第5話 悪党編18「隠密酒蔵 梟酒造」(まろなげ たかひろ)
秘密結社 路地裏珈琲
第5話 悪党編18「隠密酒蔵 梟酒造」(まろなげ たかひろ)
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梟酒造の人間は、現世に生きる忍者ではあるが、それ以上のものではない。
つまり、物自体は一般人と何ら変わらぬ構造の、生身の人間である。
霊感があるでもなし、身体能力をがずば抜けて良いのは鍛錬のおかげ。
では、なぜ魔法のように現れては消え、悪党を成敗できるのかといえば、それはこの女性の功績による部分が大きい。
「まろ、いくらぐらい掛かる?」
「......こっちに専念していいんなら、日数にして七日。金額にして、これくらいですかね」
キセルで焚いた花の香のような煙を、ぽっかぽっかと器用に弄んで吹きながら、算盤を片手で弾く癖があった。手ぬぐいでまとめた栗色の長髪を、一房耳にかけ直し、まろなげたかひろは、そこそこの大金をヤマトとゆきんに提示して、いかがするかと片眉を上げてみせた。
彼女は、職人。工房はゆきんの住む屋根裏の直下で、酒造の仕事がなければ、大抵そこで会える。
変化の術とも言える、洋裁作品。巧妙に作り上げるレプリカや、輸送用のカムフラージュ素材。構造が把握できる物と時間さえ与えられれば、彼女は何だってその手で再現して見せ、どこへだって送り届けてくれるのだ。
今度も、もれなくその力を見込んでの相談で、ヤマトは算盤の玉を数える間もなく、“制作に専念して良いから六日で何とか頼む“と、懐から真っ黒なカードを抜き出して手渡した。
ゆきんの目がまん丸に見開かれて、飲みかけのお茶が微かに揺れる。
「でた、魔法のカード!!今度も派手にやるんですね、ワクワクしちゃう!」
「ワクワクしてくれるのは良いけど、ゆきんこ。この金で作ったもんに収納されるのァ、あんたなんだから。ちゃんと体調整えろよ」
「え“っ......」
「っつーことで、親方。失礼致します、次に会うのは6日後の月の下だ」
「飯は、いつも通り部屋の前に届ける。頼んだよ」
問答無用で抱え上げられたゆきんは、皿に取り残された食べかけのマドレーヌを惜しんでジタバタしてみたが、やると決めたまろなげの腕は鋼のごとし。男の力をもってしても、邪魔立てすると容赦ない鉄槌が降るのを過去に見ているので、すぐに観念してぐったり四肢を投げ出した。
親方の作戦は、いつだって至ってシンプルだ。それがいい。
リンタロウ一行が搭乗する飛行機に、乗客および陸勤務のスタッフとして接近し、敵方の警戒網を掻い潜り、目的地へ装備共々輸送する。
となると、できるだけ確実に、1人でも現地に送り込むため、出荷物に見立てたコンテナに、ゆきんを格納するべきだろう。これは酒造の恒例行事だ、今に始まったことではない。
工房で採寸されながら、やれ“また棺桶だあ”とか“あと10cmあったら入らなくて良かったのか”とか泣き言を言う彼女に、世界一入り心地の良い棺桶とすることを約束して、“去年よりは伸びた!“と、申し訳程度の励ましを。
その軽口を最後として、ゆきんを解放したら、それっきり彼女は部屋から出てこなかった。
1日3回だけ扉の開閉を繰り返し、途中内部で何が行われているのか予想もつかないサンダーやドリルの金属音を散々響かせ、最終的に、彼女は予告通りブツを作り上げるのだが。すっかりふくよかになった月の下、姿を現したのは、数え始めて5日と半のことだった。
ーーー......
広大な快晴の荒野道を、配達車兼輸送車である酒造のトラックがかけてゆく。
荷台には親方とゆきん。運転席には、まろなげと、助手席に彼女愛用の旧式ラジオ。
まろなげは、自分でフォークリフトを器用に操って、荷物を積載してしまうし、極端に特殊な車種でなければ、このトラックでなくとも二つ返事で運転する。
エンジン音に負けないように、口を寄せ、ゆきんが“自分とここに来る前は、大工か何かだったのか“と問うたら、ヤマトは、いつもお気に入りの野球選手の活躍を語るときと同じ、勿体つけた笑顔で、ゆるりと首を振った。
「実は、知らずに雇った。でも、多分君と違ってカタギじゃない」
「どうしてわかるんです?」
「一緒に風呂に入ったことはなかったのかい。今度背中を流してやったらいい、あの傷の入り方で一般人って方が無理がある」
親方だけが知る、彼女の履歴書は、まだ酒造の仏壇の中で眠っている。
あの日、出会い頭に、深々頭を下げてこう言った。
“何も聞かずに受け取ってください、仕事については後悔させません”
無いのではなく、書きたくないという意思表示がうかがえる、まっさらにも近い職歴。その隣に、ぎっしりびっしり、これでもかと書き込まれた、何に使うのかもよくわからない工務関係の資格。
特技は、配送業務全般。
座右の銘は、非常事態大歓迎。
思い出すだけで心が躍って笑えてしまって、一人でニヤニヤするヤマトと、不服そうに隠し事へ抗議するゆきんを乗せて、トラックはひた走る。
目指すは空港、道中待ち受ける邪魔者と、急カーブ、デッドヒートは数知れず。
けれど、彼女の豪快かつ華麗なハンドル捌きで生きながらえられるのだから、打身のひとつやふたつくらいは、二人とも望むところだった。
「さあて、今日は何キロ出るかな〜」
「この間みたいにタイヤ浮いたりしませんように!!」
“ニシへヒガシヘ”
己を奮い立たせるまろなげの歌が、一節、紫煙の代わりにふわりと漂った。
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頼れるトランスポーター、まろなげ発進。
珈琲屋の希望をのせて、いざ悪党の街へ梟が飛ぶ。
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