ロウワー
Sooty House - Girl in the mirror -
ロウワー
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【 定かじゃないなら何を想うの 】
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「私──ミラ様に、私は『マイア』だって伝えるわ」
「…………」
ミア──マイアの『昔話』は、驚きの連続でした。
現実は書物よりびっくり、とはこのことです。
悲しい話でした。
しかし、マイアからエリーに向けられた微笑みは──そして、夢は──悲しいだけで終わらせたくはないものでした。
だって、マイアは──今、笑っているのですから。
こんなにも晴れやかな笑顔を浮かべているのですから。
それなら、エリーは──悲しい言葉なんて、かけたくありません。
「……素敵だと、思います」
そんなふうにぐるぐると考えてようやく出てきた台詞は、陳腐なものでした。
ミラ様の現状。
マイアがずっと淡白な表情を浮かべ、『ミア』と称するたびにどこか諦めたような目をしていた理由。
そして、マイア自身が見つけた夢。
何が善くて、何が悪いのか──とてもじゃないですが、エリーに判断できるようなことではなくて。
そんなものはきっと、屋敷中の誰にもわからなくて──そして、屋敷中のお影様と生き人形の数だけ、答えがあって。
だけどそれでも、エリーには判断できなくて──いえ、善悪なんて、白黒なんて、つけたくなくて────ただ。
ただ──マイアの瞳の空色が、とても綺麗で。
素敵だと思いました。
「エリーは、マイアの夢を応援していますよっ!」
その感性に従って言葉を乗せれば、自然と心から笑えていました。にっこりです!
すると、マイアは心底ホッとした様子で頬をゆるめ、「ありがとう」と言って、
「けど……落ちこんでいるときにこんな話をして、ごめんなさいね?」
と、続けました。
え?
「何かあったんでしょう? そんなときにこんな暗くて重い話をして、ほんとうにごめんなさい」
「え、えっと……」
気づけば、指先がほっぺたへと伸びていました。表情筋に触れたところで、どんな顔をしているかなど、わかりっこないのに。
……そんなに、悲しそうにしてしまっていたんでしょうか。
いえ、悲しい話でしたので、自然とその感情が表に出てしまうことは当然です。当然なのです、けれど。
それだけでは、ないのだと──マイアの昔話以外が原因だと露呈してしまうほど──このきゅぅっとする胸の痛みを、顕現してしまっていたのでしょうか?
「ほんとうに……聞いてくれてありがとう、エリー」
エリーの動揺をそっちのけに、マイアは話を続けます。
「『私』の夢に気づかせてくれて、ほんとうにありがとう。私は立場的に、あなたに何もしてあげられないけれど──あなたを笑顔にするのはきっと、あなたの素敵な仲間たちだけれど。あなたがいつも笑顔でいてくれることを、私は願っているわ」
そう言ってくれたマイアの笑顔は──見たことがないほど、綺麗で。
なんだか、心が洗われたような心地がしました。
胸に引っかかった靄や澱は、残念ながら底に沈んだままですが──でも、それらが、ほんの少しだけ軽くなったような気がして。
思わず、目を奪われてしまいました。
「じゃあ……一方的で悪いけれど、私はそろそろ行くわ。あんまり長居すると、ミラ様を心配させてしまうから。それじゃあね」
「あっ、はい……! また、外の掃除で」
マイアは申し訳なさそうに眉を下げ、控えめに手を振ってから、扉の外──廊下へと出ていきました。
エリーの部屋は、エリーだけの空間になって──また、静かになります。
──マイアの笑顔、とってもとっても素敵でした。
それはきっと、マイアがマイアである自分と向き合い、前を向いたからこそなのでしょう。
そして、マイアはそれを、エリーのおかげだと言ってくれました。
エリーがアリス様に名付けられてうれしかった、という話をしたから、自分の夢に気づくことができたのだと。
うれしかったです。
マイアのあの素敵な笑顔の理由が、エリーの笑顔だというのなら──それは、他でもないアリス様の望みですから。
エリーの笑顔が、マイアを照らしたのです。
それはとても、ほんとうにほんとうに、絶対的に喜ばしいことでした。
「…………」
けど──すなおに喜ぶことができそうにないのも、事実です。
だって、エリーは──此処に来るはずではなかった、いないはずの、要らない存在なのですから。
『あの子は──生き人形ではないの。
エリーは、此処に来るはずじゃなかったのよ』
あの日。
エリザベスが言っていたその言葉は──あまりにも、大きすぎました。
エリーの小さな身体の小さな両手ではとても抱えきれなくって……指の隙間から垂れて、そのまま大事なものも一緒にすべて取り落としてしまいそうで。
誰かと分け合いたくて。知ってしまったことを話したくって。
せめて、何か言いたくて。
そう、こんなにも願っているのに──何を言えばいいのか、わかりませんでした。
声を紡げないどころか、身体を動かすことすらままならず。
ただ口を開いていたって、喉が渇くだけで。
今日も──アリス様には、何も言えませんでした。
アリス様とエリーのあいだに、最低限の挨拶と問いかけに対する返事以上の会話はありませんでした。
エリザベスとの話を聞いてしまったことを告白することも、仄めかすことも──どころか、雑談を持ちかけることすら叶わなかったのです。
だって……関係が壊れてしまったらと思うと、怖くて。
進もうとする心を、恐怖が飲みこんで──胸がきゅぅっとする痛みや濁って沈んだ淀みごと飲みこんでしまって。
その感情にあっけなく負けたエリーは、掃除が終わるなり、こうして部屋に戻ってきてしまいました。
一歩も踏み出せなかったのに、すごく疲れています。エリーはもう、普通の平和を維持するだけでへとへとなのです。くたくたなのです。
……こんなんじゃなかったはずなのにな。
今はもう、あんなにもやさしかった小さな祈りを信じることすら難しいです。
アリス様は……エリーがマイアを照らしたことを、今も喜んでくださるのでしょうか?
もしかすると、アリス様がそれを望んでいると思うことすら、エリーの願望なのかもしれません。エリーはエリーにとって都合の良いところだけを見ようと必死になって、勘違いをしているのかも。
だって、エリーは──間違った子なのですから。
エリーは、アリス様の正しい生き人形ではないのかもしれないのですから。
アリス様とエリーは、互いの身体に凭れ合える、信頼しきった関係のつもりです。
つもりでした。
しかし──それは今も、同じことが言えるのでしょうか?
存在すら正しくないかもしれないエリーが、みんなを笑顔にすることを──アリス様は、今も望んでくださっているのでしょうか?
そんなふうに考えていたら……とっても、悲しくなって。
マイアにも、心配をかけてしまいました。
他人に気づかれるほど自分の感情を出してしまうなんて、『顔』失格ですね。
もっと、がんばらないと。
いつまで続けられるかは、わかりませんけれど──せめて、アリス様の生き人形である、今のうちは。
できれば、ずっとアリス様の生き人形であれるように。
これからも、アリス様と、たくさん笑って──たくさん、時を重ねられるように。
少しでも……優秀な生き人形でいないと、ですね。
◇◇◇
コン、コン、コン。
規則正しい、上品なノックの音。
私が想定していた時刻と比べると、それが鳴るにはずいぶん早くて、さっき呼んだばかりなのにもう来たのかしら、と、推測とも呼べないような推測をしながら、
「どうぞ」
と、壁を隔てていても届くように、声を発する。
背後で扉が小さな小さな悲鳴をあげているのに合わせて、動きやすさだけをとれば最下位争いができそうな重たいスカートを慣れた動きで引きずりつつ、優雅に振り返り──
「……、……」
思わず、目を瞠った。
そこにいたのは、私が想定していたあの子達ではなく。
顎との境界線が一目では完全に見極められない真っ黒なシルエット──かなりの毛量があるうねった長髪──その頭頂を飾る真っ白なリボン──幼い愛らしさを全面に引き立てる膝上丈とフリルの主張が激しい浅緑色のドレス──
「……アリス」
「ごきげんよう、エリザベス。失礼するわ」
新成人のシャドー、アリスだった。
想定外の事態に、劇場を間違えてしまったことに幕が開いてから気づいたような焦燥を、その動揺が思わず『顔』に出てしまったのを自覚しながら──それをあえて下手に取り繕いすぎるのではなく、誤魔化したことが少しだけお茶目に、つまり親しみやすく映るように、故意にわざとらしく口角を上げ、
「どうしたの?」
と、問う。
──彼女とは、つい先日、二人きりで話したばかりだ。
とは、言っても……あの日、アリスは最初の質問に対する解答だけで強い衝撃を受け──それ以上は、何も話せなかったのだけれど。
だから、彼女が私の言ったことをじゅうぶんに呑みこむことができたら、声をかけようと──正確には、すすでアポイントメントをとろうと思っていた……のに。
まさか、アリスのほうから来るなんて。
「星つきではない貴方たちは、『おじい様と共にある棟』に来てはダメ……って、私、前も言わなかったかしら?」
「言われたわ。ごめんなさい。だから、手短に済ませるつもりよ──お願いが、あるの」
シリアスな声色と共に、こちらを真っ直ぐ見上げたのであろうことが、リボンの動きでわかった。
その姿越しに、何故か──エリーの真剣な『顔』が見えたような気がした。
「このあいだ、あなたがしてくれた話──エリーには、黙っていてほしいの」
意識して持ち上げていた口角が、わずかに下がる。
虚をつかれる、とはこのことだった。
この子は──私の告げたことを、嘘だと糾弾するわけでも、それ以上の詳細な真実を問いただすわけでもなく。
何よりも、先に──自分の生き人形を傷つけないために動くなんて。
大事な『顔』の心を守るために、その『顔』から笑顔が奪われないように、ここまで行動するなんて。
私の勝手な想いが、願いが、祈りが、望みが──すぐそばで、現実化したような気分だった。
やっぱり私は、彼女達のために頑張らないと、と、救済にも似た何かを施されたかのような感覚。
これまで過ごした日々が、蘇ったような。
まるで、そう……アリスなのに、エリーみたいだわ。
こんな気持ちになれる日がやってくるなんて、思いもしなかった。
こんな気持ちになれる日は、あと何回あるのかしら。
ほんとうに……ほんとうに、貴方達は────
「……エリザベス?」
「! ……ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
アリスの真剣な優しさにあの子の『顔』を思い出して、ついボーッとしてしまった。
彼女達からすれば、私は『お披露目』を担当した立派な試験官なのだから── 彼女ら『こどもたち』の前では、温厚だけれど上品で厳かな『特別な生き人形』なのだから、しっかりしないと。
短い深呼吸をし、私はいつもの穏やかな笑みを浮かべ直す。
「わかったわ。その件に関して、エリーには──ううん、貴方以外の誰にも口外しないと、約束しましょう。それでいいかしら?」
「……! ええ。ありがとう、エリザベス」
少しだけ上がっていた肩を下げるアリスの様子に、あのあどけなく愛らしい少女の『顔』が安堵のため息をつく姿が目に浮かんで、思わず笑みが零れる。容易く想像できてしまうほど、二人の『お披露目』での振る舞いは素晴らしかったから。
「ところで……今、エリーは?」
「部屋の掃除が終わった後、自分の部屋に戻ったわ。出てくる様子もなかったから、急いで此処に来たの」
あの子の影を何度も幻視しながら単純な疑問を心配な気持ちと共に投げれば、なんてことのない様子で返答されたので、短く、そう、と相槌をうつ。
もしも何か仲違いを起こしていたり、そうでなくても彼女に不調があったらと思うと不安だったけれど……何事もないなら、よかったわ。
「それじゃあ、貴方のお願いはしっかり聞き届けたから。他の『特別な生き人形』に見つかる前に、帰りなさい」
「ええ、そうね。そうするわ。……ほんとうにありがとう、エリザベス」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
💎そう簡単な祈りだった
🧸端から 👑段々と消える感嘆
🧸今から 💎緞帳が上がるから
🧸静かな 👑会場を後にさよなら
👑言いかけていた事が 一つ消えてまた増えて
背中に後ろめたさが残る
💎従いたい心根を 吐き出さぬように込めて
胸の中が檻のように濁る
👑受け止めたいことが 自分さえ抱えられず
持て余したそれを守っている
🧸霞んだ声はからからに 喉を焼いて埋め尽くす
何を言うべきか分からなくて
🧸感じてたものが遠く放たれていた
👑同じようで違うなんだか違う
🧸何時まで行こうか 何処まで行けるのか
💎定かじゃないなら何を想うの
🪞僕らが離れるなら 僕らが迷うなら
💎その度に何回も繋がれる様に
🪞ここに居てくれるなら 離さず居られたら
まだ誰も知らない 感覚で救われてく
𝑪𝒂𝒔𝒕
💎アリス(cv.りる)
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🧸エリー(cv.おとの。)
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👑エリザベス(cv.nagi)
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𝑻𝒂𝒈
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