「囚われの文化財」(律香)
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財」(律香)
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「......人に、嘘を売るのは罪深いことかもしれないって、私最近思うことがあるんです。それが例え、エンターテイメントという括りで受け入れられるものだとしても、やっぱり嘘は、いつだって空っぽだから」
自分でも、なんでこんな事を唐突に言い出したのかよく分からなくて、言った後で後悔した。隣で、明日の朗読会の会場に飾る花を活けていたキキョウさんが、ポカンとして作業の手を止める。別に構って欲しかったわけじゃない。おしゃべりは、それは勿論一言だけの会話でも欲してやまないけれど、面倒な女になるくらいなら、邪魔にならないよう黙る事を選べるだけの分別は付いているつもりだったのに。
「少し、お疲れですね」
明かに困った様子の彼を見たら、急に沸いた自己嫌悪で、口角が固まってしまったのが自分でよくわかった。けれど、咄嗟に口元を隠しに当てた己の指よりも早く、それを覆ってくれたのは、彼が差し出してくれた淡い桃色のバラだった。
「少し、問答にお付き合いいただきたい」
彼が、あの淡々とした声で返答も待たずに問い始める。
「まこととは、誰がまことであると決めるのでしょうか」
誰と言われても、と呟いたら、おっしゃる通りとすかさず返ってきた。
「ですから、嘘であるかどうかも、各々が好き勝手に決めましょう。少なくとも私は、あなたが常日頃に嘘と呼ぶ、貴女の演技を、ただの虚構として聞き流した事は今の一度もございません」
“嘘と呼ばないで下さい、ひとつの芸術なのですから”
そう色素の薄い瞳に射られた途端、指の力が抜けて、私は演目の途中で降らせるはずの紙吹雪を、取り落としてしまった。ひらひらと、零れて落ちた偽物の雪に、行き場を失った二人分の視線が引き寄せられて降り積もる。耳に届いた呟きは、ひどく優しく懐かしむ声色で、ぜひ二週間程は耳に留め置いていたいと思ったのだが...
「懐かしい。初めてお会いした日にも、こんな雪が降っていた」
はて、初めて私がキキョウさんと逢った日が蘇る。
「あのう、キキョウさん......私、初めてお会いした日には、暑い日だからと、お土産にとわらび餅を頂戴した気がするんです。」
「......。」
「ほら、番頭が喉に詰めかけて大騒ぎして...」
そこまで口にして、ハッとした。
違う、彼はボケてるわけじゃない。これはエチュードだ。
私は再び己のお喋りをバラで覆い、むしゃりと食べんばかりの勢いで塞いでやった。あぁ、なんてバカなこと!うすく透けた顔布の向こうで、しぱしぱ瞬長い睫毛が、恥じらっている。あの花のように可憐なキキョウさんが、私の余計な一言でみるみる枯れて落ち込んでゆく。
「......どうも、私には貴女のように、即興の芝居を演じる技量はなかったようです」
右往左往、本当にカニみたいに細かくステップを踏んで取り乱したら、あの顔布がふわりと跳ね除けられて、もう一度まともに目があった。彼は心底楽しそうに、微笑んでいた。
明日、私は絶対に頑張れる。
彼の名演を超えられるかは、わからないけれど。
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「......良かった、貴女が覚えていらっしゃらなくて」
「はい?」
「いえ、何も」
そう言って彼は、そっと爪先であの雪を蹴り上げた。
※特別なお話に続く
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朗読劇で、はかなく切ない夢を。
連日の巡業で律香ちゃんが200万稼ぎました。
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