エイトリアム
Carpe Noctem☾⋆
エイトリアム
- 15
- 5
- 0
𝟏𝟐 : 𝐍𝐨𝐭 𝐛𝐞 𝐥𝐞𝐟𝐭 𝐛𝐞𝐡𝐢𝐧𝐝 𝐢𝐧 𝐭𝐡𝐢𝐬 𝐭𝐫𝐚𝐧𝐬𝐢𝐞𝐧𝐭 𝐰𝐨𝐫𝐥𝐝.
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ☪︎⋆˚
読みづらい板書の数式を、雑に書き写しながら頬杖をつく。程よく眠気を誘う淡々とした声に欠伸を噛み殺せば、手元のスマホが微かに震えた。ほんの少しだけ逡巡した後、前に座ったほとんどの学生が突っ伏している広い講義室を見回して安堵する。人目を気にしているわけではないけれど──一人きりで教室の後ろの隅に座る実琴のことなんて、きっと誰も気にしていない──周囲が真面目に講義を受けている中でスマホを触るのは気が引けるので。根が真面目なわけではないけれど、教室内では相対的に真面目──十数年間そのくらいの立ち位置を保持し続けている実琴は、授業態度すらもゆらゆらふわふわ、軟体動物のように漂わせている。自分がないわけではないけれど、なんとなく雰囲気に流されてしまう。数年前なら深刻な悩みになりえたかもしれないその特性は、二十を過ぎた今では人間そんなもんだよね、くらいの結論に落ち着いていた。
そっと教科書の陰に引き寄せて通知欄を覗けば、いくつも溜まったソシャゲのお知らせに混じってメッセージが一件。「今夜暇?」たった四文字、八バイト分のメッセージ。これがあの“学園の王子様”だった水縹詩希からのメッセージだなんて、誰が信じてくれるだろう。私自身ですら、何かの悪い夢かドッキリではないのかと疑っていたというのに。水縹詩希。文武両道容姿端麗、由緒正しき名門女子学院の王子様。人目を惹くその華やかな容姿に、朗らかで人当たりの良い性格。一学年下の私も、彼女の噂は中学の頃から知っていた。蝶を呼び寄せる美しい花のように、水縹詩希の周囲にはいつも人が集まっていたのを覚えている。地味で暗くていつも一人で下を向いている、根暗な私とは正反対。深夜のネットゲームなんて無縁な、明るく華のある昼の世界に生きる人。彼女のことはずっと、そんな風に思っていたし、その認識が変わる日が来るとはゆめゆめ思いもしなかった。あの夜、彼女に出くわすまでは。
ふらふら夜の構内を歩いていたのは、まったくの偶然だった。きっかけが何かはもう覚えていない。実験レポートに追われて図書館に籠っていたのか、それとも配信の時間まで──私は時々趣味でゲーム実況の配信をしている──仮眠を取ろうと思ったのか。気付けば外はすっかり暗くなっていて、吐く息が白く滲んで見えた。夕飯の支度、何にもしてないや。今日はもうカップ麺でいいかな。そんなことをぼんやり考えながら外を歩いていたからなのか、魔が差したように、ふと遠回りをしてしまった。普段は通らない道、打ち捨てられたようなボロボロの建物の裏側。人もいないだろうと覗いた先に、煙の匂いがした。肺を刺すような煙草の匂い。寒空の下に白い息と煙が灯って、しばらく呼吸を忘れた。立ち尽くした私のもとへ、誰かが歩いてくる。暗闇の中で、彼女と目が合う。見透かされるような深碧の瞳。揺蕩うような銀色の髪が、煙に流れる。その場に凍りついたような私を揶揄うように、彼女は笑った。
「それで、君はどうするの?」
一言目を聞いた瞬間に確信した。見てはいけないものを見た。触れてはいけないものに触れた。神罰を恐れた江戸時代とかの人たちは、もしかするとこんな気持ちだったのかもしれない。見なかったことにして立ち去るのが最善だと分かっていても、圧倒されて動けない。まるで被食者になったかのように縮こまる私を面白がるように、詩希は一方的に語りかけてきたのだ。どうして“王子様”の私が、こんな場所で煙草なんて吸ってると思う? 吸い殻をぐしゃぐしゃと足で踏み潰して、彼女は告げた。何もかも全部嫌になる時ってあるじゃん。誰に対しても丁寧で柔らかな態度で接していた彼女からは、到底想像もつかないような台詞だった。そこで、気付いたのだ。ああ、この人も人間なんだって。自分とはまったく違うキラキラした世界に生きているように見えて、実は泥臭くて最低な、同じ世の中を生きている一人なんだって。なんとなくそれで気が緩んで、あろうことかそんなことを口走ってしまって──今思えば、緊張で余計なことを言ってしまっただけの気がする──その結果、気に入られてしまった。卑屈でしがない根暗なオタクが、全生徒の憧れの的である学園の王子様に。まるでチープな少女漫画のような展開だった。私だけが知っている、あの人のヒミツ、なんて。今更流行らないだろうと嘆いたところで、記憶を消すことなんて出来ない。それに幸か不幸か、今のところ少女漫画のような展開はひとつもない。ただ時々暇な時間に呼び出されて、煙草を吸っている彼女を眺めているだけ。昼は無闇に絡んでくることもなければ、こまめに連絡を取っているわけでもない。時折メッセージが来て、それに返すだけ。話すことだって他愛のない雑談か、吐き出す場所のない愚痴くらいだ。おそらく詩希は私のことを感情のゴミ箱みたいに思っていて、私の方もそれに嫌な気はしなかった。そんな風に話が出来る相手と出会ったのは、初めてのことだったから。きっと世間ではこういう関係を、「友達」だなんて呼ぶのだろう。そう思うと、退屈だった日常がほんの少し色づいたように思えた。「20時までは暇」とメッセージを返せば、即座にスタンプが返ってくる。詩希は授業中じゃないのか。学園の王子様だなんだと呼ばれていても、案外暇なものなのか。詩希の趣味らしい変な動きをするカエルのスタンプを眺めれば、ふ、と口元が緩んだ気がした。
『ともだち』
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ☪︎⋆˚
𝐋𝐲𝐫𝐢𝐜𝐬*
🍸踏み締めた夜のstep
この街にsinusに響け
🗝彩るはmidnight blue
光る粒が艶に揺れる
🍸感性は上々 息を乱して
🗝繊細でbluesyと今を形容
🍸万能な妄想 虚空をなぞって
🗝現状に踊らされてる
🍸🗝憂いを抱いて 虚像を描いて
僕らはいつだって唯一を真似て
🗝走り出す世界に置き去りにされぬように
🍸🗝鼓動を鳴らして 呼吸を切らして
誰もが廻る環状線の上
🍸眠らない喧騒に僕はただ耳を塞いでいた
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 ☪︎⋆˚
𝐎𝐫𝐢𝐠𝐢𝐧𝐚𝐥*
エイトリアム / R Sound Design様
https://youtu.be/z4C0z__DSqQ?si=x9AA5azz8SC2Qi_A
𝐂𝐚𝐬𝐭*
🍸水縹 詩希 (cv.おと*°)
https://nana-music.com/users/8312441
🗝天瀬 実琴 (cv.蓬)
https://nana-music.com/users/6551018
𝐓𝐚𝐠*
#Carpe_Noctem #Yuzの単発企画
#水縹詩希 #天瀬実琴
Comment
No Comments Yet.