新参者。故にバザーがあるなど初耳だった。ずっと首都で暮らしていたが、その間キリエはどんな街だったのだろう…考えた事がなかったが、興味深い。では、お言葉に甘えて!と元気に答えると、商品の前でしゃがみ込んだ。
「ほほぉ!ほー…うんうん…」
色々掴んで持ち上げて眺める。声をあげてはいるが…何だこれは?皿…いや、ロウソク立て?これは…魔具なのか?武具には知識はあれど、一見しただけではなんだか分からないもののオンパレード…キリエは昔、一体どんな文化だったのだろうか…みりんの頭の中で謎が深まるだけだった。
「どうです?面白いものばかりでしょ?」
「ふぇ!?…は!あああ!そうですね!とても興味深い!特にこの鳥の置物など…!」
唐突に声をかけられ慌てふためくみりん。シノはごめんなさいと言いながらくすくす笑いだした。
「なんだか分からない物ばっかりでしょ?皆さんそう言ってました。ごめんなさい、みりんさんに意地悪しちゃった」
一本取られました!と大きく笑う。シノも肩を揺らして笑っていた。夕日が照らす和やかな空気。
「お詫びに今手に持っている物を教えますね。それは鳥の形を模したジョウロなんです」
ちょうど肩幅より少し手を広げた程の横に伸びたそれは、小脇に抱えるととてもハマリが良い。白鳥を抱えているかのようなフォルム。鳥類の羽を思わせる貯水器と白く伸びた首、鳥のくちばしのような先端の蓮の実。取っ手は蔓植物を思わせるデザインで、取っ手と蓮の実、羽の模様は金でコーティングされている。
「なんと美しいジョウロだろう…贅沢な作りですね」
「羽の模様に風の呪詛がかかっていて、お水を常に空気と同じ温かさに保ちます。撒く時は広い範囲までお水が撒けるんです。お庭向けのジョウロなので、鉢植えを育てる家庭には向かなかったみたいです。それで一つ売れ残ってここにあるんです」
確かに広い範囲に水が撒かれてしまっては、小さな家庭には不向きだろうな…マジマジと見つめて納得した。広く水が撒ける…か…生憎私の家には植物など…
「…はっ!!」
「わ!びっくりした!どうしたんですか?みりんさん、急に大きな声出して」
「あるではないか!しかも日頃それで苦労していたではないか!みりんよ!!」
「えっと、みりんさん、話が読めないのですが…」
困惑するシノ。そんな彼女にジョウロを押し付け、爛々とした目で嬉しそうに問いかけた。
「これを頂きたい!おいくらですか!?」
目を丸くしたまま、シノは言われるまま値段を伝え、商品を包んで手渡した。
「もしよろしかったら、帰りに門の外を覗いて行ってください!自慢の風景をご覧致しましょう!」
みりんは自信満々にニコッと笑って見せた。
みりんが去ってから、しばらく見渡したがもう客の姿は無さそうだ。商品はほぼ消え去っていた。よかった!あの子達は皆赤い糸の先へ旅立てたんだなと、シノは嬉しくなった。メアリとの約束にまだ時間がある。帰る前に、せっかく誘われたのだから、門の外を覗いてみよう。シノは帰り支度を済ませて、歩みを進めた。
門番に話し少しだけ門の外に出してもらった。辺りを見渡していると、シノを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい!シノ殿!こちらです!見えますか!?」
声の方に目をやると、オレンジの光に負けぬ鮮やかな青い星がそよそよと風に靡く。
「如何ですか!?自慢の花畑です。ブルースターっていうんですよ!」
嬉しそうにみりんは説明する。
「門の近くにこんな素敵な場所があったなんて!」
「街中では土地がなかったので、ここをお借りしました。…それにしても、このジョウロは本当に素晴らしい!水やりがこんなに楽になるなら、もっと早くに出会いたかった!」
夕日にキラキラ光るジョウロ。品のあるデザインも、凛と美しいみりんが持つと何とも様になっている。そんなシノの感想もつゆ知らず、みりんは子供のようにはしゃいで水を撒いた。
「あ!見てください!シノ殿!虹ですよ!ああ、金のジョウロと夕日に照らされて…こんな美しい虹は初めて見ましたよ!」
雲ひとつない空の焼けるような夕日、光に照らされ金に輝くジョウロ、下には無数の青い星。その画に満開の七色…
「私も今まで見た中で一番綺麗で…一番幸せな虹です。来てくれて本当にありがとうございます…!」
夜が来るまでの刹那の光を2人は見つめていた。
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便利なジョウロを手に入れました。
(シノのバザー 売上5)
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