サヨナラから始まる物語
Sooty House - Girl in the mirror -
サヨナラから始まる物語
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【 めぐり逢えた奇跡の真ん中で 】
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ぱちり。
外界から差す光も、内側から燈す灯もない空間で、わたしは目を覚ましました。
意識はハッキリしています。ほんの数瞬前まで眠っていたとは考えられません。どうやら、わたしはとても健康なようですね。
そのまま起き上がり、ふたつに分けてシニヨンカバーに包まれていた髪を解放しました。ふわふわとうねった長い長い金髪が、かなりの質量を伴い、重力に従って下へ落ちていきます。それを丁寧に整え、左側の一房を三つに編み、さらに、頭頂を飾るように黒いリボンを結びました。
わたしが次に手にしたのは、紺色のワンピースと、フリルのあしらわれた白いエプロンが合体した──いわゆる、ピナフォア。
あらかじめ用意されていたそれをしっかり着用したわたしは──ゆるんでいた口角を引きしめ、一枚の紙切れを手に取りました。
そこに映し出されているのは、ひとつのシルエット──と、いうのは、間違いかもしれません。
おひさまに照らされたチューリップの葉のような色のドレスを着用し、頭に白いリボンを乗せた、真夏の青空に浮かぶ入道雲の色が反転したみたいな、黒い人型。
この方が、"アリス様"──わたしが、この人の。
胸に緊張が走り、それをすべて吐き出すように、空気の出し入れを繰り返します。
当然です。だって、主人であるアリス様に出会うのは、今日が初めてなのですから。
呼吸を整え、意を決し──にっこりと口角を上げたわたしは、ランタンを灯し、部屋を出ます。
まだ見ぬ主人の待つ、その場所へ!
壁に囲まれ、人ひとりしか通れないであろう幅しかない真っ暗な道を、自分で手に持った灯を頼りに歩いていきます。
アリス様は、一体どのようなお方なのでしょう──見た目は先ほど確認しましたが、性格まではわかりません。
やさしい人でしょうか。それとも、怖い人でしょうか。
どんなお方であろうと、わたしはアリス様のために一生懸命尽くすのみです──と。
頭の中をアリス様のことでいっぱいにしていたら、あっというまに辿り着きました。
「…………」
この、扉の先に──アリス様が。
そう思うと、自然と胸が高鳴って──ごくり、と、思わず生唾を飲みこんでしまいました。
ドキドキが止まりません。
けれど、ここで止まっているわけにもいきません。
自分の部屋を出る前と同じように、深呼吸をひとつ。
そっと手を伸ばし、ノブを回しました。
「……、……?」
真っ暗でした。
目が慣れれば、あるいはこの部屋そのものに慣れていれば、置いてあるものの輪郭がわかるのかもしれませんが──初めて此処に訪れたわたしには、むずかしくて。
唯一わかったのは、ここまで一度も目にすることがなかった陽の光を遮っているカーテンのみ。
とてて、と、そこへ近づいたわたしは──勢いよく、布をひらきました。
ぶわっと差しこむ、眩しい朝陽。
気持ち良く照らされた部屋は、上品な壁紙や絨毯、豪華な家具──そして、絢爛たるベッドと、起き上がったばかりのお影様の姿が露わになりました。
そちらへ振り返って、わたしは、今日一番の、とびっきりの笑顔を浮かべます。
「おはようございます、アリス様! わたしは、今日からアリス様にお仕えする生き人形です!」
わたしと同じ髪質のアリス様──正確には、わたしの髪質がアリス様に合わせられているのですが──は、やはりわたしと同じように、かなりの量のふわふわとした塊のようになっていて、遠目に見ると真っ黒な入道雲のようです。失礼でしょうか。
まだ頭にリボンはなく、着ているのもあの浅緑色のドレスではありません。代わりにその身に纏われている、さくらの花びらのような色合いのゆったりとしたネグリジェは、とても愛らしくて、アリス様にお似合いです。
「ええ、おはよう──"エリー"」
「……エリー?」
聞き慣れない響きにこてんと首を傾げると、アリス様は、少しだけ不安そうに、低い位置で両手の指のはらを合わせました。
「あなたの名前よ。『エリー』は『アリス』の愛称のひとつなの。……気に入らない?」
「いいえ!」
さくら色が少しだけ黒ずんでいくのが見えて、わたしは勢いよく首を横に振ります。
「とてもいい名前です、アリス様!」
わたしは、高級そうな天蓋付きのベッドに駆け寄って、ニッコリと笑ってみせました。
アリス様に、少しでも安心してほしくて。
すると、少しだけ間があってから、くすりと笑う声が聞こえました。よかった、笑ってくれました!
「あなた、顔いっぱいに笑うのね。素敵よ、エリー」
口元──と、思われる場所──へその手指をもっていく上品な仕草で、わたしのことを褒めてくださるアリス様。
わたしは、「えへへ……ありがとうございます!」と感謝してから、
「アリス様も素敵です!」
と、お伝えしました。
本心です。
まだアリス様が素敵なお方だということしかわかりませんが、素敵なお方だということはわかります。
顔は見えずとも、わたしの名前を考えてくださっていたところや、わたしのことを褒めてくださるところ、笑い声を含むひとつひとつの小さな所作まで、とってもとっても素敵です!
しかし、アリス様は「嘘をつかなくていいのよ」と、首を横に振りました。
「シャドーの顔は、誰にもわからないんだから。でもありがとう、エリー。あなた、やさしいのね」
「嘘ではありません!」
ずずずっ、と、わたしはさらに距離を詰めます。
アリス様は、こんなに素敵なのに!
出会って数分でこんなにいっぱい素敵なんだから、これから一緒にいれば、もっともっと素敵なところを知っていくしかないのに!
アリス様は素敵ですねって、たくさん言いたいのに!
それがアリス様に伝わらないなら、それはきっと、わたしの『アリス様は素敵ですパワー』が足りないにちがいありません!
「アリス様は、ほんとうに素敵です! 素敵なところでいっぱいです! たとえ顔がわからなくても、わたしには──エリーには、素敵に見えています!」
足は、次の一歩を踏み出すにはベッドに乗り上げなければならない位置に来ました。
わたしは──エリーは、無礼ながらアリス様の黒い手を取り、顔をおやすみのキスと同じぐらい近づけて言います。
アリス様が素敵だと言ってくれた笑顔で。
「エリーは、アリス様の鏡です! アリス様がエリーの顔を素敵だと思うなら、その素敵な顔がアリス様の『顔』なんですよ!」
また、少しの沈黙。おそらく面を喰らっていたのであろうアリス様は、何拍か置いてから、また「……ふふっ」と笑ってくれました。
「ありがとう、エリー。あなたみたいな素敵な生き人形が、アリスの『顔』でうれしいわ」
「えへへっ……アリス様がうれしいと、エリーもうれしいです!」
エリーが一方的に手を包みこませていただいていた手指に、アリス様の真っ黒い指が絡まりました。手を繋げました!
「これからよろしくね、エリー」
「はい! よろしくおねがいします!」
◇◇◇
アリス様のお部屋のお掃除は、エリーの仕事です。
煤けてしまっている家具はすすを拭ってピカピカに、埃を被ってしまっている家具は埃を拭ってピカピカに、一見綺麗な家具もしっかり拭いてピカピカに!
エリーの部屋と比べるとかなり広いのでちょっぴり大変ですが、アリス様のためと思えばこのぐらいへっちゃらです!
「おつかれさま、エリー」
ひととおりお掃除を終えて布巾を絞っていると、読んでいた本に栞を挟んだアリス様──リボンをつけ、浅緑色のドレスを着用した、事前に確認していた通りの装いです──が、声をかけてくださいました。
「ありがとうございます、アリス様! でも、大丈夫です! アリス様のためなら、エリーはいくらでもがんばれます!」
「ふふっ、ありがとう。けど、がんばってお掃除をしてくれたなら、おなかが空いたでしょう? 一緒にパンでも食べない?」
「えぇ!?」
びっくりしました。
パンのことは知っています。顔の見えない人形が、毎日持ってきてくれる食事です。
「い、いいんですか……!? あ……で、でも……」
けど、きっと、アリス様が食べようと言ってくれているパンは、アリス様のために用意されているものです。
仕える身でありながら、主人の食事を奪い取るなんて、あってはなりません!
で、でも……ご主人様のお誘いを断ることも、あってはならないような……?
「気にしないで、エリー。アリスが、あなたと一緒に食べたいのよ。それでも気になると言うのなら、そうね……アリスは、見てみたいの。美味しそうにパンを食べるアリスの『顔』を。それなら、一緒に食べてくれる?」
「そ、それなら……」
気をつかってくださっています。それとも、それだけ言い訳を並べてでも、一緒に食事がしたいということなのでしょうか?
そんなご厚意を無下にするなんて、エリーにはできません。
では、従者としての、最適な解答は?
それなら、エリーは──
「それ、なら──エリーは、アリス様のためにお紅茶を用意しますね!」
──アリス様のお誘いを受け、さらにアリス様に尽くしましょう!
「本を読みながら、ずっとお飲みになっていましたよね?」
「掃除をしていたのに、よく見てるわね……」
「エリーの頭の中はアリス様でいっぱいですから!」
「ふふふっ……じゃあ、紅茶。お願いしちゃおうかしら」
「はい!」
「「いただきます」」
テーブルの上には、パンの乗った二枚の皿と、紅茶の入った二つのカップ。
アリス様と一緒に行儀良く手を合わせたエリーは、そのどちらにも手をつけず、じっと正面を見つめました。
取っ手に黒い指が引っかけられ、持ち上がっていきます。おそらく口があるのであろう位置で止まったそれは、上品に傾けられました。
「……い、いかがですか……?」
喉から鳴ったであろう小さな音がして、カップが静かに置かれます。
その答えを、声として聞くまえに──エリーの胸は、ほっと撫で下ろされました。
どうしてでしょう?
声は発されていないのに、何故だか、アリス様が微笑んだ気がしたのです──エリーには、そう見えたのです。
「とっても甘くて美味しいわ。ありがとう、エリー」
「やったー!」
予感は大当たりしました。アリス様に喜んでもらえて、とってもうれしいです!
けど、読書をされていたときのアリス様のほうが、美味しそうに飲まれていた気がします。次は、もう少し濃く甘くしてみましょうか?
「ほら、エリー。パンが冷めちゃうまえに食べて」
「は、はい! では……!」
アリス様に催促されて、エリーはパンを手に取ります。
顔のない人形に配られるものとはちがって、なんだかホカホカです。
そのあったかいパンを、一口、齧りました。
「……!」
目の前から、くすり、と、大好きな笑い声がしましたが──失礼なことに、エリーの意識はすべて、口の中へ集中していました。
「おいしい……!」
思わず、大きな声が出てしまいました。
大興奮のまま、自分がどんな顔をしているのか検討もつかないまま、その気分の高揚をすべて勢いに任せて、声に言葉に乗せます。
「アリス様、とってもとってもおいしいです! とってもあったかくて、バターたっぷりで……!」
「ふふふっ……よかったわ、エリー」
「はい! とってもよかったです! よいです!」
ほんとうにほんとうにおいしいです! エリー達の知ってるパンとは、ぜんぜんちがいます!
あったかくて、もちもちで、バターできちんと味がつけられていて、その味がぶわっと広がって……!
「エリーはこのパンがとっても大好きになりました! ありがとうございます、アリス様!」
歓喜と感動を誠心誠意伝えると、アリス様は、カップに口をつけてから、「エリー」と呼んでくださいました。
「? はい! エリーです!」
「あなた……ほんとうに、笑顔が素敵ね」
カップを置いたアリス様は、うれしそうな声色で続けます。
「あなたが笑うと、花が咲いたみたいに、周りが明るくなるわ。その笑顔はきっと、これから先、アリスのことも、アリス以外のことも、たくさんの人を照らすんでしょうね──そんな素敵なあなたがアリスの『顔』で、アリスはほんとうにうれしいの」
「アリス様……!」
そんなふうに、言っていただけるなんて──アリス様は、ほんとうにお優しくて、素敵な方です!
「ありがとうございます、アリス様! とってもとっても光栄です! エリーはもっともーっとがんばりますね!」
◇◇◇
「今日はありがとう、エリー。初日だったから疲れたでしょう? ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
「お気づかいありがとうございます、アリス様。おやすみなさい」
朝と同じようにネグリジェを身につけベッドへ入ったアリス様の頬のあたりに、唇を落とし。
エリーの一日のお務めは終わります。
けど、また明日も明後日もその先もずっとずっと、朝から晩まで、エリーはアリス様の"生き人形"。
アリス様の『顔』として、明日からも頑張らなければ!
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
💎ねえ、偶然ってなんだっけ? 必然ってなんだっけ?
💎🧸君といると分からなくなるよ
🧸Ah 夢みたいな感動も 出会いの日の衝動も
💎🧸当たり前のように引き寄せたね
🧸運命のいたずらに
💎気づかずにわたしたち
💎🧸ずっと傍にいたとか
なんだか可笑しいね
💎🧸めぐり逢えた奇跡の真ん中で
🧸少しくらいわたし泣いたっていいよね
💎🧸サヨナラから始まる物語
💎胸の奥に刺さった切なさが痛いけど
💎🧸駆け出したら いつでもそこがスタートライン
💎君と (🧸君と)
💎🧸走って行こう デスティニー
𝑪𝒂𝒔𝒕
💎アリス(cv.りる)
https://nana-music.com/users/5982525
🧸エリー(cv.おとの。)
https://nana-music.com/users/7930665
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𝑻𝒂𝒈
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