もう戻らない時を
松任谷由実
もう戻らない時を
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「墓参り…だよ」
……沈黙が走る。微動だにしないソフィー。はぁ…とアイムは息を吐いた。
「あー…俺の父と母に会いに行ったんだ」
「お父さん…?アイムの事?」
「ああ…そうなるのか…。ソフィーの保護者は俺だが、俺にも親は別に居るんだよ。海の小さな集落…キリエに運良く直通の飛竜便があったから、帰っていたんだ…」
海…その単語に頭が揺れるような感覚がする。海の…小さな集落…。何かがボヤけて目に浮かぶ…。
「俺の…」
アイムの声でハッと我に返る。アイムはつらつらと語り始めた。
「俺の親は父親しか知らないんだ。母親は幼い時に死んでしまったらしい。だから殆ど覚えていない…だが、集落一美しくて、その容姿とマーマンのヒレの煌びやかさから、ウィンディーネと評されてたんだぞ。…はは、覚えてないけどな。ただ、何となく俺を抱き抱えてくれた温かさだけは…うっすら覚えてる。海の近くで子守唄を歌ってくれた…優しい手の感触だけ」
ソフィーは珍しく笑うアイムを嬉しそうに見つめる。
「親父はそこら辺のマーマンと変わらない。俺は親父に似たのかもな。俺らマーマンは漁師になって、生きていくのが当たり前だった。…俺はな、子供たちの中で最も泳ぎが早かったんだぞ」
「…知ってる…ん?」
「え…?んん、まぁいつか自由になったら見せてやろう。…母親は若くして死に、父親は俺と生活の為に必死に働いた…。今でも感謝してもし尽くせない…。なのに俺は…俺は…」
アイムは読んでいた本を閉じて膝に置いた。夏日の眩しい外を眺める。
「生活を楽にしたかった…いや、もしかしたらこの生き方から逃げたかったのかもしれない。集落を捨て、己を捨て、進んでは行けない道へいってしまった。俺は愚か過ぎた…親父の跡を継いで漁師になって、あの精霊の海に居続ければ…」
酷く悲しそうな空気を感じた。それ以上にソフィーの心を締め付ける何かを感じる。浜辺で若い男が嗚咽を漏らしながら泣いているのが見える…。
「でも、あの時の俺にそれを言っても無駄だろうな。あの商売の稼ぎは尋常じゃなかった。親父に多額の金を送ることも出来たし、金でなんでも出来る気すらした…でも最初だけだった…どんどん自由は無くなる、人に追われるようになる、親父も俺の異変に気づいたのか金を受け取らなくなった…親父とはそれっきり喧嘩別れしたままだ」
「助け合い…したのに?」
「いや、あれは…自己顕示欲だ…。俺の生き方を認めさせたかっただけかもしれない。親父の葬儀に参列して、思い出の海に出たんだ…俺の生き方は間違っていたのかって…海を見て考えたかった…そんな事…しなければ…」
ハラハラとアイムの頬を涙が流れた。アイムは何か話していない事がある…でも、聞いてはならない気がした。
「アイム、リボン…自分で結べた…笑って?」
ソフィーは今にも解けそうな不格好なリボンをアイムに見せた。…いつもは俺が結ってやったのに…凄いぞと微笑むと、アイムの大きな手がソフィーの頭を撫でた。
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アイムの過去に触れました。
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