楔を受け入れ、箍を外し
椎名林檎 宮本浩次
楔を受け入れ、箍を外し
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「…最近、変わりましたよね。説明は難しいんですが…」
客を見送るサロンのドアに麗しい二人の姿。1人は派手ではなくとも、しっかりと自分の魅力を理解し洗練した無駄の無いメイクを施した猫の獣人。もう1人はスラリと背が高く、ド派手に飾っていても上手くまとまりを持たせていやらしく見せない高度なセンスを持っているエルフ。並んでたっているだけで人の目を引く。
「ふーん…貴女の目は鋭いし、そう思うならそうなんじゃなーい?」
いつもの調子、緩く優しく微笑むエルフを横目で見ている獣人。…やっぱりと呟く声に、エルフは首を傾げる。
「やっぱり、無理を感じないというか…相変わらず派手好きで、ハチャメチャで、頼りないのに頼りがいがあって…変わらないんですけど…なんて言ったらいいか…息苦しくない」
「息苦しい!??いつもエンターテインメントを提供しているこの私に息苦しいだなんて!!」
あー!と叫びながら頭を抱え、わざとらしくよろける。
「まったく…そういう所は変わってないんですけどね。でも、自然なんですよ、言葉とか態度とか。確かにいつもふざけてわざとらしいですけど!…どこか『そうしよう』としているというか…何処かに冷静に考えているサロン長が見え隠れしてて、そこが息苦しい感じがしていたんです」
獣人の頭にポスっと手を置くと優しく撫でた。
「…やぁね、右腕って本当に嘘つけないわ。私ね、どんな事も大体は笑ってられるんだけど…でも…あのね、わ、私さ…昔の事あまり覚えてないんだ。記憶喪失とかじゃないの。思い出したくないって思い続けて生きてたら、思い出せなくなったのよ。そして、なりたい自分になろうとしてた。明るくて、完璧で、最強で、エクセレントな!!…飾れば飾る程、怖いものは小さくなったけど、でも消えることは無かった…。消せないの…でもね」
エルフは獣人を抱きしめた。
「不器用な武器屋がね…初めてみすぼらしくて、弱くて、頼りないダメな私を見ても受け入れてくれたの。…私やっぱり完璧でマーベラスな自分になりたいのよね。それには…弱さを殺そうとする自分ではきっと無理があったのよ。今こうして話してるのも怖いんだ。副猫ちゃんが私にガッカリしないかってさ…でもね、でも…!私はどんな闇の前でも獣のように生きたいの!やりたい事やって、感情と情熱の赴くまま!!何にも止められることのない完璧な『私』自身に。だから私、この話を貴女にしたわ!話したかったんだもの」
聞きながら、副長は以前サロンの従業員が襲われた日の事を思い出した。倒した後、帰りの間際に見え隠れしたエルフの陰の顔と黒い感情…。
「私と違って、貴方は周りが見えてませんね、ヤミィ。片腕がそんな程度の話で失望すると思いました?むしろ、黙ってた過去の貴方に失望しますよ」
ヤミィを軽く突き放すと腕を組み、ギロリと睨んだ。…ああ、また心が軽くなる。ずっと話したかった…でも、よく分からないけど怖いなんて話…誰も聞く気なんてないと押し込めた。自由に生きる…その意味を理解し、その道を歩んでいたはずだったのに、結局フリだったのだ。でも、箍は恋人が外してくれた。もう、放たれた私の獣は止められることは無い。
「…あ、あのぉ」
ふぁあ!!いやぁ!!同時に2人は叫ぶ。いつの間に2人の前にはニフが顔を赤らめて立っていた。
「ひぃあ、あぅ…あの!じじじ…邪魔をしたくはなかったのですが、あの、お話がありまして!えっと、ほ、抱擁がおわったから、お声かけしてもいいかなって…えー…」
そんなところから居たのか!?やだぁ、見てたのー?と笑うヤミィに対して、副長は背を向けて震えていた。
「実は、ハロウィンの祭の催しについてですが…」
ニフは一通りの話を終えた。仕事着は常に仮装レベルだから問題ないわね…と二人は笑った。
「とはいえ、腕を見せつける…か」
ではよろしくお願いします!と走り出すニフを捕まえるとヤミィは質問する。
「そう言えばさ、春は衣装作ったけどそういう事って今回するの?」
「…あー…精霊は自然の化身なので、我々が何かを作ったり施すことはしないんです。春の精霊さんは大好きなんですけどね、そういうの。でも本来は決められた衣服と身なりをします。服も決められた生地を、精霊に仕える妖精や巫女が仕立てたものでなければならないんです。特に秋の精霊は規律に厳しい方々なので…今回は服の準備などはないはずですよ」
そう言って今度こそ走り去った。
「仕事の腕なら私たちは楽勝ね。メイクブースでも作って皆をハロウィンメイクするのはどうでしょう?」
ニフが去り、サロンに戻った2人。話を受けて、副長はヤミィに提案をする。
「ふーん…自然ねぇ…タブーなのね…ふーん…へー…いひひ…」
ヤミィは店に飾ってある紅葉した枝と秋の花が飾ってある花瓶の花々を弄りながら遠くを見つめて不敵な笑みを浮かべている…絶対何かを企んでいる。
…箍を外された自由の獣…ますます振り回されるのだろうな…副長の耳は頭の上でペタリと項垂れていた。
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サロン長ヤミィ
三期もどうぞよろしくお願い致します!
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