嫉妬の烙印者 ヴィレム
キタニタツヤ
嫉妬の烙印者 ヴィレム
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「俺を信用出来ないんですか?…酷いなぁ。ほら見て?俺は従順な…」
人間の生きる世界に獣人が闊歩する世界線、俺はシアンスロープとして生を受けた。人間…最もか弱く、身体の能力が低く、獣人に食い殺されるか奴隷として酷使されていた種族…あの裸猿がこの世界を支配するなんて誰が予測しただろう?彼奴らは全てにおいて獣人に劣るのに、ただ一つ…たった一つの能力だけで霊長を名乗るまでになった。それは「知恵」だ。薄皮一つの肌を衣服で包み、爪も牙も力もないその体に武器を持ち…時に仲間を呼び、時に策略を立て…。獣人中心の世界はあっという間に幕を閉じ、俺らは裸猿と同じ地位まで貶められた。…あぁ、また俺を呼ぶ人間の声が聞こえる…。俺は可愛い犬コロだ。猫人や犬人それに準ずる獣人は幸か不幸かアイツらに気に入られ、愛玩種族として生かされている…。ある意味命と生活が約束された地位なのかもしれない、だがしかし…
「ねぇ、ヴィレム?私の事本当に尊敬してる?もっと媚びへつらってくれないとなぁ…」
「俺を信用出来ないんですか?…酷いなぁ。ほら見て?俺は従順な犬ですよ?ねぇ、頭を撫でて」
「んふ、いいわぁ。飽きさせないでよね?私猫ちゃんも好きなの。でも2人も飼えない…意味はわかるよね?」
腹の奥でグリグリと感情が内蔵を掻き乱す感覚。それでいて、悲しい性だ…安心感も感じてしまう。揺れる尾…それを感じる度に言葉に出来ない感情が俺を包むんだ。
俺ら獣人の中である噂があった。『神獣の獣人がこの世界には居るらしい。ソイツは俺らを救い、この世界をかつての獣人中心の世界に戻してくれるのだ』と…よくあるメシア論。俺らのような虐げられた者の儚いエスケープゴートだと鼻で笑っていた。しかし、それはじわじわと俺らの世界に浸透していく…
「…なあ、聞いたか!?隣の国…ほら、特に人間の支配が酷いって有名な…。燃えたんだってよ、たった一晩で全焼…しかも人間はほぼ全滅なのに、俺ら獣人は軽傷者が少し出ただけだって…」
「私、見たの!炎の翼を持った…あの御方は絶対そうよ!私を鞭打ちしてた人間を…怖かったけど、とっても綺麗な炎だったの。震える私を優しく抱きしめてくれた!」
噂を聞いた、姿を見た、話をした…単なる都市伝説はボンヤリと輪郭を持ち始めて来た。…フェニックスの鳥人…。もうこの国でも目撃情報が出てきている。中には盲信し、主人を裏切って逃げ出すものまで出てきた。大半は見つかって虐殺されるが…数名は逃げ切っている。しかも日に日にその人数が増えてきている。人間が血眼になって探すが、姿も、行き倒れた死体すらも見当たらない。
次第にメシアの話は人間にも伝わる。大いなる存在を得て暴徒と化す獣人まで出始める。獣人への扱いが酷い人間の焼死体が出たと毎日のように話に上がり…明らかに人間たちの態度が変わってきていた。
「ねぇ、ヴィレム…私の事好きよね?私も大好きよ?ほら、大好きな餌!私って優しい主人でしょ?ね?ね?」
目の奥が怯えている…家の近くの一家が焼死したらしい。
「俺を信用出来ないんですか?…酷いなぁ。ほら見て?俺は従順な…」
そう言ってたまらず笑いだした。可笑しいだろ?その言葉にあの女、ホッとした顔してやがる。
「…!何、犬の分際で!主人の私に楯突くんじゃねぇ」
そういって腰にいつも常備している鞭を振りかざした。俺は咄嗟に目を瞑るが…
「ぁぁぁああああぁぁああぁ!!」
耳を劈く断末魔に目を開くと、主人の腕が業火に焼かれ、既に炭化している。…嘘だろ…メシア…?つい言葉が走る。そして同時に辺りを見渡すと、いつの間に居たのか奴は後ろに立っていた。窓の外には白装束の獣人が整列して微笑んでいる。…まるで何かの宗教の信者のようだ。中には逃げ出し行方不明になった顔もある。
「憐れなる魂よ。私は救いの羽、虐げられる者よ。お前のその心を貰い受けよう。苦しみを、憎みを、嫉妬を…」
外の奴らが一斉に涙し、祈りを捧げ出した。その姿に寒気を感じる…何なんだ?
「…どうした?弱き狗の仔。神獣たる私の元に…安心せよ脆弱なる獣人の民。私は神である…私の傘下に下れ」
そう言うと金の尾羽がキラリと広がり、主人と俺の家は燃え上がる。その瞬間、確かに俺は見た。
「絶対的な神火の力…どうだ?お前は何が出来る?一つの種族に抗えぬ獣よ…」
「…鳥の友人も俺には居てね。そもそも、炎の羽なんておかしいと思ったんだ。お前、力を使った瞬間羽が無くなったぞ。…友人は空を飛んだって、羽がもげて無くなるなんて有り得なかった…お前は…?」
「俺を信用出来ないんですか?…酷いなぁ。ほら見て?俺は従順な…」
メシアは俺の常套句を嘲笑って言い放った。
「従順で劣等感まみれの犬が…いいねぇ。私が人間に炎と知恵を与えた甲斐がある。確かに私は獣人じゃない、魔女だ…。感情を食って生きている。おい、犬。お前は賢いな…飼ってやるよ。彼奴らとは別に、弟子にしてやる」
人間一強の世界にしたのは…俺は怒りで気が狂いそうだった。しかし、性が強い者に尾を振らせる。主人が与えるより強い感情、それはきっと…
「あはぁ…!いいね、いいね!嫉妬と性に狂ってやがる!益々気に入った。…お前は今日から私のペットだ。大事な仕事を与えてやるよ」
そう言うと胸から紫の炎が燃え盛る。あまりの痛みに心臓を掴み苦しんだが、やがて炎が消え胸には黒く焦げた刻印が残った。痛みに息は荒れ、脂汗が流れる。終わったのかとほっとしたのもつかの間、空間が歪み、体が歪みに落ちてゆく。
「お前の目は嫉妬を写し出せる。違う時空の感情を集めな、私の糧となる。その力で魔女になるのも、聖者になるのもお前に任せよう」
トプン…水が跳ねる音と共に俺はこの世界から消えた…
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ようこそ、ヴィレム
De:froNのスタッフとして歓迎致します…
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