幾千の群青の氷龍 軍師みりん
YOASOBI
幾千の群青の氷龍 軍師みりん
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開花を促す春風がみりんを置いて吹き去った。大輪の花を咲かすかのように、キリエの街は活気づいている。…ああ、花祭りの準備か…騒がしく楽しげな街。去年私は…喧騒から逃れるように1人静かに目を閉じた。そういえば、ジュース作りの途中でニフを轢いてしまったんだっけ。罪悪感が過ぎったが、あの時のニフとさとらの顔を思い出してつい吹き出してしまった。…また春が来た。私はもう新参者ではない…ここは私の街…。
夕闇に落ち切る前に、みりんはいそいそと家路についた。パタン…扉を背にして、はぁ…と疲労に息をついた。同期の家は小さく質素なアパートメントだった。私もまた、軍から空き部屋を借りている。正直、彼とあまり大差のない今の状況。共にアヴァロンで働いていた時は立派な部屋を与えられていたっけ…。本当に、未来ってどうなるか分からないよな…と誰も居ない部屋で呟いた。
部屋着に着替え、いつも高く結っている髪を下ろした。角を避けながら髪を手櫛で整える。部屋の周りを見渡す。初めて来た時に比べ、沢山の思い出が部屋を彩っていた。家族の元を訪れた時に無理やり持たされた家族の肖像画。毎月届く兄の花束。キリエの軍に配属された時の書類の束。児童院の子供達のファンレターや、遊んだ時にもらったおもちゃや木の実。アグルと戦った時に貰った柘榴石。…長くこの部屋に置いていて、もうすっかりこの部屋のカラーになっている。そこに新たに加わったのはバザーで買ったジョウロ、ジーグに作ってもらったレイピア、ヤミィがみりんの為に配合したコスメ。さとらとレオのやり取りを手伝った礼に渡されたお茶の葉とドライフルーツ。フィーと潜った海で拾ったバドンの貝殻…そこに同期からの手紙も新たに飾る。
それらを満足そうに見渡して、バフッとベッドに倒れ込んだ。いつも見上げる天井…何度も悩んでは天井を見つめてリヴァイアサンと語らったっけ。
……内気なお嬢様、魔法を上手く使えない劣等生…それが私だ。あの頃は未来をどう考えていただろう。何かに剣を向けるなんて考えただけで怖かった。私は母様のように誰かに嫁いで花を育てながら生きるのだと思っていた。兄が街の為に戦い、軍人としての人生を失うまでは…。何度も私を励まして、守り続けてきた大好きな兄が私の魔法と力を信じろと叫んでくれたあの日から、私は兄の代わりに守り、戦う者になろうと選択した。楽な道ではなかった。厳しい訓練に体も心もすり減る事が沢山あったが、道は私を前へ前へとつき動かした。生まれて初めて好敵手と思える者と出会えた。街が壊滅する危機に立ち向かい、見事街を守りきる事も出来た。…気付けば伝説の軍神と謳われ、誰もが恐れる強さを誇った。…あの頃は未来をどう考えていただろう。
寝付けずに静かに目を開いた。…やっぱり、私はここにいる。キリエの街の小さな一室…。あまりに目まぐるしく変わる人生。軍人になった日も寝付けずに目を開いては、軍舎の天井を見つめてやはり私はここにいる、夢じゃないんだと思ていた。そして今も…ここは実家の屋敷の天井じゃない。アヴァロン軍舎の天井じゃない。幹部になって住み出した部屋の天井でもない…。
「本当に、私、軍師を辞めてキリエに居るんだ」
当たり前で分かりきった事。それでも呟くのは、自分の居場所を確認して安心したい気持ちからだ。同期の彼も同じ気持ちだろうか?何度も安定を選ぶタイミングはあった。兄の未来を背負う必要なんてなかったし、安定した軍の幹部に居座り続けることだって。選択をする時は不安に揺れる。それでも…
「私…キリエに居るんだ…!」
走り続ける足は、己の心の求める方へと止まらなかった。沢山のまわり道を歩いて辿り着いた、私だけの小さな光…。
「…うん。寝れなかった!」
朝日に小鳥が歌っている。バドンで恋愛相談を受けた時も寝れずに朝を迎えたっけ。みりんは自分に笑いながら家を出た。まだ勤務には時間がある。商店街の広場で魔法の練習でもしよう。
リヴァイアサンと交心や造形魔法を一通り行い終えると、辺りは開店準備の為に少しずつ活動し始めていた。その中に見覚えのある人物が大荷物を抱えて歩いている。
「シノ殿!」
卒業の為アヴァロンに帰る事は聞いていた。各々別れの挨拶はしていたが、出ていく日にちは聞かされていなかった。
「ついに旅立つのですね!応援してます」
「ありがとうございます!私はみりんさんと違ってまだまだ知らない事が多いので…これから沢山の街や人と会って、沢山学んでいきたいです」
…そうか、彼女はこれから幾度となく選択をし、自分だけの色を重ねていくのだ。今やっとその道が開かれたのだ。
みりんはシノを門まで見送った。ここでお別れですとキリエから出ていったシノと、キリエの境に佇む自分がなんだか象徴的に思えた。みりんの視野にブルースターの花畑が揺れた。幼い頃の自分の声がみりんに問いかける。
『本当に自分は正しかったの?』
これは私の恐れの声だ…。みりんは深く息を吸って答えた。
「ああ、勿論。今立っている私こそが、かけがえのない私の『色』だ」
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