シュガーソングとビターステップ
Sooty House -Girl in the mirror -
シュガーソングとビターステップ
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【 連鎖になってリフレクト 】
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「そういえば」
アリス様の生き人形として仕えるようになり、それなりの時間が過ぎました。
アリス様との何もかもにすっかり慣れて、しっかり日常となっていた、そんなある日。
アリス様は、ふと呟きました。
「そろそろ外の掃除にも呼ばれる頃ね」
◇◇◇
机と椅子、鏡と洗面台の設置された、最低限の生活をするためだけの空間。窓の類はなく、壁の一面には、『シャドー家は素晴らしい貴族である』などの字列が記載された紙が貼り付けられています。
それが、エリーの部屋です。正確には、生き人形の部屋。
今日は、初めて外の掃除に行く日です。
アリス様は、「他の生き人形たちと一緒に屋敷全体を掃除するのよ」とおっしゃっていましたが……他の生き人形は、一体どんな方々なんでしょう?
「ひゃっ……!?」
他の生き人形と出会う、ということで頭をいっぱいにしていると、コンコン、と、部屋の戸が叩かれました。アリス様のお部屋に繋がっている扉ではなく、顔のない人形がパンを届けてくれる戸です。
そっと覗きこむと、女の子と目が合いました。
強くて上品な紅の髪。感情の読み取れない静かな顔に嵌めこまれた透き通った淡水色が、ジッとエリーを見つめています。
「行くわよ。出てきなさい」
「はっ、はい……!」
慌てて四つん這ってその戸をくぐると、他にももうふたり、生き人形がいました。
一人は、首元まで伸びた髪の一部分をうさぎさん──アリス様の読んでいる本に出てきた動物です──のように結わえた女の子。エリー達の表情を、不安そうに見ています。
もう一人は、重たい前髪と上側を綺麗にまとめられた長髪が今にも消えてしまいそうなほど真っ白な女の子。少し上がり気味な目元も含めて、とても綺麗な顔立ちです。
そして──三人とも、すごく背が高いです。すごーく背が高いです。みなさんの顔を見ようと思うと、首が痛くなってしまいます。
「あなた、名前は」
「エリーです!」
「そう。私は星つきのミアよ。この班の班長も務めているわ。ほら、あなたたちも自己紹介して」
赤髪の生き人形──ミアは、なにかを割り切るように、少し面倒くさそうな、というか、なにかを諦めたような、ちょっとだけ不思議な態度で名乗り、うさぎさんみたいな生き人形を促しました。
びくっ、と身体を大きく震わせるうさぎさん。「あ」や「えと」など意味のない音を小さく漏らしながらきょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせたあと、どこでもない床を見ながら、
「…………ラヴィ……です」
と、今にも消え入りそうな声で名乗りました。
「アンジュはアンジュよ」
ミアに言われるまえに、白髪の生き人形──アンジュは、うさぎさん──ラヴィにつづいて、すぐに自己紹介しました。手際が良いです。
「エリー、ラヴィ、アンジュ。これからは、この四人で一つの班として働くのよ。今日は班長の私が指導するわ」
「こっちよ」と連れられた先は、狭くて暗い階段でした。
エリー達三人は、前屈みの体勢で、掌と膝をつけながら、その階段を上へ上へのぼっていきます。一列で。
誰も口を開かない沈黙は一瞬さえ永遠のように感じられましたが、エリー達がそうしていた時間は、おそらく、一分にも満たなかったのでしょう。慣れない階段に慣れるまえに、「ついたわ」という声とともに、てっぺんの天井が開かれました。
「──わぁ……!」
す──すごい!
すごい、すごい、すごい!
「すごい! すごいです!」
思わず感嘆の声が漏れました。
天井だと思ったものは床でした。白と黒の市松模様の床が、どこまでもどこまでも続いています。終わりが見えないぐらい、アリス様のお部屋の何百倍も広いです!
天井も、とってもとっても高いです! エリーが二十人いても、てっぺんには届きそうもありません!
そんな、横にも上にもどこまでも続いていそうな無限の場所に。
たっくさんの、数えきれないどころではなく数えるのが億劫になるほどいーっぱいの生き人形が、それぞれ散らばってお掃除をしています。
すごい、すごいです! 外って、こんなに広くてすごいところだったんですね!
「……そろそろいいかしら、三人とも」
はしゃいでいるのは恥ずかしながらエリーだけでしたが、びっくりしているのはラヴィとアンジュも同じだったようで。
二人とも、エリーよりも上から、広い床を落ち着きなく見渡したり、高い高い天井を見上げたりしています。
「あ、あの、ミア」
「……何かしら」
「こんなにたくさん、生き人形がいたんですね……!」
興奮がおさまらず、居ても立っても居られなかったエリーは、ついつい話しかけてしまいました。
「……そうね。けど、お屋敷は広いから、これだけいても全然掃除が終わらないのよ」
予想していなかったのか、少しだけ驚かれた気がしましたが、変わらない語調で答えてもらえました。やさしいです。
「そうなんですね……!
……ちゃんと、みなさんと仲良くなれるでしょうか?」
……あれ。
四人のあいだに流れる空気が、凍ったような気がしました。
もとよりエリーしか喋っていなかったのに、しん、と静かになったような。
ど、どうしてでしょう?
ラヴィもアンジュも、とってもびっくりした顔でエリーを見ています。そんなにびっくりすることでしたか?
ミアはというと、やっぱりびっくりしていたんですが、すぐにため息を吐いて、呆れたように顔を顰めました。
空気がピリピリしています。エリー、いま、おかしなこと言いましたか……?
「……エリー」
「は、はい」
ミアが、さっきよりも声のトーンを落として、こちらを見下ろしています。
あ、あの、三人ともエリーから見るととっても大きいので、こうして囲まれ、そして見下ろされているというのは、けっこう怖いんですが……。
「いい? 生き人形は、余計なこと考えなくていいの」
「余計な、こと……?」
「シャドー家の生き人形は、ただのメイドじゃないの。
私たちは、シャドー家の皆様の顔の代わりに、正確に人を模して作られた人形なのよ。
お影様のことだけを考えて生きて、掃除などの仕事をして、シャドー家のお役に立てることが何よりも幸せ。それだけでいいのよ」
部屋の壁に貼られた紙にも書かれていたようなことを、滔々と語るミア。ラヴィとアンジュも、異論はないようで──それはもちろん、エリーも同じでした。
そうでした。
エリーは生き人形。アリス様のお役に立つためにいる。
お影様のために、シャドー家のために、そして何よりアリス様のために作られたのです。
ミアの言うことは、正しいです。
沈黙を良しとしたのか、表情を和らげた──といっても、やっぱり淡白なのですが──ミアは「余計な話はこれくらいにして」と、少し離れたところからモップを四本持ってきて、エリー達に配ってくれました。
「掃除を始めるわよ。ついてきて」
そう言ってモップをかけながら歩いていってしまうので、エリーは慌てて追いかけます。
「あのっ!」
「ひゃっ……! え、えと……な、なんですか……?」
先頭のミアの後をついていきつつ、首を左上へ向けて、少し高い位置にある耳に届くように、声を張りあげました。うさぎさんみたいな二房の髪が、震えに合わせて揺れます。
「大丈夫ですよ、ラヴィ! エリーも初めてのお外でなんにもわかりませんけど、きっとみんな良い人です! だから、怖くないですよ〜!」
ミアは、仲良くできるかどうかは余計なことって言ってましたし、これ自体はきっと、余計なことだとは思います──でも。
エリーは、アリス様のための生き人形です。
アリス様に、言われているのです。
エリーの笑顔は、たくさんの人を照らすんでしょうね、と。
これは、アリス様の望みなのです。アリス様の望みは、余計なんかじゃありません。むしろ、最優先事項です。
エリーの笑顔で、ラヴィのことも、明るく照らさないと!
「……エリー、は……」
きょとんと目を丸くしたラヴィは、少し気恥ずかしそうに視線を逸らし──しかし、すぐにこちらへ戻しました。
「やさしいんですね。まだ、こんなにちっちゃいのに……すごいなぁ。ラヴィは、何をするにも時間がかかってしまって……すぐに行動には移せなくって」
「そうですか? でもそれって、すっごく丁寧ってことですよね? とっても素敵です!」
ラヴィのまんまるい瞳が、また瞠られます。
そこへにぱーっと笑いかけると、強張っていた表情が、少し、明るくやわらかくなった気がしました。
「ラヴィのお影様は幸せですね! いつも隅々まで丁寧にピカピカにされたお部屋で過ごせるなんて! エリーはちっちゃいから、がんばってお掃除しようにも、限界があって……アンジュはどうですか?」
「えっ、こっち?」
突然話題を振ってしまったからでしょう。アンジュは、とってもびっくりしていました。
「アンジュは……細かいことは、あんまり。でも、マヤ様──アンジュのお影様は、そんなアンジュのことも褒めてくださるの。すごくやさしいから」
「アンジュとお影様は仲良しなんですね! エリーもお影様と仲良しなんですよー!」
愛おしそうに目を細めるアンジュに、エリーはこくこくと頷きます。
そのあとは、途切れ途切れではありましたが、三人でお影様やお掃除についておしゃべりしました。
ねぇ、アリス様。
エリーはちゃんと、エリーの笑顔で、アリス様の『顔』で──周りの人を、照らせましたか?
◇◇◇
「ただいま帰りました」
「おかえり、アンジュ……おや。そんなに身体中すすだらけにして……がんばった証だね」
部屋へ戻ると、マヤ様はお椅子でくつろいでいた。でも、アンジュが声を出す前に、扉を開ける音でこっちに気づいたみたいで……すぐに振り返って、楽しそうに笑ってくれた。
「どうだったんだい? 外の掃除は」
「この部屋より広くて大変でした。けど、ミアっていう生き人形に色々教えてもらいました」
「そうかそうか……お友達はできたかな?」
「友達……」
マヤ様は、いつもこう。
話すのがあまり上手じゃないアンジュの言葉ひとつひとつに、やさしく愉快そうに笑んだ声音で相槌をうってくれる。
マヤ様に隠し事をするつもりはない、けれど……あの二人は、友達なのかしら。
「……同期が、ふたり。ちっちゃい子と、おどおどした子がいました」
「ふうん。どんな子達なんだい?」
「おどおどした子は、落ち着きがなくて……でも、掃除が上手でした。ちっちゃい子は……」
少し目線を逸らして、ついさっきのちっちゃい子──エリーの様子を、思い出す。
不思議な子だった。
アンジュたち生き人形は、余計なことは、考えなくていい。シャドー家の役に立つことだけ考えていれば。
そのはずなのにあの子は、アンジュ達と仲良くしようとしてきた。
「……ヘンな子、でした」
「ふふっ……そっか。いつまでも汚れたままでいるのは嫌だろう? すすを取っておいで」
「わかりました。ありがとうございます」
「ただいま、戻りました……」
「おっそい!」
「うひゃあっ」
響いた大声にびっくりして、また情けない悲鳴が出てしまいました。
目の前には、ベラ様──ベラトリクス様。部屋に入るなりこの距離だったので、ラヴィが来るのをここで待ってくださっていたようです。
「お……おそかった、ですか? すみません、すすを落としていたので……」
「すすを落とすまえに、ベラに『ただいま』って言いにきなさいよ! ベラとすす取り機、どっちが大事なの!?」
「もちろん、ベラ様ですよ……?」
「それなら先にベラに『ただいま』って言いにきなさいよ!」
「ご、ごめんなさい……」
ベラ様、既に同じ言葉を繰り返しています。そこが一番大事だったみたいです。
また、失敗してしまいました。
ベラ様、むずかしいです……すすだらけで部屋に入っては、「部屋が汚れる!」と怒られてしまうと思って、先に落としてきたのですが、選択を誤ってしまったみたいです。
でも、すすは出ていません。
シャドー家の皆さんは、怒ったり不安だったり──いわゆる負の感情を覚えるとすすが出るのだと、部屋にある書物に書いてありました。
ベラ様は、こんなに怒鳴ってはいますが──何故か、ラヴィの前ではほとんどすすを出さないのです。
「まぁいいわ……それで? 外の掃除は、どうだったの? ラヴィはすーっごく役に立ったのかしら? だって、ベラの『顔』で、お掃除が得意だものね?」
すぐに機嫌は直ったようで、そんなふうに尋ねてくださるベラ様の言葉で思い出すのは、エリーの笑顔。
──ラヴィのお影様は幸せですね! いつも隅々まで丁寧にピカピカにされたお部屋で過ごせるなんて!
「そう、ですね……えっと」
お掃除のことを聞いたのに、とか、怒られちゃうかな。でも、ベラ様もラヴィも褒めてもらえたんだって言えば、ベラ様も笑ってくれますよね、きっと。
「──お友達が、できました」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
⏳超天変地異みたいな狂騒にも慣れて こんな日常を平和と見間違う
🥀rambling coaster 揺さぶられながら 見失えないものは何だ?
🕊平等性原理主義の概念に飲まれて 心までがまるでエトセトラ
🎩大嫌い 大好き ちゃんと喋らなきゃ 人形とさして変わらないし
⏳🕊宵街を行く人だかりは 嬉しそうだったり 寂しそうだったり
🥀🎩コントラストが五線譜を飛び回り 歌とリズムになる
🪞ママレード&シュガーソング、ピーナッツ&ビターステップ
🎩🕊甘くて苦くて目が回りそうです
🪞南南西を目指してパーティを続けよう
🥀⏳世界中を驚かせてしまう夜になる
🪞I feel 上々 連鎖になってリフレクト
𝑪𝒂𝒔𝒕
🥀ベラトリクス(cv.あかりん)
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⏳ラヴィ(cv.木綿とーふ)
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🎩マヤ(cv.はいねこ)
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🕊アンジュ(cv.春野🦔)
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