「囚われの文化財」(鬼灯)
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財」(鬼灯)
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“拝啓、もみじお嬢様。
あれからしばらく経ちますが、そちらはいかがでしょう。
私たちは今ちょっと、困ったことになっていて......”
そこまで書いて、私はピタリと筆を止める。いやはや困ったことなんて白々しい、私たちはあの街、故郷のノースセレスティアにいた頃からいつもこの調子だ。今回はちょっと、ほんのちょっとだけ大きなお金が絡んでいるだけで、特筆すべき事でもないかって、また便箋をちぎって捨てると、屑籠はいつのまにか薄桃色の花びらみたいなそれでいっぱいになっていた。
実は、この手紙には更に前文がある。じゃなきゃ、こんな量の書き損じなんか積み上げない。困ったことは、もう一個あったのだ。
今日の昼間、少しでも路地裏珈琲の通常営業を盛り上げて収益をあげようと、手の空いた人間を掻き集めて客引きの為にヨサコイの振り付けを考えていた時。急にカウントの手拍子が増えて、威勢の良い声が飛び込んで来たかと思ったら、なんと私の隣で一緒になって踊り始めたのは“小生”と名乗る彼、マメスケさんだった。呆気にとられる私達にはお構いなし、きりきりとキレ良く扇を振って舞う姿に、闘争心にも似た気持ちが燃え立って、私は一心不乱、楽しくって楽しくって足が棒になるまで踊り続けた。
それから、みんながお当番や自分の仕事、様々に散った後も、久々に心に着いた火が忘れられなくて、夕暮れのガラス窓前でひとり踊っていたのだけれど、私は自分の中に、もっと別な何かが芽生えているような、そんな気がしてならなかったのだった。
ぼーっとした思考のもやの中、惰性でなぞった振りがリズムから僅かにズレたのを待っていたように、またあの手拍子と明るいカウントが廊下の向こうから聞こえた時、その懸念は確信へと変わった。私はここで舞っていたというより、多分、待っていたのだ。もしかしたら、彼がまた現れてくれるかもしれない......って、淡くて得体のしれない期待を抱いて。
残念ながら、私にはまだそれが、一体どんな興味であるのかよくわからない。異性としてのそれではない気がするけれど、あの憎たらしい程に軽やかな足運びと、ずっと競い合って居たくて、ちょっと小馬鹿にしたような指摘も嫌ではないし、隣にいるとただ楽しい。食事の時間を告げるTちゃんのアナウンスで、終わりが来なかったら、もしかしたら倒れるまで踊れたのかも。
しかもまた厄介なことに、彼は彼で妙な事を言い残した。
“小生は、君に大変興味がある。どれ、弟子にならんかね。君の良いところを余す事なく咲かせてみせるが故”
“.......小生は、君のことをそれなりに、よくみている自信がある”
「それって一体、どういう意味なのでしょう、お嬢様...」
いつかパッと花でも咲くように、この疑問が解決される日が来るのだろうか。お嬢様なら、なんと答えてくれるだろう?手紙に書き起こすにしても曖昧模糊で掴めない問い掛け。私は思考を遮るように、不意に足元をよぎった、ふわふわの塊を手探りで抱き上げる。
「にゃあん...」
そして、手紙も、考えるのも、全部一旦諦めて、イチロウさんの部屋からやってきた彼に倣い、にゃあと鳴いて灯りを消した。移ろう乙女心がわたしにも備わっているのなら、明日の朝にはきれいさっぱり、心変わりしていますように、と。眠れぬ腕に猫を抱いて。
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直接の稼ぎにはなりませんでしたが、おかげで集客は上々の予感!
※マメスケさんの特別なお話に続く...?
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