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志方あきこ
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『やめて!!みんなしんでしまう!!』『りーりえねぇちゃん…なんで…!?』『あぁ!さーかすが!!わたしたちのいえが…!!』『りーりえ!りーりえ…!!』
古ぼけた映画を眺めているようだ…解像度の悪い映像。強制命令を受けると、AIは命令遂行にのみ働くようプログラムされている。発砲を終え、AIがいつもの自我を取り戻し再起動仕切るまでの間の「ぼやけた実感のない記憶」…もう、何度も何度も見続けてきた悪夢、擦り切れて音も映像も形を成さなくなった緩く重い楔。それでもこの命ある限り彼女は縋る。それが愛する者達との最後の記憶だから。たとえもう単なる白ボケた画像になろうと、単なるノイズになろうとも…彼女は繰り返す。
「この記憶が消えたら…団長も…あの子たちも…この世から消えてしまう。親のない子供、兵士として働けなかった虚弱の浮浪者…あの人たちは私と一緒…世界で要らない存在。サーカス団が集まっていたのは…みんな居るから、私たちはこの世界で記憶され、存在出来た…。死んだ今…もう己の存在を誇示できるのは記憶だけ。でも誰も要らないものの事なんて覚えていないわ。もう、サーカス団の名前も誰も覚えていない。殺人ドールの事ですら…もうとっくに…」
カチッとカプセルが開く音と共に、フワリと冷気の白いモヤが地面へと流れる。月光の様に白い手が雲色の長い髪をたたえた頭を乱暴に掻きむしる。
「でも…私だけ生きてていいの?私は単なるドール。脈打つ心臓もない癖に…愛ある人達を殺して尚…」
『りー…りぇ…にげ…ザッザーー!!ザザザ…たすけ…』
記憶媒体の劣化は既に進んでいる…
「…許して…私も…そこに行きたい…まだ記憶があるうちに、私ごと全て終わらせてよ…どうか…どうか…」
「…眠れないようで…」
唐突に自分と違う気配にリーリエは驚いて顔を上げた。そこには月明かりで透けたシェイドが穏やかな笑顔でたっている。
「…このホテルはNを背負ったものの流れ着く場所。貴女は全てを否定してしまった…。過去も、自分も、命も…未来も。罪を背負って自分に関わった全てを断罪し、否定しないと自我が保てぬ程に…」
リーリエは押し黙ってシェイドを睨んだ。
「…いえ、ここは改心をさせるなんて烏滸がましい事を促す場ではありませんよ。ただ流れ着き、己を見つめて歩き出す。その間の疲れを癒すだけの場です。貴女が望み通り否定仕切って終える事も、逃げる事も、新たな道を進む事も…Nに呑まれてホテルから永遠に出れなくなる事だって、貴女には選択出来る」
「…私は、もう終えたい。罪の意識で押し潰されるのも、毎日の様にあの日のショーを思い出すのも、そして、世界からも私からも忘れ消えていくみんなの2回目の死を見つめるのも…私には…私には…」
「そうですか…ならばせめて。スタッフにはこの仕事を任せられませんからね…オーナーとして、最後まで御付き合い致しましょう」
シェイドはおもむろに手袋を革のものにはめ替えた。そして部屋に用意していた大暖炉用の灰を掻き出す大シャベルを握り締める。
その瞬間、確かに花の香りがした…。微かだが、あの日スタッフと踊った時のあの香り。そして、何かが弾けるようなポンポンと軽快な破裂音。「あまり汚さないで下さいよ!」と怒り混じりの優しい女性の声…。そして子供たちの嬉しそうな声、声、声。
「…!?」
「オーナー…貴方は本当に目を外せない。いくら僕でも怒りますよ」
ドアを開く音と共にハビエルの声がシェイドの動きを止めた。2人が見やると、そこにはハビエルとヨルが立っている。
「ヨルさんが教えてくれなければ気づけなかった…足が治ってから部屋を新たに用意したのも、この日の為ですか?それに…」
ハビエルは怒り混じりにリーリエを見据えた。
「僕と話したじゃないですか。草原の風景が綺麗に思える事も、生きてるからそれを知れた事も!なのに何故…」
気まずい空気を打ち消すように、パジャマ姿の子供がハビエルの足を押しのけ顔を出した。
「あー!居たよ!イザベラちゃーん!!ドールさん居たよ!…もぅ!みんなお話会の為に集まってるのよ!シェイドおじいちゃんも、皆も早く!!」
その言葉を皮切りに子供たちがなだれ込み、皆の手を引っ張ってロビーへと連れ出した。そこには月明かりと蝋燭で暖かに照らされた空間と子供たち、他のスタッフが居た。
「よっと!ミニ花火!!…え?リボンや旗が出ない?無理言わないでよぉ、これで精一杯」
「…あ!居たなリーリエ!!君が踊ったせいでこんな事に巻き込まれたんだ!!責任とってもらうからな!」
子供たちに魔法を見せるヴィレムと花吹雪を撒き散らしながら怒るロゼ。
「…お待ちしてました。今日が最後の夜と知りまして…子供たちがどうしてもリーリエさんと本の読み聞かせをして欲しいと聞かなくて…ご迷惑をおかけします」
子供たちを制止しつつ、イザベラが丁寧にお辞儀をする。沢山の人々の笑顔、花吹雪と火薬の騒がしい風景…何もかも…何もかもが…
「…あぁ、みんな…会いたかった…」
あの日のサーカスの風景そっくりだった。それがもう無いと知っていても、今が違う風景と分かってていても、リーリエの口から小さく言葉が零れた。
「…いかが致しますか?」
シェイドは鋭い顔のまま、リーリエの耳元で囁いた。リーリエは振り返らず、答えもせずにスタッフと子供達の元へと走り出した。それをいつもの笑顔に戻った亡霊が優しく見つめる。
…
「本当に…いいんだね?これは…あ、ある意味…新たな地獄の始まりになる…と思う」
スタッフ総出の夜の読み聞かせ…あの穏やかながらも皆の想いが重なった音楽会の様な夜は過ぎ去り、一転静かで白んだ朝のロビーにドールとスタッフ達だけが集まっている。リーリエの脊髄にプラグを刺しながら、ヨルは最後の確認をする。脊髄から伸びたコードは彼のパソコンと、あのブラックボックスに繋がれた。
「あの日からずっと…ずっと私はあの記憶の中で死にたいと望み続けてた…私は時代の廃棄物。…でも…私すら居なくなったら…あの戦争も、戦争で居場所を失ったあの子たちも、私という殺人兵器も…無かった事になる。それでもいいのかもしれない。けれど、せめて…世界に確かに存在していたサーカス団の存在を、彼等の命の火を残していたいの…」
リーリエは目線を移す。
「貴女にはヒントを貰った。私は唄う…私の記憶を。この先あの子たちの世界にまた同じ雨が降らないように。私は唄い続ける」
イザベラは微笑みを返した。
「…だからって、わざわざ薄れかけた記憶を更に鮮明にして抱え続けるなんてしなくてもいいのによ。まして、世界に戻って戦争話を広めるなんて危険すぎるだろ…今度こそ希望通り壊されるぞ?」
ふん!と鼻を鳴らしながら嫌味な質問を投げかけるヴィレム。
「まさかブラックボックスにも記憶媒体があったなんて…私も知らなかったわ。私も、世界も…この事実から目を背けてはいけない。…守れなかったものを今度こそ…。それに…伏兵としての身体プログラムは機能してる。私、これでも強かったのよ?戦争を走りきったの。…でも貴方には直ぐに脚をくじかれた。貴方ほど強い人は私の世界には居ない。貴方を前に壊れなかった私ならきっと…大丈夫」
「…チッ!心配なんて慣れないことするもんじゃねぇな…。まぁ、またなんかあったら来いよ。今度はちゃんと歓迎するさ」
嫌味の仮面をあっさり剥がされたヴィレムは恥ずかしそうにドールの頭を優しく撫でた。
タン!とパソコンのキーを叩く音と共に、リーリエは顔を歪ませた。水が流れ込むようにロードされてくる戦争とあの日の事件の記憶。暫く項垂れていたが、覚悟を決めたように顔を上げ、スタッフ全員を見据えた。
「…ご宿泊、ありがとうございました。リーリエ様…また我々と世界線が交わる日の為に、真っ白のリネン、美味しい朝食、掃除の行き届いたお部屋を用意しております。どうか、良い旅を…」
シェイドの礼にスタッフ一同が続いて別れを告げる。礼をする者、手を振る者、涙を流す者…
「さようなら…いえ、いってきます。いつか私の事思い出してね…」
次元越えの鍵で開かれたエントランスを抜け、光に解けていくリーリエ。
―
『待ってたよ、リーリエ…帰ろう。僕らが生きた世界へ…そして、僕らの事を歌ってくれ。サーカス団のドール、僕らの歌姫…』
『えぇ、団長…』
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