Kの先
Mrs. GREEN APPLE feat.井上苑子(とある世界線の人魚)
Kの先
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何の為に生まれてきたか…真理なんて分かりはしない。でもきっとどんな人種もそんな事を考え悩むのではないだろうか?心折れた時、道を失った時、ふとした暇でも…
船より早く泳げるヒレと人より精神に響く声、いつまでも水中で生きていける体。海の肌触りを思い出す…今はもう全てを失った。代わりに手に入れたのは犬より遅い足と聞き取りにくい枯れた声、走ればすぐに苦しくなる弱い体。知らない街をゾーアは歩く。すれ違った子供達の楽しそうな笑い声にゾーアも釣られてクスリと笑う。
楽しそうな人魚達を遠くで眺めては羨ましかった。私も輪に入りたい…珍しい真珠を見つけたとか、かっこいい人間を船で見つけたとか…他愛のない会話と人魚の笑い声。日常の幸せの輪に何度も近寄るが、何かが崩れて上手くいかない。人魚の命である歌に自分の声を重ねるけれど、私の声には人を堕とす響きはない。強かな歌声を重ねるだけで怒られた。海や空の色に染められた長い髪も…私にはない。夜空のザンバラ髪が近寄るだけで笑われた。何で私は生まれたのだろう?神様は私を笑いたくて私を誕生させたのだろうか?卑屈な気持ちがゾーアの涙腺を刺激する。ボヤりと海を眺めると遠くで美しい人魚が歌っている。…やっぱり素敵だなぁ…人魚として生まれたのだから!と奮い立つ心と、このまま岩陰で腐っていくしかないのだという絶望で心はぐちゃぐちゃになる。惨めに思う程、理想の幸せは眩く輝く。誰よりも美しく、その美貌を音にした様に歌う人魚ならどれだけ幸せだろう。
小さな広場の噴水に腰掛けて空を見上げる。世界線が変わっても、海で見上げた空と同じ色。ゾーアはぼーっと昔の理想を思い出していた。珊瑚の櫛で髪をとき、毎日どんな人魚よりも沢山歌って来た私が…ただ、人魚として皆に受け入れられて幸せになりたかった私が…その全てを捨てたのだ。あの日の自分が今を知ったらどれだけ嘆くだろう。ゾーアはまたクスリと笑った。
『だって、理想そのものが私の前に現れて…私を褒めてくれたんだもの…』
カローレ、頭の中で描いた理想の人魚よりも美しく凛と力強い佇まい…。今まで追いかけた「幸せ」がこんなにもあっさりと光を失うなんて思わなかった。私は出会えたそれだけで幸せだったかもしれない。けれどカローレは手を差し伸べた。私の歌に感動したと…共に音楽を奏でたいと。
『傍に居たいって欲張ってしまった…この体はその代償なのかもね』
声が上手く出ない事にまだ慣れない。喉や足が痛む…魔力が少しづつ身体を蝕んでいくのが分かる。何で生まれたのだろう?人魚としてちゃんと生きれなかった、やっとできた初めての友人には消えてしまえと思われて…それでもしがみつく様に探し回って、身体はボロボロで…ゾーアは笑い続ける。何で生まれたんだろう?
「こうかい は ない !」
枯れた声を絞り出しゾーアは立ち上がった。だって、人魚として生まれてきた意味に縛られていた私に、「私」個人として生きていく意味を気付かせてくれたのだから。
「わたし は にんぎょ だった ときより」
カローレを想うと体が熱い。あぁ、今分かった…これがきっと恋なんだ。だからあの夜も今も私は無性にあの曲を歌いたくて仕方なかったんだ。私はカローレが好き。
「いま いきていたい! て おもうから!」
そして、カローレと同じぐらい…私はやっと自分が好きになれたんだ。貴女が私と私の意味を見つけてくれたから。私の容姿も、私の歌も、私の命そのものも…私は私を愛せるから生きていける。
そして今なら分かる。きっとカローレも同じ気持ちで居てくれてるって。ゾーアは耳を澄ます…この世界線に来てからずっと聞こえるバイオリンの音。紛れもないカローレの旋律。声と引き換えに得た力…人の気配が音となって流れ込む能力。気配の音は一つの音楽となって心まで何となく読めてしまいそうだ。カローレの旋律はずっと同じ音を辿る。私が歌った最後の歌を…。カローレの音に合わせて歌い出す。ずっと続けと願った小屋の夜と同じように。掠れて上手く出ない声は音程もバラバラでとても人に聞かせられるものではなかった。それでもゾーアは歌う…街の人が不思議そうにゾーアに視線を向けた時、ドサドサと何かを落とす音が聞こえた。
バイオリンの音が、カローレの気配が乱れる。物音に目を向けると、くたびれた作業着を着て髪を雑に1つにまとめた女性が立っていた。ゾーアは走り寄る。バイオリニストの面影は消えていても、気高さも美しさも優しさもあの日のまま…酷い声でも必死にカローレと叫ぶ。女性は酷く動揺し震えていたが、やがて決心した様に目を閉じると大きく手を広げ、走り寄るゾーアを抱き止めた。
大事な歌声を愛してくれた。不器用な私の初めての友人になってくれた…貴女が私を認めてくれた。生きていく意味をくれた貴女に、今度は私が教えていきたいんだ。貴女が居れば、それで良い…その想いの尊さを。
Needy:END
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