命の翼
米津玄師
命の翼
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ヤミィの前には人間の少女、彼女の前には何千もの兵。少女は歌う。死にゆく魂よ、進めと…。
「…居るもんだね、本物の戦の歌姫…。彼女は喉に憑神の声を宿す事が出来る特異体質らしいんだ」
キリエの酒場でのアキネの話を思い出す。渡されていた耳栓をつけていてもなお、ヤミィの頭と精神を蝕む。既に場は殺戮が繰り広げられている戦場のような異様な高揚感と興奮に包まれていた。神官の衣装を纏ったヤミィ。役になりきり微笑んでいるが、額に脂汗が浮き出している。腕にボウガンを臨戦態勢で装備している。
「そこでお願いしたいのが彼女の抹殺…避けたいけど。でも仕方ないって思う…テンプテーションを歌うだけでかけられるなんて世界が危ないし…」
アキネから受けとった依頼…あぁ、この仕事を受けなければよかった。大門が開き太鼓がうち鳴らされ、即席の狂戦士達は雄叫びを上げながら未開の地へ向かう。
「歌姫…お疲れ様で御座います」
神官の1人が跪く。背中に緑の羽…獣人か?しかし何の…ヤミィは考えるのをやめ、共に跪いた。その声に振り返った歌姫を見る。見開かれた目に光はなく、どこを見ているか分からない。姫はお付を引き連れて館へと帰っていった。
「…お前が依頼で派遣された者か?」
人が居ないのを確認した有翼の神官は制服のフードを外す。半神だ…魔障のヒビが顔の半分まで走り、最早魔法を使っていない時でも浮き出ている。…もう死に近い。ヤミィは素直に事情を話した。その態度を信用したのか神官は語り出した。彼は昔、理事会員で忌み子の世話役だった。忌み子?ヤミィが聞く。
「カミツキが憑神の絆に反する事をし続けると、稀に神に見捨てられる事がある。そういった者の総称だ。彼らの生活改善と神々への斡旋をしてカミツキに戻すのが仕事だったのだが…」
ある日、彼の元にどうしたら忌み子になれるの?と聞く少女が現れた。彼は彼女を説得して帰したが、程なくしてその言葉の意味を知る。人の心を操る神の声を持つ歌姫が現れたと…。彼は罪悪の念を負い、神官として再就職し彼女を追ったのだ。
「理事会、アヴァロン、その他強国で彼女を監視し、あくまで世界樹の開拓に貢献する役目としているが…悪用したい国なんて腐るほどある。それ以上に…彼女と神の境が消えてきている。間もなく彼女は神堕ちを起こす。その前に、私は彼女を連れて消え去る…身を呈して守り続けよう…」
危険すぎる話だ。彼女の様子を見る限り、自我はかなり薄い。歌われてしまったら彼はどうなるか分からない。とはいえ…このまま放置すれば悪用されるか、神堕ちしてバケモノになるか…。
「大丈夫だ…私の一族の隠れ里がある。カルラの巣…世界樹の上層部にある。彼女に何かあっても、私が消えても…この世界に迷惑をかけない」
痛々しい顔のヒビ。幾度となく彼女を守ってきたのだろう。半神は命を削って魔法を唱える…歌姫を世に出した事、今度こそ止めようとしている彼の意思にヤミィも賭ける事にした。
歌姫を連れ出す作戦を神官と練り、いつか脱出する為の準備に取り掛かる。しかし、運命は悠長に2人を待ってはくれない…。ついに恐れていた事が起こってしまった。出陣を狙った隣国が歌姫を略奪しようと、その晩遅くに奇襲をかけてきたのだ。燃え上がる街…鳴り止まぬ警告音と悲鳴…瞬く間に地獄の様な風景が広がっていた。歌姫を守ろうと神官や世話役、軍の指揮官が集まる。だが既に状況は絶望的である事は明白だった。最高司令官の男が半狂乱になりながら歌姫の腕を引っ張り連れ去った。慌てて後を追う神官とヤミィ。男は街が一望できるステージに彼女を引きずり叫ぶ。
「歌え!歌うんだ洗脳機!!貴様の声であの兵共の足を今すぐ止めろ!!歌え!!」
泣きそうな少女が震えながら男を見上げる。歌え!歌え!!その声に目はどんどん光を失う。ニヤリと歌姫の口が歪む。その口が大きく開かれる…
「ダメだ!!堕ちてはいけない!!我が血肉よ!空を操れ!その波は揺らぐ事を禁ず!」
空気を操り、一瞬振動を消し去った。強制的無音…歌姫の声は掻き消される。瞳に光が戻った。
「理事会員さん!!」
歌姫の求めるような、縋るような叫び。ビキビキとヒビが広がる彼は安堵の笑みを浮かべた。しかし、彼の口から零れたのはサヨナラの一言。
次の瞬間、気流がうねりを上げて広がった。ヤミィと歌姫を避け、彼女を襲う敵兵、銃を歌姫へと構えた司令官、燃え盛る炎をかまいたちでズタズタに切り裂き吹き飛ばした。パサリ…人が倒れたとは思えない乾いた音。ヤミィの隣で真っ黒の人型の何かが崩れた。
「え、いや!ねぇ、嘘でしょ!ねぇ!!」
狼狽えるヤミィの横で爆撃が聞こえる。そして聞き慣れた声がヤミィに指示をする。
「歌姫とそいつを抱えて走れるか!?街の裏門で落ち合おう!行け!ヤミィ!!」
アグルだった。呪詛で応戦しながらヤミィ達の逃げ場を確保する。混乱の中歌姫の腕を引き、神官らしき物を背負った。…ゾッとする程軽い。
裏門にはアキネを初め、裏社会の一団が待っていて、ヤミィ達を安全なテントへと保護した。歌姫は神官に縋り泣き続けている…。遅れてアグルもテントへと入っていった。
「ねえ!?これは何なの!?彼は…どうしちゃったのよ!?半神って…魔法を使い切ったら…」
「半神は3つの死がある。ひとつは普通の死、ひとつは神の血を使い過ぎて体が耐えられずに崩壊する死、最後は…まさかこれを狙ったのか?」
真っ黒な神官の肉体に光のヒビが走る。バラッと音を立てて肉体が崩れると黄金の体に緑の羽の生えたカルラ神が現れ、歌姫の体を包んだ。
「我が自我の一つとなった子孫の意志を引き継ごう。汝忌み子になり、我が新たな憑神となろう」
カルラと別の思念体が光を放ち彼女の体から剥がれる。抵抗を受けたが、神官の力を得たカルラは憑神を消し去ると彼女と一体化した。
「最後は血の力を使い過ぎて神と一体化しこの世に居れなくなる死。これが半神の3つの死だ。…歌姫歌ってみろ」
歌姫は怯えて拒んだが、アグルに促され恐る恐る歌う…その声は空を舞う鳥の大神カルラの、透き通る大空と羽ばたく羽、そこに響く鳴き声のように美しく荘厳な響きだった。
「生きろ、お前はもう価値が無くなった…世界はお前を見放すだろう。もう自由だ…一人の半神が命を懸けてお前に与えた翼だ…。絶対に生きて、生きて、生きろよ…」
止めどなく涙を流す彼女の後ろに、緑の羽が舞うのをヤミィは見ていた。
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賽子クエスト 成功
リザルト
クリティカル 3
確率 5/6
オーバーキルワード 無し
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