LAZULI*
Carpe Noctem☾⋆
LAZULI*
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𝟎𝟓 : 𝐖𝐞 𝐡𝐞𝐥𝐝 𝐡𝐚𝐧𝐝𝐬, 𝐬𝐢𝐥𝐞𝐧𝐭 𝐭𝐨𝐠𝐞𝐭𝐡𝐞𝐫.
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「なあ、別れよう」
あんなに好きだと言ってくれたのに、終わりは一瞬で訪れた。高校二年の春、体育祭。浮かれた空気の周囲に流されるようにして、初めての彼氏が出来た。小さい頃に好きだった少女漫画みたいに、ロマンチックな話ではなかったけれど。告白を受けて、デートをして、それから初めてのキスをした。恋をしていたのかは分からない。一緒にいると楽しかった。キスをされても嫌じゃなかった。だけど幼い頃の憧れのように、心が弾む感覚はなかった。高校生の恋愛なんて、そんなものだと思っていた。燃え上がるような激しい恋も、甘酸っぱい青春も、ドラマや映画の中だけの話。仲間うちでなんとなく付き合って、なんとなく続いていく。そういうものだと思っていた。それなりに上手くいっていたはずだった。だけど七星は、振られてしまった。何が悪かったのかは分からない。七星が悪かったのか、相手が悪かったのか。初めてのことだから、分かりようがなかった。このまま結婚出来ると無邪気に信じていたわけではないけれど、終わりがこれほど呆気ないとは思っていなかった。別れの言葉を告げられて、何かが散っていく音がした。まともに返事が出来たかどうかは、もう覚えていない。悲しかったのか、怒っていたのか。失恋と呼ぶべきかも分からないまま、七星は陽が落ちた学校を飛び出していた。今思えばきっと、むしゃくしゃした、が正しい形容なのだろう。このまま家に帰って一人で泣くのも癪で、気持ちを紛らわせたくて。夜に染まっていく歓楽街に、たった一人で飛び込んだ。大人になりたかったのかもしれない。大人であることを示したかったのかもしれない。普段なら怖くて近付けないような場所に、自傷のように身を投げた。
想定通り、結果は散々だった。制服を着たまま、一人きりで夜の街を歩く。場違いな七星を、誰もが笑っているようで心細くなった。それでも引き返したら負けだという意地で、街の深くまで潜っていった先で、声をかけられた。お姉さんカワイイね。俺たちと遊んでいかない? いわゆるナンパというものだ、と気付くのにしばらくかかった。男の人に声をかけられるなんて、初めてのことだったから。真っ先に感じたのは、恐怖だった。七星よりずっと年上に見える二人組が、威圧感を放っているように思えた。腕を掴まれて、振り解けなくて、声が出なくなった。固まったまま、動けなくなってしまった。周囲から音が消えて、恐怖に飲み込まれていく。今更になって芽生えた後悔が、ぐるぐると脳裏を巡る。どうして、こんな馬鹿なことを。絶望に駆られて、涙が滲んだその時。
「行くよ」
知らない誰かが、強く七星の腕を引いた。ネオンライトに照らされて、淡い紫の長髪が揺れる。七星を二人から助け出した少女は、七星の手を引いたまま、颯爽と夜の街を歩いた。そのまま人気のない方へとしばらく歩き続けて、辿り着いたのは夜の公園。七星の家から少し離れた、寂れた遊具の小さな場所。そのベンチに少女が腰掛けて、ようやく気が付いた。氷室莉沙。七星を連れ出した彼女は、高嶺の花と噂されるクラスメイトだった。深々と七星に向かって溜息を吐いた少女──莉沙は、呆れたように告げた。
「望月さん、だよね。どうして、あんなところにいたの?」
その声が引き金だったかのように、七星の瞳からは涙が溢れ出した。知らない場所に迷い込んだような恐怖。終わってしまった彼氏との関係。助けられてしまったこともあってか、思いの丈を吐き出すように、七星は気付けば莉沙の前で嗚咽していた。怖かった。悲しかった。悔しかった。どんな言葉を口にしたのかは分からない。あらゆる感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った気持ちのままで、七星は子供のように声を上げて泣いた。十七歳にもなって情けないと思ったけれど、止められなかった。きっと迷惑だったのに、莉沙はただ黙って七星の話を聞いていた。聞いてくれてありがとう、ごめんね。ようやく涙が止まって、そう告げようとした矢先。不意に立ち上がった莉沙が、七星の手首をぐい、と引いた。え、と声を上げる暇もなく、端正な莉沙の顔が近付く。七星よりも背の高い彼女が身を屈めて、撫でるように頬に触れた。そのまま、唇が合わせられる。キス、された。頭の中が沸騰したみたいに顔が熱くなって、何も考えられなくなる。思考を彼女に奪われる。柔らかな一瞬の感触の後、莉沙はすぐに七星から背を向けた。
「これに懲りたら、もうこういうことは止めた方がいいよ」
そう言って歩き去っていく彼女に、ぎゅっと胸の奥が熱くなった。鼓動が痛いくらいに速くなって、頬は紅潮したままだ。初めての感覚だった。彼氏と付き合っていた頃も、こんなことはなかった。莉沙のことを、もっと知りたい。もっと話してみたい。そんなことを思ってしまった。きっとこれが、七星の初恋だった。これが恋なんだと、確信を持って言えた。だから懲りずに、次の日の夜、同じ公園を訪れたのだ。七星の姿を認めた莉沙は、深々と溜息を吐いた。七星がこうして会いにやってくることを、予想していたのだろうか。呆れたように微笑んだ莉沙はその夜、もう一度七星にキスをした。まるで、何かを確かめるように。二度目のキスは甘くて温かくて、芽生えた恋の予感が、確信に変わったような気がした。一目惚れなのかは分からない。何がきっかけだったのかも分からない。そもそも、この感情を恋と定義することが正しいのかも分からない。だけどその日以来、七星はこうして夜になると、莉沙に会いに行くようになった。普段の教室ではこれまで通り振る舞って、ほとんど目すらも合わないけれど。夜になって、いつもの待ち合わせ場所に行くと、そこに莉沙がいる。昼よりもずっと大人びた雰囲気を醸し出した彼女が、七星のことを待ってくれている。二人きりの夜の公園で、話をして、手を繋いで、キスをして。そんなことを繰り返すたびに、七星は分からなくなってしまった。芽生えてしまった恋心を、どうすればいいのか。莉沙は七星よりもずっと大人だから、きっと七星のことなんて何とも思っていないのだろう。彼女のキスはいつも手慣れているから。だからもし、七星が莉沙に告白してしまえば。幸せなこの夜が、終わってしまうかもしれない。莉沙とこうして会えなくなるなんて、考えただけでも痛くて痛くて泣き出しそうになる。だから今の距離感に甘えて、大事なことを避け続けている。夜が来るたびに胸を躍らせて、朝が来るたびに心を痛めている。幼い頃は、甘酸っぱい恋に憧れていた。大きくなったら素敵な恋人が欲しいと無邪気に願っていた。本気で恋することがこんなに苦しいだなんて、莉沙に出会うまではまったく知らなかった。
それでも莉沙が好きだから、今日も七星は夜を歩く。迷子になった恋心に、答えを見つけ出すために。
『First Crush』
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𝐋𝐲𝐫𝐢𝐜𝐬*
🫧星の夜 迷っていた 並んだドアの前で
💍「僕らまた巡り会えるかな」
💍🫧願ったまま 君と僕
💍暗い部屋に灯る火に 劣等感が揺らめいた
🫧思ったよりも苦い記憶 ぱっと忘れられたなら
💍色褪せた今日を伝う涙
🫧群青越えて藍の淵
💍静かの海に溶けたなら
🫧明日の空を染めるかな
💍🫧月の夜 気付いていた 並んだドアの先を
「もう二度と戻れないかもな」
黙ったまま手を繋ぐ
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𝐎𝐫𝐢𝐠𝐢𝐧𝐚𝐥*
LAZULI* / R Sound Design様
https://www.nicovideo.jp/watch/sm35671123
𝐂𝐚𝐬𝐭*
💍氷室 莉沙 (cv.りる)
https://nana-music.com/users/5982525
🫧望月 七星 (cv.小日向奏乃)
https://nana-music.com/users/5171643
𝐓𝐚𝐠*
#Carpe_Noctem #Yuzの単発企画
#氷室莉沙 #望月七星
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