窼に残る者達
森高千里
窼に残る者達
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……
「なんだよ…」
……
「んだよっ!」
にゃーん。真っ白の目で見下すヤミィとその目に苛立ちながらたじろぐアグル。一触即発の険悪な空気を切り裂くように、スノウのただいまが聞こえるとヤミィはパァ!と色めき立つ。
「あらぁーん!恋する乙女ちゃん!!んふふ、なんて艶やかで色気のある黒毛…牙が見え隠れする口も素敵よぉ!角も綺麗に生えてきてるわね!順調に大人の階段を昇ってるのね。そこで落としたガラスの靴…拾ってくれる王子様がついに現れて…はぁぁあ!いいわ!恋ね!!」
「なんだ?呪文か?異国の言葉か!?まーったく俺には何て言ってっかわかんねぇなぁあ!!」
「お黙りオッサン!」
がなり声で怒るアグルに辛辣なシャットダウン。あ゛ぁ?!!とゾッとするような怒号が飛んでもヤミィはお構い無し。
「本当に…今の貴女は美しいわ。一級のメイクも、恋する心には敵わないわね…ふふ?照れているの?かわいいわ!少しじっとして…はい!」
ラメをほんの少し振りかける。髭や毛先にキラキラと艶やかな光が灯る。そして、愛らしい白の蘭の花を耳に飾った。にゃーん…前足をモジモジとして俯くスノウ。その姿にますます気分が悪くなるアグル。
「私はいつだって恋するトキメキの味方!ねぇ、幸せでしょ?いいのよ、後ろで睨んでる怖い人は私に任せて。命は一つだけ…思うように生きるの。我儘なんて言葉はこの世に存在しないの!」
お前が言うとなんだかなぁ…苦虫を噛み潰したような顔のアグルが心の底から突っ込んだ。…ああ、子猫だったスノウがあんなに大きくなった…厚くて丈夫な胸がチクリと疼いた。キラキラ輝く体をくねらせ、ヤミィを見上げて小首を傾げると、小さく鳴いてまた窼を出ていった。
「あ…」
スノウの背中を見つめて声がこぼれるアグル。その姿にはぁぁあ!とハッキリ聞こえる大きな溜息をついて頭を抱えた。
「未練たらしい男はモテないわよ?」
「うるせぇ…男なんだか女なんだか知らねぇ奴に言われたくねぇよ」
「んふ!美しさに性別なんて邪魔くさいだけよ」
一瞬ざらつくヤミィの声にアグルはピクリと反応するが、あまりの自分の心境に気を回すことが出来なかった。
「この私が!心の狭いアンタのためだけにつきあってあげるんだから、感謝しなさいね」
そういうとニヤニヤしながら、世界樹の高層部にある秘境でしか造れない硝子葡萄のシャンパンを取りだした。目を丸くするアグル。
「お前それ…!辿り着くこともままならない極寒の秘境で造られてる伝説の酒じゃねぇか!」
「はぁ…己の優しさが憎いわ。本当は特別な日に呑もうってずっとずっと大事にとってた秘蔵の宝物なのに…全くね!アンタさぁ、いい男なのにあの子の事になると情けなくて見てられないわよ」
そういうとドカッとアグルの机に酒瓶を据えて、勝手にグラスをひったくると、高級シャンパンをドボドボと注いだ。その豪快さに言葉を失うアグルだったが、コイツのペースに飲まれてはいけないと己を律した。
「あーぁ…ヤレヤレ。可愛い一人娘をどこぞの野郎に取られた可哀想な俺を慰めてくれんのは酒だけかよ。せっかくなら絶世の美女か飛び抜けるほどの可愛い子だったらよかったのによぉ」
意地悪くニタニタ笑う。その言葉にヤミィが黙った。よしよし、何とか黙らせた…と思いきや、席を外すヤミィ。便所か?…まぁいいやとアグルは酒を味わい始めた。お待たせ!その声に振り返るアグルは酒を一気に吹き出した。
「ちょっと!いくら私が美しいからって、勿体ないことするのはやめて欲しいわね!」
「誰がロリータファッションで来いって言った!おめぇな!俺ぐらいでかいヤツのぶりっ子見せられてもどう対処していいかわかんねぇよ!!」
夢見るようなベビーピンクのチーク。艶やかで長いつけまつ毛、自前の金髪はきつくウェーブを効かせ、まるでドールのような愛らしさだ。服まで御丁寧に雰囲気に合わせて着替えられていた。
「絶世の可愛い美少女、御希望にお応えして参りましてよ?」
「どっから服まで用意したんだよ!」
「やぁね、プロたるもの…常に臨戦態勢よ!いつ何があってもいいように、メイク道具と衣装は持ち歩いてるわ」
…ダメだ、コイツは手に余る…アグルは頭を抱えた。そんなアグルを無視して、あ♡甘口で美味しー!とはしゃぐヤミィ。さっきまで悩んでた俺の気持ちはなんなんだ…このあまりに滑稽な空間にガラガラと音を立てて白んでいく自分の心に笑けて来てしまう。
「いいじゃない?貴方が丁寧に丁寧に愛した彼女はあんなにも美しく育ったのよ。他の男共を骨抜きにしちゃうくらい!それは貴方がいい男だからよ?アグル。本当に貴方に子供が居たら、きっと絶世の美女だったでしょうね」
やめろよ…へへっと笑いながら、美酒を傾けるアグル。優しい瞳で見つめるヤミィ。その後も止めどなく喋り続けた。スノウとの出会い、暮らし、悩み…そして、彼女への愛…。いつもは自分の思いのままに自由に行動するアグルとヤミィだが、その日だけは2人とも愛らしい黒猫又の幸せの為に、静かに酒を酌み交わした。
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柘榴石を手に入れました。
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