来世は他人がいい①
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
来世は他人がいい①
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__𝕀 𝕔𝕒𝕟'𝕥 𝕤𝕒𝕧𝕖 𝕪𝕠𝕦 𝕚𝕟 𝕞𝕪 𝕨𝕠𝕣𝕕𝕤.✩₊*˚
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それは、世界の再生を告げる合図だった。
星巫女が選ばれる夜は、世界に荘厳な鐘の音が響き渡る。世界中の全ての人の鼓膜を揺らす、厳かでどこか静謐な鐘の音。今思えば、あれは犠牲者を悼む音だったのではないだろうか。神様をその身に宿し、たったひとつを失い、世界を守護するために歌を奏でる崇高な犠牲者に想いを馳せ、人為的に定められたその運命を悼むための音。
星天界というベールに隔てられ、藍空達の動向を知ることの出来ない中央政府はきっと、数日後に同じ鐘を鳴らすつもりでいるのだろう。新たな犠牲者を、聖なる世界へ送り出すための音を。
だけど、その鐘はもう鳴らない。星巫女になるのは、世界への捧げものとなるのは、藍空達で最後なのだから。
藍空達は、星巫女と心中するのだ。幾星霜も繰り返されてきた「星巫女」という王冠と共に、夜の一部となるのだ。
鐘の代わりに響いたのは、三人の星巫女達の奏でた鎮魂歌だった。星巫女達の魂を鎮めるための、解き放つための歌。世界の歪みが生み出した少女達の哀を、掬い上げる歌。
天上の世界で奏でられる、歪に形を変えられた世界が生まれ変わっていく合図の歌だった。
手のひらに感じたのは、強く握りしめたせいで鈍くなった金属特有の冷たさ。その温度はじわじわと溶けだして、藍空の体温との境界がぼやけていく。
星巫女の紡ぐ歌に呼応するように、心鍵に嵌め込まれたシアンの宝石に細かい線が走っていく。藍空の色より幾分も明るい、遠い真夏の空を閉じ込めたような色。
凍り付いていく水と同じ音を立てながら、宝石がひび割れていく。終わる世界の輪郭が削がれて、新たな世界が孵化していく。神様を閉じ込めていた小さな籠が揺らぎ、割れて、壊れていく。藍空の命と同時に。古い世界に括り付けられて、人柱となって、藍空達はその命を散らす。生きた証を歌いながら。
これで、本当に世界は変わるのだろうか。未来に選ばれるはずだった星巫女を、救うことが出来るのだろうか。
藍空の心には未だに、暗く厚い雲が垂れ込めている。どれだけ空が晴れようとも、どれだけ星が輝こうとも消えない、疑念という名の厚い雲が。
何かを信じることの出来ない藍空の心に巣食って消えないそれが、今になってもなお思考を回らせる。今際の際に立ってさえ、藍空は何かを信じることが出来ないらしい。
これがきっと、藍空の喪失だった。誰のことも、何のことも、心から信じることが出来ないということ。自分が傷付くことを何より恐れた弱い藍空が、失ってしまったもの。神様に奪われてしまったもの。
もし、星巫女に選ばれていなければ。もしくは、信じること以外の別の何かを失っていたとしたら。藍空は、どんな人生を歩んだのだろうか。
身寄りのない幼い子供達を自分達が豊かになるための道具として扱うような地獄で、一人来るはずのない両親の迎えを信じ続け。何度も裏切られ、傷付き、それでも疑うことを知らないまま、星巫女の清らかさを信じ、その果てに命を落としたのだろうか。
虚しいだけの仮定を巡らせたところで、所詮は中身のない想像にすぎない。描くことすら許されない仮想世界の話だ。世界を創り出した神様でさえ、ifを現実にする力なんて持っていないのだから。
誰のことも疑わない、藍空とは正反対の人生を思い描いたところで──そんなのはきっと、藍空の人生ではなかった。
もしも、この世界のことを信じられたのなら。誰のことも疑わず、生きていくことが出来たなら。そうすれば、もっと生きるのが楽だったのだろうか。現実から逃げ出したくなる度に、藍空は何度もそんな叶わない世界を夢想した。
変えられない世界から、報われない現実から、少しでも目を背けたくて。叶うはずのない仮定へと逃げ込んでは、その度に虚しくなった。綺麗な夢の世界を描けば、現実がもっと汚れて見えたから。
だけどきっと、あの頃の藍空は世界を変えられた。自分の臆病から目を背けて、見ないふりをしていただけで。
施設という狭い檻から逃げ出せた藍空は、既に変わる力を持っていた。
紅愛の声を聞くこと。目を合わせること。涙を拭うこと。言葉を重ねること。
それを選ばなかったのは、ひとえに藍空の弱さだ。藍空は臆病だった。傷付くことが怖かった。捨てられたと知ったあの日の記憶に囚われて、目を塞いだままに世界を生きていた。あの日を繰り返したくない。それだけの小さな願いのために、世界を捨てた。傷付くのを恐れて一人を選び、何も変わらないことを嘆いていた。
だから、藍空が信じることを失っていなくても、きっと何も変わらなかった。色や涙とは違う。「信じること」は誰かに奪われなくとも、自分で捨てることが出来るのだから。誰かを信じるかどうかを決めるのは、結局藍空自身なのだから。
だから、もし星巫女になっていなくともきっと、藍空は同じ道を選んでいた。同じ道を選んで、同じ場所に辿り着いていた。
何かを信じれば、いつかは必ず裏切られる。誰かと出会えば、必ず別れる日が来てしまう。
喜びと悲しみは表裏一体で、縋った感情は簡単に裏返る。反転した幸せは同じ重さで圧し掛かり、二度と消えない傷を刻む。
それならば、藍空は何も望まない。失うと定められているものなんて、自分を傷付けると決まっているものなんて要らない。
そう言って、藍空は世界を拒絶した。そうすることが、唯一の自分を守る方法だった。何も手に入らないと分かっていたからこその虚勢だったのかもしれない。
必ずいつかは別れが待っているのに、隣にいてくれる誰かを求めるなんて馬鹿げている。ずっと、そんな風に思っていた。愛だとか、家族だとか、ぬくもりだとか。そんなものを求める理由も分からなかった。
紅愛を喪って初めて、その理由を知りたいと思えた。知りたかったのだ、と思えた。紅愛が死んで──紅愛を殺して、ようやく気が付いた。散々自分が馬鹿にし見下していたものを、本当は藍空も求めていたのだということを。
今思えば、簡単なことだったのだ。紅愛が死んだ日には分からなかったその理由が、今なら分かる。単純でシンプルで、ありふれた答え。
一人ぼっちで生き続けることは、寂しいから。
たったそれだけの、簡単なことだった。
付けたままにしていた髪留めを外し、手の中に握りしめる。
初めて星天界に召喚された日から、このバレッタが藍空の手元から離れた日は一日も無かった。いなくなってしまった両親と藍空を繋ぐ唯一のもの。
星巫女に選ばれた少女は、召喚前に纏っていた服とは関係なく、星巫女の衣装に身を包むことになる。だから本来は、この髪留めが星天界に現れるはずがない。
けれど、召喚前にそれを身に着けていなかった時でさえも、バレッタはいつでも藍空の手元にあった。まるでそうあるべきだと定められているように。
──心鍵は、星巫女が心から望んだものを贈ってくれる。星巫女になったあの日からきっと、藍空はこの髪留めを求め続けていた。大切だと、手放したくないと、強く願い続けてきた。
家族なんて大嫌いだ。いつか藍空を裏切るものだ。ずっと、そう思っていたはずなのに。藍空は最期の瞬間まで、両親との繋がりを断ち切れなかったらしい。
「馬鹿みたい」
小さくそう呟いて、藍空は微笑んだ。手の中の冷たいバレッタの感触が嬉しかった。まるで、藍空を裏切らないでいてくれたようで。これは藍空にとって、両親の裏切りを象徴するものだったはずなのに。
結局最後の日まで、藍空が両親と再会することは無かった。彼らの生死さえも知ることは出来なかった。知ろうともしてこなかった。自由の身になってもなお、探そうとさえ思わなかった。
後悔は、していない。藍空のことを捨てた両親を憎む気持ちは、嘘ではなかったから。施設に預けられてすぐの藍空の涙は、間違いなく本物だったから。
それでも。最期だから、こんなことが言えるのかもしれないけれど。両親もきっと、彼らなりに藍空のことを守ろうとしたのだろう。きっと、藍空の未来を願っての決断だったのだろう。いつ死ぬかさえ定かでない逃避行に、幼い娘を巻き込みたくなかったのかもしれない。有り得ない、と切り捨てた可能性。だけど今なら、少しだけそう思える気がした。
それならば、藍空の人生は幸せだったのだろうか。藍空に、その答えは分からない。
見知らぬ誰かが聞けばおそらく、可哀想だ、不幸だと同情するような生涯だったのだろう。
藍空自身もきっと、私の人生は幸せだったと胸を張って言うことは出来ない。望んだ幸せの形を、叶うはずがないと切って捨てた生涯だ。
ぬくもりに満ちた家族の愛も、約束された幸せな明日も、藍空にはなかった。世界の誰かにとっては呼吸と同義の幸せは、手の届かない夢泡沫だった。
幸せではない人生だった。不幸だったと言えるのかもしれない。
それでもきっと──この世界に、藍空が生きた意味はあった。
世界の形を変えて、未来の星巫女を救う。それが、藍空が残した藍空の命の証明。誰にも届かずに消えた涙の、藍空が散らせた紅色の、辿り着いた先。苦しんで、泣いて、世界を呪って、それでもこの世界で生きたんだという証。
この最低な世界に、命の爪痕を残せるのならきっと、藍空が生まれた意味もあった。藍空の命に、意味があった。
だからそのために、藍空は歌い、命を落とす。嫌って憎んだ、この世界を守るために。
どこまでも理不尽で残酷で、救いなんて存在しない世界。こんな世界なんて、滅んでしまえば良いと思っていたはずなのに。
それでも、この世界を守りたい。神様を解放したい。星巫女を守りたい。今では、そんなことを思っている。
消えない強いこの感情は、藍空の意志だろうか。それとも、藍空の魂と混ざり合った神様の意志だろうか。藍空の中の神様が、藍空に働きかけているものだろうか。
どれであったとしても、些細なことのように思えた。正解がどれであっても、藍空はこれが自分の意志だと信じている。たったそれだけで、充分だった。
今この瞬間、神様は藍空の一部で、藍空は神様の一部なのだから。もしこの感情が、神様の意志だったとしても。
もしもそうならば、その願いに藍空自身を託そう。藍空という一人の星巫女の命の全てを、神様に託そう。
神様は、藍空自身なのだから──きっと、信じることも出来るはずだ。
どこまでも続く星空の下、藍空は静かに微笑んだ。
世界が暗闇に染まっていく。塗り潰されるのは世界か、藍空の意識か。星天界が崩れていく。淡い光の粒が世界から離れて、夜を落ちていく。明けない夜の世界に、閉ざされた天の世界に、星が降り注ぐ。星明かりの照らした空は、涙の残滓のような、澄んだ藍色だった。
光に染まった淡い藍色を最後に、藍空はそっと目を閉じる。暗い瞼の裏に浮かぶのは、鮮やかな紅色。藍空が殺した、大切な少女の色。
ありがとう、と彼女は最期に言った。藍空の名前を呼んで、いつも通りの声で。
彼女の魂も、星天界から解き放たれたのだろうか。輪廻から外れた星空の世界を、抜け出せたのだろうか。
もしも、藍空達に来世が許されているのなら。
藍空は、紅愛に出会えなくてもいい。出会わなくていい。顔も名前も知らない、全くの他人で構わない。
だから──ただ、幸せになって欲しい。与えられなかった余るほどの愛を、溢れるくらいに受け取って。自分の生き方を自分で選んで、沢山笑って。そうして、幸せに生きて欲しい。
塗り替えられていく世界で、藍空はそれだけを願った。落ちていく世界の果てで生まれた願いは、たったそれだけだった。
降り注ぐ星が、世界を染めていく。光を紡いで、世界を繋いでいく。
終わっていく世界の片隅で、藍空の心臓が止まる。
「……ありがとう、紅愛」
零れ落ちた言葉はきっと、夜明けの色をしていた。
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
🎐吐き出そうとした 毒を飲み込んで
🍂僕は今日も息を吸う 息を吐く
胸の奥が汚れていく
☘️随分上手くなったもんだ
嫌われないように
⚡️愛されるように
飲み込んだ言葉の出口はどこ?
🔗いつか君が言った「変わっちゃったんだね」って
⛓言葉が今も僕を苛んでいる
⚜️既に陽は落ちた 街灯が瞬く
ひりつく空気に ああ、もう時間だ
☪︎いま 下手くそな僕の言葉を どれだけ並べたって
⚡️⚜️君の 君の 面影だけが ああ
☪︎霞んで 霞んで 見えなくなっていく
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♓︎Pisces #星巫女_咲羽
🎐咲羽(cv.おとの。)
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♈︎Aries #星巫女_祈鈴
☘️祈鈴(cv.朔)
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♉︎Taurus #星巫女_叶夜
☔️叶夜(cv.碧海)
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♊︎Gemini #星巫女_璃星 #星巫女_璃月
⛓璃星/🔗璃月(cv.唄見つきの)
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♋︎Cancer #星巫女_紅愛
🔥紅愛(cv.未蕾柚乃)
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♌︎Leo #星巫女_柊葉
⚡️柊葉(cv.希咲妃)
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♍︎Virgo #星巫女_琉歌
💘琉歌(cv.ゆうひ)
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♎︎Libra #星巫女_藍空
⚖藍空(cv.くろ)
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♏︎Scorpio #星巫女_千歳
🍂千歳(cv.07)
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♐︎Sagittarius #星巫女_刹那
⚜️刹那(cv.ハナムラ)
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♑︎Capricorn #星巫女_灯莉
🎈灯莉(cv.瑠莉)
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♒︎Aquarius #星巫女_雪涙
❄️雪涙(cv.海咲)
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#星巫女_零
🗝零(cv.たぬ)
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₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴だんご様
✯𝕚𝕝𝕝𝕦𝕤𝕥𝕣𝕒𝕥𝕚𝕠𝕟✯
イラスト:蓬様
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
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