大きな龍と小さな妖精
嵐
大きな龍と小さな妖精
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初夏から咲き出したブルースターは真っ青な海のようだ。そよぐ姿を満足気に眺め、門の外の自作花畑に佇むみりん。そこへブルースターを籠いっぱいに詰めて、ヨタヨタと飛び回る影。
「ほ、本当にいいんですか?お花を分けて頂いても…とても素敵な青ですね!」
「是非とも!我が兄から譲り受けた花の種を丹寧に育てました!キリエの花屋にも売られたとあらば、兄様も喜びましょう!」
フィーは兄の名前を聞いて驚いた。みりんの兄は園芸や花屋界隈では注目の新星として有名なようだ。フィーは兄妹の花を大切に抱えて微笑む。
「まさかみりんさんの御家族に同じ業種の方がいるなんて!…そうだ!園芸に心得がおありなら、今キリエの植物園のお手伝いを募集していまして。私も勿論毎日行っています!お忙しいでしょうが…来てくれたら私凄く嬉しいです!」
ユラユラと揺れながら嬉しそうに飛び回る。厄介事に呼び出されるのは常だが、純粋に好意として来て欲しいと言われた事が、みりんには胸を貫くほど嬉しかった。必ず向かいます、約束致しましょう!力強く答えた。
真夏の暑さに茹だりつつも日々の任務をこなす。フィーとの約束もついに明日…といった時だった。
「おい、すまんが今日は残ってくれ!門と外壁の補修要員が足りなくてな。西の壁を担当して欲しい」
勤務が終わり着替えに向かっている最中、唐突に上官から呼び止められた。詳しく聞くと、アヴァロンの気象監視院より嵐の警告がキリエに通達されたそうだ。その嵐がキリエに到達するのは…
「まずい…こうしてはいられん!!」
みりんは早々に言い渡された仕事へと向かった。
梅雨もすっかり晴れ、ひたすらに暑いが安定した晴天が数日も続いた。夏らしい天候を満喫しつつ、みりんとの約束の日を待つ植物園とフィー。明日のスケジュールをワクワクしながら手帳と相談する。ああ、明日は何をしよう!ブルースターのお礼もしたい。自分と真逆の大きな友人との作業を描き、園長と別れを告げて家路に着いた。
「明日も忙しいぞ…!早く寝ないと。あ、でももう1回明日の予定を確認しようかな」
カバンの中の手帳を取り出そうと手を伸ばした時だった。ガタガタッ!!酷く強い風が走り去る音が聞こえた。夏の夜に不穏な音、何気なく窓を開けたフィーは絶句した。空が怒気を孕んだかのような禍々しいうねりをあげている。真夏にゾッとするような冷たい風が頬を刺した。まずい…この空は確実に嵐が来る!フィーは即座に外へ飛び出した。
ハァ…ハァ…暗闇の植物園にフィーの荒い息。それに増して荒くなる風音。夏は嵐が吹き荒れる季節でもあるのに…なぜ気を抜いたのか!どうすれば、何をすれば…!?すると、ああ!と叫びが聞こえた。園長の声だ!園長もまた異変に気づき、園内の植物の移動や補強を行っていた。しかし、嵐の中の作業は老体にはあまりに酷であった。転びそうな園長の体を脱兎のように飛んで支えた。
「…フィーちゃん!」
「園長!お気持ちは分かりますが、危険です!どうかお帰りください!」
「ダメよ!フィーちゃんだって体が小さいわ!この風に羽が持っていかれたら、どこかへ飛んでいって怪我をしてしまう…!!」
風が雄叫びを上げる中、必死で叫び合う2人。もう嵐は完全にキリエを襲っていた。老婆とフェアリーのたった2人、広い植物園、皆が手伝ってくれた菜園…なんでこんな事に…フィーの目に涙が滲んだ。そんな小さな体に宿る小さな小さな涙など、塵に等しいと言わんばかりに、雨を存分に含んだ狂風が牙を向いて迫った。
「蒼き原始の祖龍よ、嘶け!!」
園長の壁になれるようにと、小さな体で園長を庇ったフィーの前に背の高い人影、その前には厚い硝子のような壁。…みりんさん!フィーの叫び声と優しいみりんの笑顔。しかし、幾ら伝説の軍師と言え天災の前には力及ばず、氷の壁はミシミシと悲痛の声を上げる。
「園長、ここは私達にお任せ下さい!フィー殿私に指示を!私ならこの嵐でも任務を遂行できます!」
そう言うと、フィーの胴体と自分の胴体を長いロープの端で括りつけ、フィーが一人で飛ばされない様にした。何度も謝る園長を安全な場所に運び、大きな龍と小さな妖精は意地悪な嵐の中で、大事な植物達を力を合わせて救っていった。フィーの指示の元、植木を運び、雨に打たれながら補強をし…何とか嵐をしのぐ作業をやりきった。全身を濡らし、ヘトヘトになった2人は園長の家に匿われ、着替えを済ますと同時に、ソファーに座ったまま気を失ったかのように並んで眠りについた。
朝、みりんは家ではない風景に一瞬混乱した。ボヤける頭を必死に探って、はっと目を見開いた。そうだ!嵐…植物は!?フィー殿は!?…膝に何かが乗った感触。見ると、みりんに寄りかかっていたフィーの頭が膝へとずり落ちていた。ああ、無事でよかった…!外を見ると天界にいるかの様な眩い朝日。
「ありがとう、勇敢なお二人さん…外も大丈夫よ。2人のように、植物も嵐に立派に立ち向かってくれたわ…恩人のみりんさんに悪いのだけど、もう1つお願いしたいの…どうか、もう少しゆっくり寝かせてあげてね、起きた時にみりんさんが居たら喜ぶと思うわ」
モーニングティーを差し出しながら、園長はウインクして微笑んだ。お任せを…みりんは静かにまた、瞳を閉じた。
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天災を乗り切りました。
(フィーの園芸店 売上5)
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