呪詛屋さとらと素材屋レオ
Aimer
呪詛屋さとらと素材屋レオ
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「僕はね、さとら…」
彼の背中にピタリとつけた耳。空気をかえさずに直接響くレオの声はいつもと違った優しい響き。なのに懐かしい…母とレオと私が居た、あの日に聞いていた声を思い出す。さとらはレオの言葉を聞こうと抱き締めていた腕を緩めるが、慌てて言葉が追う。
「あぁ!そのまま!…そのまま聞いてくれないか?顔を見たら照れてしまうから、どうかこのまま」
さとらは驚いて背中につけていた顔を上げて彼の頭を見た。相変わらず艶やかに光るウエーブが、どことなく照れくさそうに揺れる。そして彼の胸に当てている手に伝わるドクンドクンと力強い心音がその言葉に嘘がないと教えていた。さとらはクスリと笑うと、目を閉じてまた彼の背中に顔を預けた。
「僕はね…初めて先生と君を見た時は…自分と自分の集落の事しか考えてなかったんだ。だから、さとらの事はいつも先生のローブに隠れて僕を見つめてる小さな女の子だって、それ以上の記憶が無いんだ。先生の事も出会った頃や呪詛を買いに訪れた時、何を話してたかあまり覚えていない」
「…ひどーい…けど…仕方ないよね。街の運命を背負ってたんだから…。私はね、一目惚れだったんだよ?私より少しお兄さんで、見た事も無い服装にターバン。真っ黒で綺麗な瞳と髪、褐色の肌で…すごくかっこいいなって。だから仲良くなりたいのに恥ずかしくて、でもそばに居たくて母の後ろに隠れてたなぁ。…ふふ、あの頃の私が今の話を聞いたらショック受けちゃうでしょうね」
「ああ、今それを聞いた僕が泣きそうだ。それに比べて僕は…君やこの街に羨ましさを拗らせて恨みすら抱いていたんだ。緑豊かで恵まれた土地、世界樹から流れ出る水源。力を使わなくても降り注ぐ雨…それなのに水の魔力への学問が進んでいて、雨を降らす呪詛まで保持できている。そこで母の後ろで守られて、恵まれた世界で叡智を学べるさとらに」
あれだけ激しい心音が、悲しみに沈んだように静かになった。自分勝手な想いを恩人に向けていた事への深い深い後悔が読み取れた。さとらは何も言わずに聞いている。
「こんな僕に、先生は大事な呪詛の学問を享受してくれた。このまま呪詛を売り続けて儲ける事も出来ただろうし、授業料を取る事だって出来た。…そもそも、呪詛師がそのレシピを外に流すのはご法度だ。なのに、先生は僕と街の事を考えてくれた。そして、上がり込んだ余所者の僕をずっと支え続けて、温かな飲み物をいつも届けてくれたさとら…。乾きと疲れと恨みで荒んだ心がどれだけ救われただろう」
「…支えただなんて、そんな…。私は母みたいに立派な事はしてない。ただ、お茶を喜んで欲しくて、褒めて欲しくて…笑って欲しくてやってたの。私だって自分勝手。レオが大変だって知ってたのに恋に舞い上がって、お湯を沸かし続けてたんだから。だから、おあいこ…ね?」
レオを抱き締めている腕にレオの腕が重なる。さとらの細く白い手を、大きな褐色の手が愛おしそうに包み込んだ。
「定期的に呪詛を持ち帰る日以外はずっとこの店に住み込んでいた。寂しくて寝れない夜に、君は先生の目を盗んで珈琲を持ってきたんだ。寂しくて寝れないなら、いっそ二人で寝なければさみしくないでしょ?って…珈琲は高級品だ。貧乏な集落の出の僕も飲んだ事は無い。二人で初めて飲んだ。あまりの苦さに悶絶したの、未だに忘れられないよ」
「え?そんなことあったっけ?…恥ずかしい」
「けど、ゆっくり飲むと苦味の中に広がる香り、冴えていく頭…。僕はすっかり好きになったんだ」
「そっか、レオの好物は私のおかげなのね」
「…そっちじゃない…いや、それも正しいけど。同じ飲み物を飲んで笑顔を向けている…君が」
キザな言葉に不意に照れたさとらの腕が緩んだ。レオは腕を振り払いさとらに向き合った。
「僕は無知な人間だから、この想いがなんだか分からなかった。でも、君と飲み物を楽しみながら勉強する時間が幸せで、学習は予定以上に早く進んだ。僕は素直に嬉しかった。早く呪詛を作って集落を潤したい。水不足で死ぬ者を無くしたいって。…願いは叶った。これで僕は幸せだ、集落もいつしか街へと成長した。昔の様な惨めな思いをしない。夢は叶ったんだって…」
微笑んで語る彼を見つめて、さとらも微笑んだ。瞬間、さとらはレオの腕に強く抱き締められた。さとらの肩にレオの顔が蹲る。
「それなのに、僕は乾く一方なんだ。ずっと…ずっと…喉が渇くように。君の声が、顔が、仕草が…お茶の香りが…離れないんだ。僕は、珈琲を知ったあの日からずっと、君に片想いだったんだ。理解した頃にはもう時間が経っていた。もうとっくに僕を忘れてるだろう。もしかしたら違う街に行ったかもしれない。いや、きっと…誰かの傍に…何度自分に言い聞かせても、僕は乾いてしまうんだ。さとら…」
寂しさと不安に震えるあの日の様な彼の体を優しく抱き締め返す。
「私もよ。きっとずっと、ずーっと…初めから片想いだって。レオは勉強の為だけに来ただけで、私の事なんて妹みたいなものなんだって。未だに忘れられずに居るのは私だけで、レオはとっくに幸せなんだって。レオ…」
「「愛してる…」」
「もし私が呪詛も作れないようなおばあちゃんになっても、変わらないでよ?」
「もし僕が思うように素材屋を運営出来なくても、さとらの事を支え続けるよ」
ずっと待ち人は互いだけなのだと、わかって欲しい気持ちはついに夢を叶えた。また一度愛してると呟いて、二人は扉を開けた。新たな素材屋の開店と変わる事のない想いの為に。
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