光
十六夜マリオネット
光
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Episode.2 「折れた翼と嘘吐き人形」後編
モナには、ピナとティナに隠していることがある。
数年前、前線での任務中。モナは酷い怪我を負った。幸いなことに一命は取り留めた――人形にこの表現は恐らく不適だろうけど――が、治療の影響か、今まで持っていた「感情」を、モナは失ってしまったのだ。
兵器として作られた人形は、精密に出来ている。だから治療すれば――パーツを作り直せば、何かが歪んでしまう。人形を使う立場からすれば、問題視するまでもない歪みだった。
だからモナは、歪みを抱えたまま、二人の元へ戻ってこられたのだ。
感情がなくなった。大好きだったピナとティナに、共感することが出来なくなった。二人のことが、分からなくなった。
だけど、そのことを二人には告げなかった。嫌われたくなかった。距離を置かれたくなかった。二人のことを、守っていたかった。
感情がなくなっても、昔の想いはまだ消えずに残っていたらしい。二人と一緒にいられなくなることへの、はっきりとした恐怖だけはあったから。
だから、これからも二人と一緒にいるために。昔持っていたらしい感情を思い出し、ピナとティナのしていることを真似て誤魔化していた。
気付かれていないと思っていたし、騙している罪悪感らしき何か以外は不都合もなかった。
だけど。
感情のないモナは、ティナが倒れてもなお。ピナのように純粋に、悲しむことも怒ることも出来なかった。出来たのは精々、ピナの表情から考えていることを読み取ることだけ。
悲しいなんて思えないけれど、酷く虚しかった。
ピナは、ティナがいなくなっても涙すら流さないモナのことを、どう思うだろう。
そんな考えが浮かんで胸がざわめき。だから気付くのが遅れた。
――ティナを殺した人形が、モナを狙っていることに。
「モナッ!」
強い衝撃と共に突き飛ばされた。顔を歪めたピナと目が合う。先ほどモナがいた場所を、銃弾が通過していった。
どさ、と何かが崩れ落ちる音がした。数秒前も、同じ音を聞いた。大切なものが消える音。
モナがいるはずだった場所には、倒れたピナがいて。その近くでは、既に事切れたティナもいて。
それでも、涙は出なかった。怒りも悲しみも湧かなかった。
「モナ」
ピナが掠れた声で、名前を呼んだ。
ごめんね。だいすき。
紡がれた言葉は、それだけだった。淡い緑色の瞳と目が合う。ティナとモナと同じ色の目が。
それだけで、最期に彼女が何を言いたかったのか、分かってしまった。
だって。ティナとピナとモナは、長い付き合いだったから。生まれてから死ぬまで、ずっとずっと一緒に過ごしてきたのだから。
怪我をする前の時間も、感情がなくなってからの数年間だって、ずっと一緒にいたのだから。
だから、何を考えているかだって、最期に告げた言葉の意味だって。分からないわけがなかった。
ピナは、気付いていたのだ。モナの隠し事に。おそらくは、ティナも。モナが感情を失くしてしまったことにずっと気が付いていて、それでも気付かないふりをして、一緒にいてくれたのだ。
どうして感情がないことを隠したのだろう。強く後悔した。モナを庇ったピナの目を見て分かった。たとえモナが二人のことを理解出来なかったからと言って、嫌われるわけがない。
ティナにとって、ピナにとって、三人でいることは何よりも大切なだったのだ。モナと同じように。
そんな簡単なことに、失ってからでないと気付けないなんて。モナは本当に馬鹿だった。
ピナの目がそっと閉じられる。淡い緑が隠れていく。
モナが二人の元へ駆け寄れないまま、動けないまま。
ピナはそっと事切れた。
「あ…………」
知らない間に漏れた声は、まるで自分のものじゃないみたいだった。ティナとピナを殺した人形が、再度銃口を向けた。二人が避けられなかったのは、きっと彼女が強いから。ティナよりもピナよりも弱いモナでは、勝てるわけがない。
それでも。何もしないのは、絶対に嫌だった。モナの秘密に気付いていてもなお、優しいぬくもりをくれた二人に。庇われて終わるのは嫌だった。二人はきっと望んでいないだろうけど、それでも仇を討たなければ気が済まなかった。
ああ、きっとこの感情を「怒り」と呼ぶのだろう。燃え広がる炎のように、たったひとつの消えない想いがモナを突き動かした。
開け放たれた窓からは、月光が射し込み。真っ白な銃を持った人形の横顔を照らし出している。微かに潮の匂いがした。
銃弾が放たれると同時に、モナは駆けた。海の見える窓辺の方へ。
そのままモナは身体を少女にぶつけた。衝撃が走る。金髪の少女はよろめいてバランスを崩し、窓から身体が投げ出された。
瞳が月灯りに照らされてキラキラと光っている。宙に浮いたままの彼女が、モナの手首を掴む。身体が引っ張られる。爪先が浮き上がり力が抜ける。
そのまま二体は縺れ込むように、重力に従って落下した。
大怪我を負ったあの日から、モナの背に生えた翼は使い物にならない。飛び立てない翼はただの飾りで――そして重石だ。
三人で手を繋いで上った螺旋階段が、視界の端に見えた。繋いだ手のぬくもりが蘇る。一抹の寂しさが胸をよぎった。
これは昔の感情が残っていたものだろうか。それとも新しく芽生えたものだろうか。
守りたかったものは守れなかったけど。二人は望まないかもしれないけれど。
それでも、仇を討つことは出来た。
そのことに確かな満足と達成感を覚える。
結局、生まれ変わってもずっと一緒にいたいと願うことは出来なかった。
だけど、月の塔に願わなくたって、きっと叶う。何の証拠もないのに、そう思えた。
モナは、ティナとピナに出会えて幸せだった。モナは自分でも知らないうちに微笑んでいた。
遠くで鳴っていた雷の音はもう聞こえない。空を覆っていた雲は消え、夜空が世界を包んでいる。
金属片が潰れて砕けるような音と共に、モナは意識を失った。
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☁いつも愛はそれと知らずに
⚡変わりゆく優しい雨
☀汚れた指で一つ 救い上げる花氷
☁いつの間にかわけも言わずに
☀問いかけた私を撫で
⚡降りていく夏のとばり
振り返らぬ影法師
☁おどけた歌声 重ねた手ですくって
☀⚡☁夢ばかり 夏の空に浮かべた
帰らぬ日々 それでもあの奇跡は
星となり 迷わずに行けるように
照らし出す 光
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☀️ピナ(cv.ひとさきさよ)
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⚡️ティナ(cv.未蕾柚乃)
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☁️モナ(cv.るみ)
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゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜
#十六夜マリオネット
SS:柚乃
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