バレンタインお返し小話「Happy white day(姐さん)」
秘密結社 路地裏珈琲
バレンタインお返し小話「Happy white day(姐さん)」
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夜分遅く、コンと、部屋の入り口でノックの音が一度だけ聞こえた気がした。偶然に生じた物音のような、このわかりにくい特別なノックには、とても聞き覚えがある。なあに、と小さな声で返したら、案の定、静かに扉を開けて、子供の顔で部屋に滑り込んできたのは、彼。手には、ワインレッドのサテンリボンでおめかしされた、小さな包みを持って、いつもよりちょっとだけフォーマルなシャツのサトウが微笑んでいる。
「姐こちゃん、夜分に失礼。もうお休みの時間だったかい」
「まぁ白々しい、あとは寝るだけってタイミングに、丁度よく来てくれたもんだわ」
まだ、周囲の部屋は寝静まって居ない。音の軽い、猫の足取りで、サトウは軽やかに姐さんを椅子から攫い、慣れた仕草でベッドへ放った。小さく溢れた声にはそっと指先をあてて、しい...と、あやすように諭すまでが、二人のルーティン。
「電話で商談してたら長引いちゃった...お返しに一杯良い豆ご馳走するって言ったけど、眠れなくなっちゃうといけないから、気持ちだけ包んで来たよ」
「意外と律儀なのね、ありがと」
「いやあ、ホント、僕そういうタイプじゃなかったはずなんだけどなぁ、チョコレートに掛けてあった可愛い魔法のせいかもなぁ〜...」
「そ、その話はしないって、この間約束したじゃない!」
「はいはい、夜はお静かに」
じゃれつく度に微かに軋むベッドの上、包みの中で、コーヒー豆のざらりと滑る音がする。サトウは、“美味しい”を共有する為に想い描いた風味、豆を煎る時間の一秒一秒、その全てを、姐さんの為にこの豆へと込めてきた。彼女がバレンタインの日にそうしてくれたように、だ。どんなに高価で美しい指輪でも、芳しい香水でも叶わない、同じ感覚でひとつになる幸せは、舌を通して許されるのだと、知っているから。
早く飲みたそうにちょっと尖った唇が、サトウの指を引き寄せて、そっと顎が掬われる。
「じゃあ、味見だけね......」
珈琲は、夜中に嗜むものではないのだけれど...。
ほろ苦くて甘い吐息がゆっくりと溢れて、味見で済まない二度目が、優しく重なった。
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Happy WD!! :)
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