guest1_四夜 切望の烙印者
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guest1_四夜 切望の烙印者
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―ようこそ私の部屋へ。今日はお客様をしっかり休ませよとオーナーのお達しでして…私と対話をしましょう―
―…WARNING…不正なアクセスにより攻撃を受けています…不正なアクセスにより…―
―不正なアクセスとは失礼な…まぁ、その通り。でも私は貴女のように銃なんて向けませんよ?317-17さん―
リーリエは即座に目を覚まし、戦闘態勢を整えようと体を起こすが、ガチャガチャとブリキが暴れるような音を立てて目線が地へと落ちる。
「…ほ、ほら…ダメですよ…今日は、足の修理なんです…こちらの粗相ですから…ね?さ、捕まって…」
ボサボサ頭が目線まで身体をかがめてきた、温かな手が自分を掴む感触。ふっと体が浮き、作業台に丁寧に横たわらせる。
「さあ、ね?…あ、暴れないで下さい…お願いします…」
ボソボソと呟くようにヨルはリーリエに話しながら、足のパーツを丁寧に外し、ネジを外す。
「…あぁ、私は…その、話を…したいのです。貴女と。けれど、いつ防御システムが作動するか…分からないので…スリープして頂きますよ…[317-17]sleep:」
その数字の羅列を聞くと体が異様に反応する。まるで眠り姫のようにリーリエは作動を停止してしまった。
―聞こえますか?317-17…いや、「名前」が貴女にはあるんでしたっけ?確か…―
―…リーリエ。私はリーリエ。団長が教えてくれた私の名前。私に着いていたネームプレートに書かれていた名前―
―…LI-LIE?あはは!なるほど…貴女の名前を教えた団長さんという方はオシャレな間違えをしたんですね―
―…これは?意識に話しかけているの?…これは…チャットかしら?貴方はだあれ?―
―誰なんて冷たい!私は先程から貴女の足を直していますよ―
―これは同じアンドロイド同士の通信方法よ?人間の貴方が何故…それに、話し方がだいぶ違うわ―
―話し方…あはは、手厳しいな。言葉を発してのコミュニケーションは苦手なんです。こっちのが楽だ…。ああ、これは私の魔法なのです。私は人間として生まれて、機械に力をもらいました。育ててくれた電子の妖精はもう1つ、プログラムとは別の力を私にくれました…切望を見る力。貴女は…深く深く切望している。一つは死を、一つは謝罪。まるで罪人のよう。ずっと不思議に思っていたのですよ。だから、こう二人きりで話す機会が出来て、私はとても嬉しく思います―
―…不思議、貴方には私にない体温がある。でも、貴方と私は同じなのね?まるで人形…。―
―貴女の事は、カプセルにあった端末からある程度は調べさせてもらいましたよ?伏兵モデルのお嬢さん。…まぁ、人に切望され、切望を叶えるため創られた…という点で、私達は似た者同士かもしれませんね―
―…私の事を見たのね?でも、カプセルで分かる事は兵器としての私だけ。…いいわ、私の記憶媒体に介入させてあげるわ。ようこそ、サーカスへ…―
電子の光と文字列だけの世界が幕を開いたかのように風景が変わる。ヨルの脳裏に直接リーリエの記憶が流れていく…。そこは錆びた雨が降るゴミの山…戦争で出た廃棄物だろうか?鼻を突く様な鉄と火薬のくすんだ臭い。ヨルは記憶の雨に打たれながら立ち尽くしていると、派手な傘がヨルの頭上に現れる。そこにはピエロの姿のリーリエ…きっと今現在のリーリエの意識だろう。ゴミ山の中に横たわるリーリエは恐らく記憶媒体が見せている過去の彼女。
「…私は終戦と同時に廃棄された人型兵器。殺人ドール…世界は己の黒歴史と共に私達をゴミと一緒に流そうとしていたの」
遠くからビシャビシャと雨の中走る音と男の声が聞こえる。大丈夫か!?生きてるか!?…そんな事を口走りながら、ゴミの中のリーリエを救い出した。
「行き倒れた子供か!?こんな所で居たら死んでしまう!…ん?」
男はリーリエの口元に頬を寄せた。呼吸を確認しているようだ。そして、それは人間でない事を理解した。…なんだ…と呟き立ち上がろうとした時、ゴミ山のリーリエがノイズ混じりに繰り返す。
「…あり、が、とう…あーあり…が…ととと…う、ありがと…う」
壊れた声で繰り返しながら、必死に男の頬に手を触れるリーリエ。男は少し戸惑ったが、何かを決心したようにリーリエをゴミ山から救い出し、彼女をおぶった。
「…人間もドールも、こんな惨めなのは見捨てられないや。まぁ、サーカスで機械いじりもやるしな!何とかなるだろ…ん?」
背負うと同時に何かが落ちた…小さな銀のプレートだ。
「…LI-LIE?リーリエ…かな?こいつの名前は」
男がゴミ山から出ていく。脇に立つリーリエが静かに傘を閉じるとまた世界は幕を開けて舞台を変換させる…ここは男の部屋だろうか?プロとはとても言えない危ない操作で少しずつリーリエの武器を取り外していく。周りには派手な衣装に色とりどりの小道具…サーカスの楽屋といった様子だ。そこで何人かの子供たちが楽しそうにリーリエを覗く。中にはリーリエに愛らしいティアラを被せたり、お姫様の様な衣装を着せて楽しむ子供もいる。また脇から気配を感じでヨルが振り返ると、バニーガール姿のリーリエが嬉しそうな、慈しむような顔でその風景を見詰めている。
「私を拾ってくれたのは、このサーカス団の団長さんだった。彼は戦争孤児を拾ってはサーカスで働かせていたわ。決して稼ぎが良い訳でもなくて、とても苦しい思いをしていたけれど、皆家族で…前向きに生きていた…と思う。私はこんな人間を何度も襲ってきた。けれど、皆は私をサーカスドールとして愛してくれた…幸せだった…と思う」
バニーガールのリーリエがポンと手を合わせると、今度はサーカスショーの真っ只中へと世界が変わる。…これはリーリエが体験してきたショーの内容なのだろう。空中ブランコに綱渡り、ジャグリングにマジックショー…息のあった子供達の見事な動きと、人間には出来ないドールならではの曲技…ヨルはついつい魅入っては拍手を送る。その拍手にペコりと頭を下げるリーリエ…今度はアリスの様なフリルのワンピース姿。
「…素敵な記憶ですね。そうか…貴女はサーカスの一員として働いていたのですね。それにしても幸せな風景だ…お客さんも団員達も苦しい生活の中でも輝くような切望の感情を抱いてサーカスを見ている…なら…何故…」
今の貴女の切望は形を変えたのか?そう聞く前に、ブツリと電源を切ったように風景がブラックアウトし、次に映った光景にヨルは絶句する…。
「…記憶が無いの…私は一体何故こんな事をしたのか…でも、私は…私は…」
逃げ惑う客や団員、数名は血を流し死んでいる…。舞台の真ん中には放心したリーリエ。その姿は初日ホテルで見せた姿そのものだ。スカートから無数に伸びる銃が無差別に人を撃ったようだ。周りには紙吹雪や旗が散乱しているが、数本改造が完璧でなかったのだろう…火薬の煙を吐いた銃口が見える。
「私は…ゴミ山から拾って、綺麗にしてくれた…愛してくれた人間を裏切った。私はやっぱり兵器だったの…私は…サーカスも人間の幸せも裏切って壊してしまった…だから、私は壊れたいの。もうバラバラに、二度と愛を望まないように」
ビー…ビー…脳裏に響く警告音が初日の夜のように啜り泣きに聞こえる。ヨルはゆっくり目を開け、そして直した足を優しく撫でた。リーリエもスリープから再起動したのか目を開いている。
「…怖がらせてしまったけれど…最初の日、銃を見せたのは罪を見せる為。私を壊して欲しかった…。あの日から私は悲しくて哀しくて何日も歩き続けた、逃げ続けたわ。電源を切ってくれる、私を作った軍事施設を探して…でもとうに解体されて、跡地には公園が出来てた…絶望に落ちた時…私は気づいたらこのホテルにいたの…」
居た堪れない沈黙が続く。ヨルは堪らず口を開いた。
「…足、ど、どうですか?…多分…問題ないと思います…歩いてみて…」
リーリエは作業台から起き上がる。床についた足はしっかり彼女を支えている。
「…私の記憶を見てくれて、聞いてくれてありがとう。最初は怖かった…でも、貴方に届いて良かった。ありがとう」
そういうと歩いて部屋を出ていった。部屋に一人残ったヨルはパソコンを起動させる。パソコンはカプセルの中のブラックボックスにつながっている。ヨルは画面に映し出された動画を再生させる。そこには先程リーリエがみせたサーカスショーの記憶の場面と同じ舞台が映っている。客の中に軍服を着た痩せ細った男が狂ったように叫んでいた。
『317-17!!発砲しろ!そうだ!!まだ戦争は終わってない!!終わってなるものか!!国のお偉方は日和やがって!俺の家族を、人生を奪ったこの国の人間全員殺しきってやる!そうだ!317-17撃て!撃て!撃てぇぇえ!!』
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四夜が終わりました。
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