【小説】さかなの言葉(最終話)/恋人の種 (つづき)
谷山浩子
【小説】さかなの言葉(最終話)/恋人の種 (つづき)
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🐟さかなの言葉(最終話)
浜に来て、新月の夜だとわかった。
海面が黒曜石にように鈍く光り、引いていく波はまるで、世界を引きずりきむように砂浜を黒く湿らせて闇を作った。
“うをお” に逢わせてくだい。
そう願いながら、私は波へ向かっていった。
波に触れるには、これほどまでに波打ち際が遠かったか、と思うほど歩かなければいけなかった。引く潮の音は、海の底からおいでおいでと呼ぶように低くに轟いた。
ようやく波打ち際まで歩いてきて、私はサンダルを脱いだ。
足の裏を重たく濡れた砂がじわりと包みこむ。くるぶしを撫でるように無音の波が寄せてきて、誘うように引いていく。波は思考をも引き摺り込み、まるで夢の中を歩いてる気がした。
膝が濡れ、腿が濡れた。
漆黒の海は、生き物に見えた。
「だって、生きとし生けるものは、みんな海が産んだんだから」
“うをお” の声がよみがえる。
そうだ、海は生き物だったんだ。“うをお” も私も、海から生まれた。
気づけば腰まで波が来ていた。浜では撫でるような波だったのに、腰に纏う波は重たく、強い力で私を押し戻しては引き寄せた。
新月の夜空に、依るべき光はない。
「あと三つ波が来たら、その次は大きいのがくるよ」
また“うをお” の声がしたような気がした。
いち……に……さん。
ごぼり、と鈍い音を立て、波頭が急に立ち上がった。体を掴むようにして、波がものすごい力で私を深みへと連れていく。
塩辛い海水に咽せ、咳き込んだ口の中に容赦なく海水が流れ込む。ぎゅっと目を閉じて、私は波に身を預けた。
波音が消え、耳の中でゴボゴボと水が鳴る。足の裏が砂地を離れ、私は潮の力で引きずられるように流された。
“うをお”、あの時どうして波が読めたの?
私は離岸流に乗って、水平線まで行けるのかな。
ねえ、“うをお”、教えて。
鼓膜が内側から破れそうになり、胸も押しつぶされそうに苦しく、いつ楽になれるのだろうかと思った時、誰かが両手で私を支えた。
目を開けられなかったが、“うをお” とわかった。
私の知ってる “うをお”の手だ。
そしてあの細い体のどこにそんな力が、と思うような逞しい力強さも、私は覚えていた。
“うをお……”
みめ、と呼ばれた気がした。甘やかな“うをお” の声。
よかった、“うをお” にまた逢えた。
苦しさが溶けていく。私は安堵して体の力を抜いた。
(逢いたかったよ、“うをお”。何も言わずに、どこかに行っちゃうなんて、ひどいよ)
声にできない思いは、“うをお” にそのまま伝わるのか、“うをお” の声が、私のもう聞こえなくなっている耳に響いてくる。
仕方ないんだ、もう一緒にいられない。
(そんなこと言わないで。一緒に帰ろう)
ごめん、と“うをお” が言ったので、心が張り裂けそうになった。
(そんな言葉は欲しくないなんて、私の我儘だよね。でも、わかってても、そうとしか言えない。“うをお” が好きでどうしようもないの)
僕は〔ヒトノコトノハ〕を集めるために陸に上がった。それがシゴトなんだ。陸に上がっても、うまくいかないことのほうが多い。でも今度は、みめのおかげで、たくさん集まったよ。
(人の言の葉…)
〔ヒトノコトノハ〕は集められて再訂されて生まれ変わる。それを何度も繰り返すんだ。
(サイテイ?)
リサイクル、リデュースのようなこと。
『海』は『産み』。全てはここから生まれるんだ。言葉も、そうやって生まれ変わり巡り巡っている。
(“うをお”は、また言葉を集めに戻ってくる?)
しばらく無音が続いた。
そうだった。“うをお” は、できない約束を安易に言葉にしない。
もう逢えないかもしれないんだね、そう思った時、“うをお” の声が静かに響いた。
みめに、記憶を残していくよ。言葉より大切な、ふたりの記憶……。
いつかまた陸に上がった時のために。
「僕を忘れないで」
“うをお”の声が体中に沁み渡ったその時、細かな泡と夥しい小魚が私を包み込み、“うをお” の手から引き離した。濁とした流れが、私を押し流す。
(“うをお”! “うをお”!)
心で叫ぶが、もう届かないのがわかる。
力無く開けた口から、わずかに残っていた空気が漏れ出し、その思いは意識と共に遠ざかっていった。
それは遠い記憶。
私は、かつて春の海辺で男を拾った。
彼の名前は……
何をしに来たのか……
時が薄めていく記憶を上書きするために、私は今日も浜辺を散歩する。
もしかしたら彼の、あの甘やかな声が、波の間から聴こえないかと、心のどこかで待ちながら。
〈了〉
✼••┈┈••✼••┈┈••✼
お読みくださり
本当にありがとうございました🙇♀️💕
🐟✨めるりりあさんが第1話のサウンドに
歌でコラボしてくださいました。
エンドロールのような効果を味わえる
とても素敵なサウンドにしてくださいました💕
めるさんの美しい歌声を読了後にぜひ🎶
https://nana-music.com/sounds/0673b5f1
✼••┈┈••✼••┈┈••✼
【INDEX】
第1話
https://nana-music.com/sounds/0670fa42
第2話
https://nana-music.com/sounds/0670fa51
第3話
https://nana-music.com/sounds/067126f1
第4話
https://nana-music.com/sounds/06712707
第5話
https://nana-music.com/sounds/067152ed
第6話
https://nana-music.com/sounds/06715306
第7話
https://nana-music.com/sounds/06717f11
第8話
https://nana-music.com/sounds/0671ad81
第9話
https://nana-music.com/sounds/0671ad94
第10話
https://nana-music.com/sounds/0671dd93
最終話
https://nana-music.com/sounds/0671dda3
#うか小説 #うか谷山浩子
Comment
46commnets
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- 橙🍊 ひといきつきながら🍵☕やっぱり、文才が際立ってます。 このお話の描写から唸りました。 なぜ彼が陸に来たのかの独特な世界観、そして終わりも時間軸が進んでるところが、もう、何から何までこだわって、でも、お話にはすーっと入っていけて。 最後、涙出ました。 感動!素晴らしいです🍀 ようやく、気になってたお気に入りの小説を一気読み出来ました♥♥♥
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- めるりりあうかさん🐱 何度も読み返してしまいました🌈 むかし この曲を聴いたときの私の記憶の深い部分と うかさんの小説がリンクして 涙しました😢😭😢 第1話のところでコラボしてもいいですか?
- Yuuriやっと小説読めました! 一気にストーリーを追ったのでキャプションまで読めてないのですが😅 BGMとあいまって、短編の映像美が綺麗な映画を見たような心地良い読後感でした! 読書感想文苦手なので上手く伝えられませんが 印象的だったのは みめに、こうやって僕と一緒にいる記憶が、ちゃんと残れば、それで良くない? っていう2人のやりとりのところです。 このセリフが一番ドキッとなりました。 私もよく言葉について考えてるんですけど ホント悩ましい。。。 幼稚な感想でゴメンなさい‼︎ けど表現豊かなうかさんらしい小説に 心地よい刺激をいただきましたよ! 素敵な時間をありがとうございました!
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- ピコピコ屋 「旅の宿」浦島太郎が女だったらこんなふうになるのかなぁ? 言の葉を集める、そして再生する。これは一種の輪廻のようです。言葉に魂を込めて歌う、うかさんらしいテーマでした。🙆♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- うか🐾城村優歌🐈週末コメントお休みし〼🙇♀️
- 中吉⁸きっと拾った男はナイスがい(死語) ( ̄∇ ̄)✨ そして身を寄せるほどの愛着と想いを断ち切れず どっちの主人公も切ないなぁ。゚(゚´ω`゚)゚。 短編だけに想像が膨らむけど、ここだけ ハッピーエンドサイド ストーリーエンディングルートへ✨ その後…ちゃっかり( ̄∇ ̄) テヘ って言いながらお風呂場に居たり✨
- ムーニ短編映画のように、物語が脳内で美しい映像になり 音楽に彩られて 最後まで堪能させていただきました✨✨✨ 皆さんの熱い感想を読んで、私もかつてアノ通信にめちゃくちゃ興奮したのを思い出しました😆😆 うかちゃんの進化が止まらない💓💓
- 瑠奈