泣かないあなたの守り方
十六夜マリオネット
泣かないあなたの守り方
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Episode.6 「祈りの残滓と██人形」前編
レティシアは、孤独な少女だった。誰にも愛されない少女だった。
絹のような白髪に、宝石のような桃色の瞳。彼女の持つ美しい容姿は、大戦中の世界において忌むべきものだった。
美しい少女は、兵器である少女人形を連想させたから。
実際、人形技師だった彼女の父は、娘に似せた人形兵器を作った。
人形であれば良かったのに。両親から、そう直接言葉をかけられたこともあった。
生活の和を乱す存在だったレティシアは、人と関わらないように暗い物置にいつも隠されていた。見つかったら人形のふりをしろ。そう言われていた。
そして、街は敵軍に襲われた。終戦の三日前の出来事だった。
今まで辛うじて戦火に巻き込まれていなかった、美しかった街は炎に包まれた。
澄んでいた者は皆殺しにされた。――ただ一人、身動ぎもせず隠れていたレティシアを除いて。
敵兵が去った後。レティシアはようやく、既に灰になった世界を見た。そして絶望した。
どれだけ虐げられていても、レティシアはこの街が好きだった。狭く暗い物置の小さな窓から見える、綺麗な風景が好きだった。
少女は透明な涙を零し、そして一体の人形と出会った。
蒼い髪をしたその人形は、エステラと名乗った。
彼女は、敵に襲われたこの街の被害状況を調べに来たらしい。
エステラは、涙を零すレティシアを見て。
ただ、綺麗だと思った。彼女を護りたいと願った。
孤独だったレティシアに、そっと温度のない手が差し出された。
数日後。この世のものとは思えないような、大きな爆発音がした。
それは、戦争と――そして世界の終わりを告げるファンファーレだった。
この爆発で、僅かに残っていた人間の殆どが死んだ。
レティシアは、エステラに護られ無事だった。
――エステラは。誰かを護るために、レティシアの父親が最期に作った機械人形だった。
レティシアは、不器用に愛されていたのかもしれない。今となっては、何も分からないけれど。
レティシアは生き残った。そして、生き残った人間が恐らく自分だけなのだと知った。
そして、この世界に明けることのない夜が訪れたことも。
レティシアは、世界の夜明けを望んだ。人間に良いように使われてきた人形の幸せを願った。
けれど、それを叶えられる力はなかった。
そんな折、月の塔の噂を聞いたのだ。アイリス、という桃色の髪の人形に。
最上階にある蝋燭に炎を灯せば、願いが叶う。
その噂を知ったレティシアは、願いを叶えるため、塔を目指すことを決めた。
長い距離を二人きりで歩き、ようやく辿り着いた先で。
海辺に聳え立っていた塔は、燃えていた。鮮やかな赤色の炎を宿して。
真っ暗に染まった海の青色が、光に照らされてはっきりと見えている。
こんなことになっているなんて、考えもしなかった。
思わず不安になって、繋いだエステラの手を強く握りしめる。
燃え盛る炎の中。純白の長髪を持つ人形が、レティシア達の来た反対方向から――つまりは海辺から――ゆっくりと歩いてきた。
その瞳は炎と同じで真っ赤に燃えている。
少女人形の容貌は、レティシアと瓜二つだった。
「何の用」
レティシアを庇うように一歩前に出たエステラに対し、名も知れぬ人形は訊ねる。機械的な、冷たい声だった。
「願いを、叶えに来たんです。えっと、あなたは……」
震える声でレティシアが告げた。幼さの抜けきらない少女の声。
ルビー。
短くそう答えた少女は、直後、静かに首を振った。
「塔には向かわない方が良い」
消える兆しのない炎のことを言っているのだろう。それでも、レティシアは願いを叶えたかった。そんな意図を察したのか、ルビーの言葉は続く。
「願いを叶えるには、対価が必要。つまり、願った者の寿命が必要」
一切の感情が読み取れない、淡々とした声だった。どことなくレティシアに似た幼さを感じるのは気のせいだろうか。
寿命、なんていう穏やかではない言葉を聞き、エステラの顔色が変わる。レティシアが願いを叶えるためには、自身の命を捧げなければならない。そんなの、認められるわけがなかった。
紅色の瞳が、咎めるような、嘲笑うような視線をエステラに投げかける。
「……感情がないのに、どうしてそんな顔をする?」
不思議そうに投げかけられた言葉に、心臓を握りつぶされた。
エステラは、元々感情を持たない人形だった。言われた命令だけを行うために存在する“モノ”だった。
そして、そのことをずっとレティシアに隠し続けてきた。
言う機会がなかった、という言葉で誤魔化して、曖昧にしてきた――否、意図的に、覆い隠してきた。
「レティシアを護りたい」
芽生えたその願いが、機械的なものであると認めたくなかったから。知られたくなかったから。
本来、初めから感情のなかった人形が願いを持つことはない。ごく稀に、他人との関わりによって淡い感情もどきが芽生えるケースもあるらしいが――それとは違うことを、エステラははっきりと自覚していた。
自身の願いが偽物の感情であると知りたくなくて、気付かないふりをして逃げていたのだ。
「エステラ……?」
レティシアが、不安そうにエステラを見つめる。涙が一筋頬を伝っていた。
エステラは、何も言えなかった。悪意がなかったとはいえ、今までレティシアを騙していたことは事実なのだから。
「ごめん」
俯いたまま、それだけ言葉を零した。あの日の彼女のような涙は、一粒も零れなかった。
レティシアに告げたのは、それだけだった。
そして。ルビーと名乗った知らない人形に向け、言葉を紡いだ。
「……私は今から塔に上る。レティシアは、人間だ。着いてくるべきではない。だから……彼女のことを、頼む」
一瞬紅い目を見開いたルビーは、小さく頷いた。
レティシアのことを裏切ったエステラは、もう彼女の側にはいられない。
感情がないことを知られてもなお、今まで通り一緒に過ごすなんて、自分自身が許せなかった。
だから、最後の罪滅ぼしとして。レティシアの願いを叶えようと思った。
それが、今まで自分の側にいてくれたレティシアに対する精一杯の想いの伝え方だった。
ルビーがレティシアの方に向かうのを確認したエステラは、振り向かずに炎の方へと歩き出した。
ルビーは恐らく、レティシアの父が作った人形だ。彼女は信頼出来る。自分の罪を告発したルビーに対し、悪感情は抱いていなかった。寧ろ、感謝していた。
「なんで……待って!エステラ!」
そんなレティシアの叫び声が遠ざかっていく。
エステラは独り、崩れゆく塔の頂上に向かって歩き出した。
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🎟あなたが僕の前で泣かなくなって
もう大丈夫なのかなって思ってた
⭐️そうやって生きていて ひどく辛いだろうに
間違っても弱さを人前では見せない
⭐️🌙🎟なんにも大丈夫じゃない
なんともないわけない
🌙気づけなかった僕を
あなたは決して責めたりしない
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜
🌙レティシア(cv.おとの。)
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⭐️エステラ(cv.あじのもと)
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🎟ルビー(cv.瑠莉)
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゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜
#十六夜マリオネット
SS:柚乃
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