プシュケー
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
プシュケー
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__𝕋𝕦𝕣𝕟 𝕥𝕙𝕖 𝕗𝕒𝕟𝕒𝕥𝕚𝕔 𝕤𝕖𝕔𝕠𝕟𝕕 𝕙𝕒𝕟𝕕 𝕒𝕘𝕒𝕚𝕟.✩₊*˚
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
途切れ途切れの歌が、消えていく。白み始めた空が、滲む視界を刺す。朝の光に霞み始めた星空が、歪んで涙のように線を引いた。
太陽が昇っていく。ぐらりと脳が揺れ、視界が黒く塗り潰されていく。
柊葉。
発そうとした言葉は声にならないままに、刹那は意識を失った。
目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。夜が明けて、星天界から元の世界に戻されたらしい。
何度か瞬きをすれば、睫毛に溜まった水滴が頬を伝って流れ落ちた。
「柊、葉……?」
耳に届いた声は酷く頼りなくて、今にも消えてしまいそうで。自分のものではないかのようだった。
掠れた声で名前を呼べば、胸につかえていた知らない感情が込み上げては喉を塞ぐ。上手く息が吸えなくて、何度も浅い呼吸を繰り返した。心臓が強く鼓動して音を鳴らしている。繋がれた命を主張するかのように。
何が、起きたのだろう。たった一夜の出来事がまとまらず、思考の糸が絡まっては沈んでいく。
叶夜が刹那に向けて銃を撃った。琉歌の死は刹那のせいだと断罪するように。そこまでは覚えている。
それから、気付いた時には突き飛ばされていて。刹那がいたはずの場所には、血を流した柊葉が倒れていた。
柊葉に庇われた。その事実を理解するのには、かなりの時間を要した。そんなことが起こり得るなんて、考えもしなかったから。
今までに、刹那の身代わりになって死んだ人間はいる。だけどそれは、彼ら自身の意思ではなかった。刹那がそう仕向けただけのことだった。そのほとんどが、刹那を恨みながら死んでいったのだろう。琉歌だって、正常な痛覚が戻ったのだとしたら刹那を恨んだに違いない。
だけど、柊葉は。自分の意思で、自分の望みで、刹那を守ることを選んだ。刹那の命を救って、安堵したように微笑んだ。刹那が生きていてよかったとでも言うかのように。
琉歌が死んだ日、柊葉は確かに刹那に怯えていた。夜明け前に見た深い紅色は、同じ拒絶の色を灯していた。なのにどうして、刹那を庇った? 傷を負ってまでどうして、儀式を行った?
考えても考えても分からない。柊葉が何を思ったのか。どうして自分はこんなにも動揺しているのか。どれだけ考えても答えが出ない。
机に置かれたままの鍵が、刹那を笑うかのように朝の光を受けて煌めいた。そうだ。星天界に、向かわなければ。
柊葉は、死んでいないかもしれない。急所ではなかった。即死ではなかった。現実世界に戻っていれば、助かるかもしれない。柊葉がいないことを、確かめなければならない。
鍵の束を掴んで立ち上がると、酷い眩暈がした。頭が割れるように痛んで、視界に映る景色が水面をかき回したように歪んだ。
それでも、行かなければ。ふらつく足取りに迷いはない。頭痛が酷くても、息が止まりそうでも、足を止める理由にはならない。
目指すのは、中央政府内にあるゲート。柊葉が現実世界に戻ったことを、確かめるために。
真っ直ぐに迷いのない足取りで、見慣れた景色を進んだ。夜が明けてすぐの、ほとんど人気のない地下通路をひた走る。ここに来るのは初めてではない。鍵を手に入れてからは毎週のように星天界に通っていた。人に見つからない時間帯を選んで、誰にも知られないように。
だけど今、そんな余裕も猶予もなかった。誰かに見つかるかもしれないとか、邪魔されるかもしれないとか、全てがどうでもよくなっていた。柊葉の生死だけが、今の刹那の意識の全てだった。
金属質な音を鳴らす鍵を使い、二重構造になっている扉を開ける。足を踏み入れた先では、若い男達が数人固まって話をしていた。そのうちの一人には見覚えがある。星巫女を管轄する部署を取り仕切る人物の一人息子、だったか。刹那が扉を開けた瞬間、一斉に彼らが振り返る。
誰かの訪れがあるなんて考えもしなかったのだろう。血相を変えたその内の数人が、耳障りな声で何事かを喚きたてる。強く腕を掴まれた。
「退け」
腕を振り払い、低い声でそう言い放った。怯んだように男達が後ずさる。星巫女だ、と囁く声がした。
構っている時間はない。刹那は今すぐに、確かめなければならないのだから。
鍵を鳴らし、真っ直ぐにゲートの方へと歩みを進める。制止の声が重なって響く。ある一人が、刹那に拳銃を向けた。
脅しのつもりだろうか。馬鹿馬鹿しい、と唇を噛んだ。
彼に、刹那は撃てない。星巫女は、守られているから。聖なる星巫女を殺せば、それは免れられない罪となる──同じ星巫女でなければ。
振り返ることなく、刹那はゲートに向かって駆け出し。描かれた光の中心に飛び込めば、すぐに視界が滲んで揺れた。
光が射し込んでいる。強すぎる白い明かりが瞼の裏を刺した。星天界の夜は、とっくに明けていた。固く握りしめた手のひらが、微かに震えている。
誰もいないことを信じたくて、わざとゆっくり立ち上がった。瞳を閉じてしまいたかった。何も見たくないなんてことを思った。
だけど、そんな願いを叶えることを、己自身が許さなかった。
眩い光の射す星天界には、一人の少女が倒れ伏していた。
刹那よりも少し高い背丈に、短く揃えられた金色の髪。
生きている星巫女は、儀式が終われば夜明けとともに元の世界へと戻される。星天界に残っていることは出来ない。
だけど、彼女はまだここにいる。刹那のようにゲートを使ったのではないだろう。
──刹那を庇った一人の星巫女は、眠るようにして息を引き取っていた。
流れ出した血は既に乾きかけている。むせ返るような、強い鉄の匂いがした。夜が明ける前は、感じなかったのに。麻痺していた感覚器官が、ようやく戻ってきたようだった。
視界に映る倒れた少女が、物音ひとつしない星天界が、濃い血の匂いが、冷たくなった手が。全てが柊葉の死を伝えてくる。こんなことなら、何も感じないままで良かったのに。
無意識の内に、身体が小刻みに震えていた。改めて突き付けられた死が、恐ろしくて堪らなかった。初めて星巫女が死んだ時さえ、恐怖なんて少しも感じなかったのに。
柊葉が死んでしまったという事実が、どうしようもなく怖かった。
眠るように目を閉じた柊葉は、穏やかな表情をしていた。微笑んでいるようにも見えた。
腹部に大きな傷を負って、止まることなく血が溢れ出していて。痛かったはずなのに、苦しかったはずなのに。どうして、そんな顔をしているんだ。どうして、刹那を庇ったんだ。
冷たくなった手に触れると、視界が濡れて滲んで。震えた唇からは、嗚咽のような声が漏れだした。
刹那は、正しいはずだった。間違ってなんかいないはずだった。
世界を良くするために、中央政府を壊すために、刹那は死ぬわけにはいかなかった。何があろうと、生き延びなければならなかった。
あの場で全員で儀式を執り行っていれば、近いうちに複数の死者が出ただろう。それほどまでに、星巫女の症状は悪化していた。星巫女の数が減れば、一人分の負荷が大きくなる。
だから、蛇遣いの少女が来るのならば、一人に負担を集中させるべきだった。負担を分散して全員で共倒れするよりも、誰かに引き受けてもらうべきだった。なるべく多くの星巫女を生き残らせなければならなかった。そのためには、これが最適解だと思った。
刹那は間違ってなんかいない。正しい判断をした。刹那が間違えることは絶対にない。一度でも刹那が間違えてしまったら、正しさが崩れてしまったら、それは刹那の今までを否定することになる。実の親を追放してまで貫いた正しさを失うのは、自分自身を喪うのに等しいものだった。
だから、これで良かったはずなのだ。柊葉が死んだのも、きっと正しかったのだ。こうあるべきだったのだ。湧いた感情の方が間違いで、殺さなければいけないものだ。
息が詰まるような苦しみも、喪失感も、全部閉じ込めなければならない。捨ててしまわなければならない。刹那が、刹那でいるために。そう分かっていても、涙は止まってくれなかった。
矛盾だらけの理論だった。そんな感情を抱くことが間違いだというのなら、きっと刹那の存在自体が間違いで。そんなことはあってはならなかった。刹那はいつだって正しく在らなければならなかった。
だから、その感情を肯定してしまえば、今度はそんな結末を導き出した刹那の判断が狂っていたことになって。焼き切れた思考回路は、エラーを吐き出すばかりだ。
ただの協力者の一人のはずだった。刹那の代わりに誰かが死ぬのは、初めてのことではなかった。苦しいことなんて何もないはずだった。刹那の目指す正しさのために、犠牲になっただけのはずだった。
それが正しい答えのはずなのに、どうしても涙が止まってくれない。
柊葉に、死んで欲しくなかった。庇われたくなんてなかった。心のどこかで、そんな声が吐き出される。
母がいなくなってから、刹那を純粋に心配してくれたのは、柊葉だけだった。刹那が傷付くことを、傷付けられることを恐れていたのは、柊葉だけだった。
両親に拒絶され、捨てられたあの日から、愛なんてものは望まないと決めた。愛されたいだなんて、くだらない願いだと笑い飛ばしたはずだった。
それでも、刹那に対して最も愛に近しい感情をくれていたのは、柊葉だけだった。
命を賭してまで刹那を救おうとしてくれたのは、柊葉だけだったのだ。
気付きたくなくて、見ないふりをしていた。愛なんてものを求めれば、自分の正しさが壊れる気がして、閉じ込めていた。
だけど、刹那にとって柊葉はきっと、失くしたくない存在になっていた。だから意図的に、彼女を救おうとした。中央政府に壊された刹那自身を、柊葉に重ねていたのかもしれない。
何を思ったところで、もう全てが手遅れだった。失ってから気付いたところで、全てが遅かった。
何度名前を呼んだところで、ようやく自分の感情に目を向けたところで、柊葉が帰ってくることはない。彼女は、刹那を庇い命を落としたのだから。
その事実に、奈落の底へと突き落とされたような心地がした。果てのない暗闇へと、どこまでも落ちていく。掴めるものなど何もなかった。怖くて、苦しくて、息が出来なくなって。それでも誰にも救われることなく、ただただ深くへと落ちていく。
そんな感覚だって、きっと全部正しくないのだろう。消し去らなければいけないものなのだろう。今まで簡単に殺せていたはずのそれを、抑え込むことが出来ない。
溢れて床に流れ落ちた透明な雫が、乾きかけた血を溶かしては混ざり合う。刹那の温度が、柊葉の命を溶かしていく。
たった一人の星天界で、刹那は宛てもなく、嗚咽を零し続けていた。
𝕋𝕠 𝕓𝕖 ℂ𝕠𝕟𝕥𝕚𝕟𝕦𝕖𝕕...
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
もう少し話したかった
もう少し傍にいたかった
額を青が結った
半袖を後悔した
雑多なビルを横切った
白い病棟で君は逝った
通知が頻りに鳴った
劈く鼓動を占った
職場を出て走った
愛した訳じゃなかった
特別な人じゃなかった
それでも何か思った
怖い?
辛い?
余計なものだ
理解が無い
視線
どうでもいい
互い違い
都会の秋
誰かの匂い
何百回経験してもそれが分からない
唯一正解の救済を成した歓喜も無い
何万回肯定しても違和を拭えない
狂信の秒針をまた回して
もういいよ もういいよ
花の手向け
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♐︎Sagittarius #星巫女_刹那
⚜️刹那(cv.ハナムラ)
https://nana-music.com/users/8640965
₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴だんご様
✯𝕚𝕝𝕝𝕦𝕤𝕥𝕣𝕒𝕥𝕚𝕠𝕟✯
イラスト:蓬様(@yomogi_nana_ )
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
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