guest_1 五夜 緋ロザリオのコンシェルジュ
--
guest_1 五夜 緋ロザリオのコンシェルジュ
- 31
- 5
- 0
「うふふふ、なんて素敵なのでしょう!」
足が完成し、ヨルと共にスタッフの元へとお披露するリーリエ。彼女と争った者も踊り、歌い、語らった者…皆それぞれがそれぞれの表情だが彼女の完治を祝福した。そういえば自分はたまたま仕事が忙しく、リーリエとまともに喋っていなかったな…などと考えつつ、ハビエルは皆に合わせて何となく拍手をしていた。それにしても…
「流石、ドールの方々は見目麗しい…ショーの花形と言うのも頷けます!ロゼさんとのダンスにイザベラさんとの読み聞かせ…お客様の反応は頗る良く…是非我がホテルで働いて欲しいと思ってしまう程で御座いますよ」
どのスタッフよりも上機嫌にリーリエを受け入れ、そして誰よりも祝福するオーナーを横目に睨む。
「…オーナーはお客様1番だしね…まぁ、所詮彼女は客…僕のようにオーナーに引き抜かれてスタッフとしてこの場所にいる事を認められている訳では無いのだし」
「…なんだ、なんか言った?ハビエル」
自分の前でやる気なく拍手していたロゼが怪訝そうに振り返った。ハビエルは即座に接客用の笑顔に戻ると、首を傾げてロゼに返した。
「暫くはヨルさんを初めとしたスタッフにおもてなしをお願いしました。…オーナーたる私が真っ先に向かわねばならないのに…非礼をお許しください。しかし、我がスタッフは実に有能で素晴らしい事は、リーリエ様にも伝わったと自信を持っております。最後に、この私がお客様のご要望になんでもお答え致します」
飛び切りの笑顔で跪き、リーリエに手を差し伸べようとしたその瞬間
「ぼ!!僕が!!コンシェルジュのこの僕が是非お客様の御用名を承りたく!!!」
あまりの大声にギョッとした顔でスタッフ達はハビエルを見返す。ハビエルが個人に付いて接客だって?ただでさえ不幸体質を恐れてカウンターから出ていかないあの妖精が?ロゼが呆れて、はん!と鼻で笑う。オーナーもまた、目を大きく見開いて驚いている。
「…いや、だが…ハビエルさんがそれで宜しいので?…お客様も…ふむ、困りました…」
「…何故、皆あの人の言葉に驚いているの?」
リーリエがオーナーに小さな声で説明を求めた。
「…不思議な話なのですが…何故か彼と共に行動すると不慮の事故に見舞われる事が多く…彼もそれを危惧して、なるべく同行を伴うような接客を避けておるのですよ」
リーリエはすっとハビエルへと歩み寄ると手を差し伸べ、不敵に微笑む。
「是非お願いするわ…」
スタッフ一同、二人を止めろと目線でオーナーに訴える。オーナーは即座に割って入ろうと立ち上がったが、リーリエはハビエルの手を引いてスタスタとロビーから出て行ってしまった。
「…何をやってるんだ僕は…お客様と同行だって?事故があったらどうするんだ…。だって、あんな嬉しそうなオーナーを見たら…いくらお客様とはいえ、シェイドさんが一日個人に接客するなんて…!!あぁ!でも!!」
「…何頭を抱えているの?」
ホテルの外、春の日差しがキラキラと二人を包んでいる。雲色の髪と真っ赤な太陽の髪が仲良くサラサラと風にまう。勢い良く立候補したは良いが、何をどうすれば良いんだ?そもそも長時間の接客を避け続けた自分がこんな時どうするかなんて知る訳が無い。
「…あのおチビちゃんによく似てる。あの子は団長が誰かに取られそうになると、いつも怖い顔して騒いでたわ…ごめんなさい、貴方の知らない人の話しね。でも今の貴方の顔、あの子を思い出す」
心做しか、リーリエは無表情だが楽しそうだ。
「…遠くへ行かなくていい。貴方と一日一緒に居て、散歩でも出来ればいいわ。運が良ければ…」
運が良ければ…とは何の話だ?ずっと手を繋ぎ続けているドールを怪訝な目で見やるが、このまま突っ立っていても仕方ない。全ては自分の発言のせいだ…ハビエルは溜息を付いた。
「承知しましたお客様。ホテルの世界線上をご案内します。少し歩けば見晴らしの好いところが御座います」
そういうとホテルの先の森へと向かう。森林浴を楽しんで30分も歩けば森も開け、美しい草原へとたどり着く…はずだ。しかし、リーリエの希望通りそれはそれはハプニングの連続だった。目の前を荒れ狂う熊が走り抜けたり、唐突に根元が腐った木がこちらに倒れてきたり、石もない歩きやすい道で何度も転んだり…。2時間近くかかってやっと目的地が見えてきた。
「…ダメね、これくらいでは壊れないわ…」
「やっぱり…僕と共に居たがったのはそんな理由ですか。初日もそんな事言ってましたしね」
ハビエルはかなり不機嫌そうに答えた。これが彼のアイデンティティである。しかしそんな事は望んでもいない。なのに、あまつさえそれを利用したいがために横に居られるなんてなんとも腹立たしい。緑萌る爽快な風景に反してハビエルの心は酷く荒れ模様だ。
「…僕はこんな自分なんて嫌なのに…貴女は酷い人だ」
「…悲しまないで」
リーリエはハビエルの頬に手を伸ばし、優しく撫でようと近づく…その頭上では小さな崖から大きな岩がボコッと嫌な音を立てて地面から剥がれ落ち、リーリエに向かって落ちようとしている。
「…!危ない!!」
ドン!!地響きに似た落下音。ハビエルは間一髪リーリエを抱きしめ横に思い切り飛び出して難を逃れた。
「はぁはぁ…よ、良かった…っ!痛…」
飛んだ拍子に足を挫いたのだろうか、ハビエルは痛みに悶える。
「…何故?私の事酷い人って言った…それに私はこれを望んで貴方と居た…貴方はそれを知ってるのに…何故?」
「僕は!!!」
いつも穏やかな声で接客するハビエルからは想像できない怒号が飛ぶ。
「僕は嫌なんだ!僕だって僕が居たせいで不幸になった人なんて沢山いる!貴女の気持ちも分かりますよ!…消えたくもなる。でも、僕は自分の人生を生きている、そして大好きな人のいる場所で生きれている!それが幸せなんです。そして決めたんだ…これ以上、自分の不幸体質で誰かを傷付けないって」
どんどんと怒気が弱まり、最後の声は震えている。
「人が傷付くのは、もう見たくない…」
「私も…」
そういうと、リーリエの倍の身長であるハビエルを意図も簡単に抱えあげた。そして黙って目的地へと歩き出す。
森を抜けると一気に視界が開け、まるで海の漣の様に草原が風に靡いている。
「私たちって歪ね。それでも、まだ動いていて…この風景が素敵って思うの」
「…壊れたら、それも知らずにいたでしょう?」
ハビエルは穏やかに答えた。
「…早く帰りましょう。あ、ホテルに着く前に下ろしてくださいね。お客様にお姫様抱っこされてると知られたら、ロゼやヴィレムに何言われるか分かりませんから」
二人は笑わなかったが、まるで笑い声の様な草の擦れる音だけが響いた。
✎︎______________
全ての夜が終わりました。
Comment
No Comments Yet.