ドラマツルギー
Sooty House - Girl in the mirror -
ドラマツルギー
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【 その目に映るのは 】
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「……ベラ? ラヴィ……?」
水を大量に摂取すれば、元に戻るかもしれない。
そんな劇的な希望に縋ったワタシたちによって暴飲させられた、ワタシたちの友人たちは──突如、動きを止めた。
床に向いていた二人の顔が、ゆっくりゆっくり、上がっていく。
ベラにはほとんど変化がないけれど、ラヴィのほうは、前髪が、隙間からわずかに覗いた額が、瞳が、ワタシたちにも見えるようになって──
「……って、うわっ!?」
ベラが、声をあげた。
それはもう、静かすぎるこの部屋に響かせるには過度な大ボリュームで。
そして──ワタシたちから距離をとるように椅子ごと後ずさり、そのまま椅子から転げ落ちた。
「べ、ベラ!? 大丈夫かい!?」
「「べ、ベラ様!? 大丈夫ですか!?」」
「……な、な……」
その嘘のような笑えないオーバーリアクションに、思わず三者三様に──というか異口同音に、彼女の身を心配したけれど、とりあえず身体機能は無事なようで、ベラはこちらに何も答えず、机に手をかけ、立ち上がりかけの不恰好で中途半端な体勢で、真っ直ぐとこちらを向いた。
「なんでっ、マヤとアンジュが、ベラの部屋にいるのよ!?」
……え?
「今日のベラは、朝からお勉強をしていたはずよ? だって、お客さんの来る予定なんてなかったんだから! ……あっ、ち、ちがうわ! お勉強ではないわ! 朝から一生懸命お勉強をしていたはずではないわ! 断じて違うのよ? あ、そ、それにっ、ベラはいつお客さんが来たって平気よ? いついかなるときに突然お客さんが来たって、ベラは完璧にもてなすことができるわ! だって、ベラは完璧で立派な『顔付き』のシャドーですもの! ……けど……マヤもアンジュも、いつのまにベラの部屋に入ったの? いつ来たって完璧とは言っても、いつのまにか来られていたらびっくりするわ。びっくりして、椅子から転げ落ちちゃうわ」
「……え、っと……」
台詞が長い。
意地悪にも咄嗟にそんな感想を抱いてしまった自分を恥じつつ、しかし、容姿で変化を見分けることが不可能なシャドーである彼女が、その思考のすべてを吐き出さないと気が済まないといわんばかりの饒舌さだけで先ほどまでのベラとの違いが明らかになる個性を持ってくれていたことに感謝する……なんて、つられて長々と言葉を重ねてしまったな。
つまり。
このよく喋るベラは、絶対に、元のベラだだ。
ワタシは、ようやく椅子へ座り直し腕を組んだベラの質問には答えず、視線をその隣へ移す──先ほど主人の許可なく声を発し、現在主人を心配そうに見つめている、ベラの生き人形へ。
「……ラヴィも、同じかい? ワタシとアンジュが、いつ部屋に入ったのか……覚えていない?」
言いながら、彼女をじっくり観察する──不安の感情が浮かんだ表情、健気な光を宿した瞳。
「は、い……気づかないうちに二人がいて、びっくりしました……」
この様子を見るに、ラヴィも元に戻っているだろう。
ほんとうに良かった。ワタシの隣にいるアンジュも、とても安心した様子で頬をゆるませている。可愛らしい。
記憶を失っているのはきっと、珈琲の後遺症だろう。
先ほどまでのベラを見るに、珈琲のせいで意識が朦朧としていたと思われる。
そのせいで、経験を読み込んでから書き込まれるまでにラグがあって──ワタシ達が来てからのことが蓄積されるまえに意識が覚醒したために、記憶にないのだろう。
それなら、話さなければならない。
被害を受けた彼女達には、自分の身に起こったそれらを知る権利があるのだから。
──ワタシは、ここまでの情報をすべて話した。
エリーとアンジュが生き人形達の異変に気づき、そのことについてエリザベスに聞きに行ったこと。
そこで、エリザベスから嘘を教えられたこと。
ラヴィはシャドーハウスを盲信する生き人形の鑑に、ベラは精彩を欠きどこか上の空な状態になっていたこと。
シャドーハウスに起きている異変は、『お披露目』でみんなが飲まされていた珈琲が原因ではないかと仮説をたてたこと。
大量の水を取りこめば元に戻るのではないかと考え、二人にたくさんの水を飲ませたこと。
「なるほど……だから、ベラのお腹がなんだかたぷたぷなのね。苦しいわ!」
ひととおり話を聞いた彼女は、そんなふうにどこか神妙に、かと思えばあっけらかんと得体の知れない自信を持った声色でそう言った。
『お披露目』における接触で勝手にイメージしたままのベラがそこにいて、なんだかホッとする。短い付き合いとはいえ、よく喋るはずの友人がずっと元気がなくぼうっとしていたら嫌だからね。
「あの」
ワタシが話しているあいだずっと黙っていてくれていたアンジュが、控えめに手を挙げる。
「エリザベスから、ベラ様たちが珈琲を飲んでいた、と聞いたのですが……ほんとうに、飲まれたのですか?」
と──そんなふうに、アンジュは言った。
なるほど、良い着眼点だ。
エリザベスにされた話は、どこまでが真実でどこからが虚偽かわからない──だから、ベラ達がほんとうに珈琲を口にしたか否かを確認することで、原因が珈琲であるという仮説の信憑性を限りなく高めようということだろう。
ワタシの天使の聡明さに喜びを覚えながら、ベラの『顔』──つまりラヴィの表情を見れば、思い当たる節に思い当たったといった様子で、少しだけ目を見開いていて──
「あぁ……あの、黒い液体?」
その一方で、ベラも思い出したようで、再びひときわ大きな声を発した。
「飲んだわ! 飲んだわよ!」
飲んでいた。
エリザベスは、ここに関しては嘘をついていなかったらしい。
「あれは、成人として認められたら振る舞われる飲み物だもの。『顔付き』になったベラが飲むのは当然だわ! そしてベラはとっても立派で完璧な『顔付き』だから、あの苦味も酸味もへっちゃらだったわ! へっちゃらすぎて、もう一杯おかわりしたんだから!」
二杯飲んでいた。
嘘をついていないどころか、たぶん、エリザベスの想定以上の摂取量だった。
「にしても、ベラ達が……おかしくなっていた? のは、あの珈琲が原因だったなんて……とても信じられないけれど、納得はいくわ。たしかに、『お披露目』以降の記憶が、ちょっぴり曖昧というか、あやふやというか……ベラなのに、ベラじゃなかったような気がするもの。夢のなかから、遠いところにいるベラじゃないベラを見ていたみたいだったもの。夢のなかのベラは、ちょっぴりさみしいけれどあったかかったのに──ベラじゃないベラは、それを感じられない、ハリボテみたいだったわ」
ガタンッ、と。
シリアスにそんなことを言ったかと思うと、ベラは、少々おてんばに大きめの音を立てて、椅子から立ち上がった──今度は転げ落ちたのではなく、彼女自身の意志で起立している。
そして──隣に立っていたラヴィの頬を、真っ黒な両手で挟みこんだ。
ベラの頭部から、すすが出ている──『お披露目』開始前のあの時と同じか、それ以上の量が。
「ひゃっ!? べ、べらひゃま──」
「──ラヴィは、平気?」
「……ふぇ?」
「アンジュの話がほんとうなら、なにかおかしなことを言っていたのよね? もう、そんなラヴィらしくない冷たいことは、思ってない? ラヴィのなかで、おかしなところはないかしら?」
「へ、へっと……」
少し喋りにくそうなラヴィは、頬の自由を奪われているにもかかわらず、付き合いの浅いワタシでも見てとれるほど表情を緩め、首肯する。
「だいじょうぶ、れす……だいじょうぶれすから、べらひゃま、てを……」
「! あ、ご、ごめんなさい」
ぱっ、と手を離すベラ。
ラヴィの頬にはすこしだけすすが付着していけれど、それはすぐに空気へ溶けこむように消えていった。
見れば、ベラの頭からあふれていたすすも止まっている。
「エリーとアンジュに話したことは、覚えています……その事実も、内容も。どういった回路を辿った思考だったのかも、記憶としては残っています……。けど……どうしてあんな考えに至り、あのようなことを口にしたのか──今のラヴィには、わからないんです」
申し訳なさそうに目を伏せ、やや俯くラヴィ──しかし、すぐに顔をあげ、眉を下げた申し訳なさいっぱいの表情で、ワタシのほうを向いた。
否、ワタシのほうというには、視線が横にズレているか。
「変なことを言って……心配かけてごめんなさい、アンジュ」
「……!」
瞠られたアンジュの瞳が潤んで見えたのは、きっと、気のせいではないだろう。
彼女は、誰よりも美しく可愛らしいだけではなく──誰よりもやさしく、友人想いなのだから。
ラヴィが壊れてしまったら。
ラヴィとの関係が崩れてしまったら。
そんなふうに考えて、恐ろしくてしょうがなくて……それでも、友を守るために行動した、強い生き人形だ。
その友人が元に戻って泣きそうになるほど嬉しいのは、当然だろう。
けれどアンジュは、その瞳から雫をこぼすことはなく──ただ、とても愛らしくはにかんだ。
「ううん。ラヴィが帰ってきてくれて、よかった」
そんな、生き人形ふたりのやりとりを見守りつつ、ワタシは考える──シャドーハウスの思惑を。
シャドーハウスは、どうしてそんなことをするのだろうか?
珈琲に何かを仕込み、ワタシ達の──否、『こどもたちの棟』の思考を操作しようとしたのは、きっと事実だ。
そうまでして、何をしようとしている?
そこに潜む意味は? 意義は?
こんなもの、露呈してしまえば誰もが脱走を試みたくなるような真実だ。
そのようなリスクを負ってまで、否、そのリスクすらも黒く塗りつぶしてまで、シャドーハウスが成そうとしていることは、一体何だというのだろう?
シャドーと、生き人形。
生まれたときに決められたその役回りだって、シャドーハウスの仕組みでしかない──もとい、シャドーハウスの仕組んでいることにすぎない。
当たり前に受け入れてしまっているけれど、ワタシ達を都合よく扱うためのものでしかないのかもしれないのだ。
しかし──と。
そこまで考えて、ワタシは思考を止める。
答えを導きだすには──今は、あまりにも材料が足りなかった。
そして、空っぽになったカップの中を眺めていても、材料は増えない。
「……さて。二人は元に戻ったし、元に戻ったばかりでゆっくりしたいだろうから、ワタシ達はそろそろお暇しようか、アンジュ?」
「えっ……!? あ、は、はいっ!」
ワタシがそう声をかけると、アンジュは驚いたように少し大袈裟に肩を震わせた。
その小動物じみた挙動に、思わず、ふふ、と笑い声が漏れてしまう。
「まだ、ラヴィと話し足りなかったかな? ワタシはもう十分、『お披露目』から今日までの分くらいはベラの話を聞いた気分だけれど、」
「ちょっと! それって、ベラが喋りすぎって言っているように聞こえるのだけれど?」
「ワタシ達ばかり話して、二人は黙ってくれていたからね。おしゃべりがしたければ、もう少しお茶会を延長しようか?」
「い、いえ……!」
まさか割って入ってくるとは思わず、ベラを無視したような流れになってしまったことにほんの少し申し訳なく思いつつもなんだか面白い気分になりながら、ワタシはそう提案した──が、アンジュはすぐに、首を横に振る。
「ラヴィと話したくないわけではないですが、今はゆっくり休んでほしいです。だから……また、外の掃除でね、ラヴィ」
「……! はい……! また、外の掃除で……!」
──こうして、ワタシ達の長い一日が、ようやく終わったのだった。
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🕊頭でわかっては嘆いた
転がってく様子を嗤った
🥀寂しいとか愛とかわかんない
人間の形は投げだしたんだ
🕊抱えきれない 言葉だらけの存在証明を
⏳この小さな劇場(はこ)から出らんない
気づいたら最後逃げ出したい
🎩僕ら全員演じていたんだ
エンドロールに向かってゆくんだ
🎩さあ皆必死に役を演じて傍観者なんていないのさ
🥀"ワタシ"なんてないの
⏳どこにだって居ないよ
🥀⏳ずっと僕は 何者にもなれないで
🪞僕ら今 さあさあ 喰らいあって
延長戦 サレンダーして
メーデー 淡い愛想
垂れ流し 言の愛憎
🥀ドラマチックな展開をどっか期待してんだろう
🪞君も YES YES 息を呑んで
采配は そこにあんだ
ヘッドショット 騒ぐ想いも
その心 撃ち抜いて さあ
まだ見ぬ糸を引いて 黒幕のお出ましさ
⏳その目に映るのは
𝑪𝒂𝒔𝒕
🥀ベラトリクス(cv.あかりん)
https://nana-music.com/users/912797
⏳ラヴィ(cv.木綿とーふ)
https://nana-music.com/users/6261792
🎩マヤ(cv.はいねこ)
https://nana-music.com/users/7300293
🕊アンジュ(cv.春野🦔)
https://nana-music.com/users/9844314
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𝑻𝒂𝒈
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