「囚われの文化財」(浅葱)
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財」(浅葱)
- 46
- 13
- 0
えっへっへと、至極幸せそうにニヤけた笑い声がしたので、僕は指示されていた目隠しを外した。そして、うわあと、最早すっかり僕の鳴き声みたいになってしまった例の感嘆の声を、期待通りに吐き出した。
「焼肉バイキングでひと稼ぎ作戦、へいらっしゃあい」
精肉のつてなんかないのに、山中で焼肉屋さんを始めるって聞いた時、サトウさんが“なんかちょっと寒気がするなぁ”と言ったのは、流石の危機察知能力だったように思う。人材しかない僕らが行き着く最終手段は、肉のDIY、do it yourself、狩猟しかない。リアカーでジビエ肉の山を引いて帰ってきた、店長浅葱ちゃん。そして銀ちゃんをはじめとする“焼肉ねぎや”の店員達が、当たり前のようにイノシシのような生き物を解体し始めたので、僕はとりあえずそっと、浅葱ちゃんの手に握られた大剣のごとし包丁をそっと取り上げた。
「まって、待ってねぎちゃん、これはなに!?」
「んーとね、ハバネロヌマイノシシ......多分」
「多分......」
「でも食えそうだよ、肉質的に」
「さりちゃん、僕、君は止めてくれる人かなって思っていました」
「タナカさん!どんうぉーりー!ケネディのスペシャルBBQソースがあれば、どんなお肉だって臭いの臭いのゴーアウェイだよ!!」
そんな、痛いのいたいの飛んで行けみたいに言われてしまったら、僕の頭は益々痛い。もとより銀ちゃんは論外だ、最初から最後まで楽しそう。いや、そもそも文化財はみんな常識に囚われてくれない。味方だと思っていた茶寮の子達は、ノリノリで可愛い和柄のエプロンを持ち出して来ているし、りくちゃんがスズキさんと、イノシシの筋の削ぎ方を相談し始めたのを目の当たりにして、もう覚悟を決めるしかないと渋々包丁を返したのだった。
「うひゃー、なんかキャンプみたいになってきたー!!」
「そうかなぁ......」
「たなかさーん、いいから手伝って!!」
浅葱ちゃんが僕を呼ぶ声が、なんでか中学生の時に同じクラスだった女の子の声に聞こえる。そういえば僕は、林間学校の日に二度も熱を出して、産まれてこの方大勢でキャンプなんかした事はなかった。林間学校はぎゃーぎゃー悲鳴と笑い声を撒き散らして、巨大生物の血抜きなんかしたりしないとは思うけど、僕は取りこぼした青春の端っこを、彼女が連れ帰って来てくれたのだと思うことにして、はぁいと元気よく返事した。
日々自分を振り回してくれる彼女たちを言い訳に、多分、一番この非日常を楽しく過ごしているのは僕。そして、そんなちょっとズルい自分のことを、案外気に入っている。
「いつもありがとう」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
遭難者と山の原住民たちの前に突如現れた焼肉ねぎや、大盛況を喫し、200万を稼ぐ。
Comment
No Comments Yet.