Aの先
Noz.(とある世界線の機械人形)
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「…しかし、この兵器の逸話は今でも都市伝説だと思いますよ…メンテナンスしてるとはいえ、今にも動きそうだ」
「確かに嘘みたいな話だけどな。しかし殆ど無くなった戦争時代の貴重な資料だ。お前だって見たろ?あれらをフェイクだと言えない事も…」
夜。閉館した博物館の一番奥、綺麗なケースで大事に展示されたドールを眺め、若い研修者と責任者が珈琲を片手に話している。
まるで眠り姫の様に瞳を閉じ、歌う事のない口と踊る事のない四肢…。ドールの隣には大きなモニターが設置され、この世界がまだ帝国主義で隣国と悲惨な戦争を繰り返していたおぞましい事実と、その時代でも逞しく生きる若者と子供達の生活を映像で伝えている。
「このドールが時空の歪みから急に現れて、旧帝国が崩壊する前に消した都合の悪い歴史的資料の内容を歌い出した…なんて聞いて、信じる様では学者と言えない…」
そう呟きながらドールが飾られているケースを撫でる。
「けれど、ドールの足を除く全てのパーツ、衣服を含めた装飾品、ブラックボックスの内容諸々…あらゆる診査も全てはこのドールがあの時代に存在した事実を裏付ける事しか出来なかった…あれだけ時間を経ているのに、異様としか言えない保存状態、そして確実に国から破壊されているであろう内容の保持…」
ドールの雲色の髪と陶器のように白い肌がボヤりと光を反射している。
「まるで、歴史の幽霊だ…」
責任者は静かに笑う。
「確かにな。しかしたとえ過去の亡霊だったとしても、今俺らが仕事に従事し、子供らが夢を追いかけられるこの世界を導いたのはその戦争兵器だ。旧帝国に不満を持って国を覆しても人間てのは愚かだ。また新しいトップが過去と同じ轍を踏む。こいつが現れて、本当の戦争の悲惨さを伝えなければ…今頃、俺らはこいつのような兵器を作ってただろうさ」
…終戦後、民衆の反感を恐れた帝国は戦争に関わる全てのデータ、兵器、歴史を消し去り国を維持する事に躍起になったが、思惑は長くは続かずレジスタンスに権力を奪われ、一旦は世界は平和を手に入れた…はずだった。
しかし、レジスタンスのメンバーも世代交代を繰り返す中であの時の痛みは消えてゆく…そして、権力を中央に集約しまた新たに戦争を繰り返そうと時代が動き出した時だった…唐突に現れたサーカス人形が高らかに戦争時代を歌い語り出す。ドールは子供達を愛し、そして子供達もまた、ドールを愛した。ドールはその体が動かなくなるまで踊り、音声装置が声を出せなくなるまで歌い続けた。そして全ての機能が動かなくなっても、残りのエネルギーで記憶媒体の映像を流した。愛する子供達と未来の為に…
「この世界線で初めての快挙、民衆の声で国を動かした瞬間…ハーメルンの夜の事ですよね?学生時代、歴史で習いましたよ」
「平和ってのは薄氷の上で成り立ってる…俺たちもこいつに負けない様に、子供達の未来の為に頑張ろうぜ…さぁ、休憩も終わりだ!戻った戻った!」
たま仕事か…とボヤく研修者の背中を責任者はバン!と叩いた。二人の笑い声が遠のき、またドールの前はモニターの音源以外、何も聞こえなくなった。…ザザッ…モニターの映像が蝋燭の火のように揺らぐ。
サーカス団の子供達が楽しそうにリーリエの衣装を作っている。それを道具の手入れをしながら幸せそうに見つめる団長。普段なら子供から目を外さない団長の姿を映した映像のはずが、モニターの中の団長がこちらに振り返る。
「…ありがとう…これだけ辛い事を、俺たちの未来の為に…リーリエにはなんて言ったらいいのか…」
ケースの中のリーリエが数十年ぶりに目を見開く。リーリエの前に居るはずのない団長と子供達が立っている。
「リーリエ、ありがとう、リーリエ…」
機械の目から雫が流れ落ちる。
「…ただいま…今からそっちに行くよ…みんな…」
朝。リーリエとモニターには沢山の技術者が復旧に尽力したが、美しい見た目に反しオーバーワークで機材のほとんどが修理不可なレベルで壊れていた。全てのエネルギーが尽きた今、ついに…ドールは止まったのだ。
最後の日、彼女が愛した子供達とその末裔たちはまるで家族を弔うように、百合の花を添え、リーリエを送り出した。
Negate:END…
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