「甘美人の美容師、ウタウ」
秘密結社 路地裏珈琲
「甘美人の美容師、ウタウ」
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浅葱と空蝉の物凄い悲鳴が聞こえて、イトウが駆けつけた時には、時すでに遅し。飛空挺はとんでもない荷物を積んだまま飛び立ってしまった...。
「ど、どういうことや」
口の開いた木箱から、おおあくびをしながら登場したのは、ウタウ。
状況が飲み込めないイトウに向かって、寝ぼけ眼で照れ臭そうに“おはようございます”だなんて笑ってくるものだから、イトウも釣られておはようさんと笑ってしまった。
いや、そんな悠長なやりとりをしている場合ではない。彼女が入って居た箱は、小麦粉とラベリングされている。確か、あのサロンで白粉として使用されて居たものを、スズキが製菓用に仕入れた。キメの細かいパウダービーズのような極上の粉で、袋に入れると枕のように柔らかい。
そしてこれを運び入れてくれたのは、秘密結社の物流を支えるおなじみの運送屋、ミウラ屋の社員...ミウラ屋といえば、世話にはなるが世話もする仲。仕事を選ばず引き受けてくれるとはいえ、誤送に取り違えは日常茶飯事だ。
「えっへへ、荷物の整理手伝ってたら、眠くなっちゃって。ちょっと休んでたら寝過ごしちゃった。ここ、どこ?」
「寝過ご......っ、ってことは、昨日の夜からそこにおったんかいな!?いやいやいや、自分箱詰めされて拐われかけてんで!?爆睡!?」
「何がおかしいの、これ普通に家のお布団の材質と一緒でしょ!?」
イトウの脳内で、血の気が、さらに引く音がした。
この状況はつまり、側から見れば人さらいだ。しかもよりによって、1番拐ってはまずい人種をさらってしまった。そう、彼女は甘美人。先日の一件では大事になったのを目の当たりにしているし、人拐いが故意でないと証明できても、捕食者に狙われ危険が伴うこと請け合い。だからこそ、泣く泣くポプカたちをあの街に降ろしてきたというのに。
無線で一旦降りてくれとタナカに叫んだが、ここから一気に引き返すには気流の関係で不可能だと断られ、ウタウはといえば興味深々、人間に戻った浅葱と空蝉の姿を見て、初めて間近で見る人間の女の子に目を輝かせ、船内に漂うコーヒーの香りに早速フラフラ歩き出す。
「これは、あかんことになってしもとる...俺ら下手したら誘拐犯で国際指名手配やぞ、おい、誰かヒゲ呼んでくれ!!ここでお縄とか俺は堪忍やわ!!」
騒ぎを聞きつけ現れたサトウと、お菓子の姿を失った見覚えのある店員たちを見るなり、彼女はあーっと指差して、全てを悟ったようだった。
かくして、秘密結社の全貌は完全にばれた。そしてご存知の通り、彼女はそれに怯えるタイプとは真逆の存在、未だ見ぬスリルと広い未知の世界に、大興奮する部類のおてんば娘。
頭を抱えて引きつった笑顔を浮かべる一同を他所に、ウタウの頭の中は夢と希望でみるみる満たされ、とびっきりの笑顔で親指を立てて見せたのだった。
「まあまあ、これも何かの縁ってやつだよ!私、お化粧は大得意だからね。危ないところには人のふりして、ちゃーんとバレないようについていくし、何かあったら、私も旅の仲間だって言えば問題ない訳でしょ!?」
不束者ですが、と頭を下げる彼女を、止めるすべなどなければ、後は野となれ山となれ...この愛らしさは、遅れて駆けつけてくるであろうモミジが、ひと目見て“うちの子にする“と騒ぐのも時間の問題だ。
また、先の見えないびっくり箱が一つ増えてしまった。
混乱治まらぬ騒ぎの中、次第に誰かが拍手を始めて、辺りは歓声に包まれたのだった。
ドロップスの雨が降る日には、何かが起こる。
やっぱりあの言い伝えは、本物。
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改めまして!好奇心と勢いが魅力の、持ってる女の子、ウタちゃんが仲間になりました!
これからきっと大騒ぎを持ち帰ってくれる予感...!?
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