【12】おろろわい
呉羽(くれは)
【12】おろろわい
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富山県。富山女師付属小採譜。郷土文化協会『篠笛日本名曲集1』(尾原昭夫編)より。五音構成【ドレミソラ】譜面キー【C】
■歌詞
ねんねや おろろわい
おろろわいや ねんねこせ
「オロロ、ルルル」など、心地よい音を出して赤子をあやすことを、アイヌ語で「イフムケ=子守歌」と言います。この「おろろわい」も、その系統の言葉でしょう。疎眠る(おろねぶる)=うつらうつら眠る、という言葉もあります。
■呉羽(くれは)
【08】参照。富山には美しい子守唄が多く、筆者が勝手に呉羽と読んでいる守り子たちの、音楽的資質の高さを感じます。
■歌唱コード
(C)ねんねや(Em)おろろわい
(Am)おろろわいや(Em)ねんねこ(G)せ
■別資料による二番以降の歌詞
富山の子守唄
(日本子守唄協会採譜)
ねんねのお山の 子兎は
泣かずにねんねん ねんねこせ
ねんねのお山を こえる時
東を見ても 松ばかり
西を見ても 松ばかり
雪にふられた 松の葉は
銀の縫い針 仕掛け針
振りの小袖を しゃなしゃなと
ねんねのお山を とろとろと
おろろわいや ねんねこせ
日本子守唄協会のホームページに、同曲と思われる唄が「富山の子守唄」(日本子守唄協会採譜)というタイトルで紹介されています。この二番以降はその歌詞となります。
一点だけ。綺麗な歌詞ですが、筆者にはこれが守り子たちが自分の言葉で唄った歌詞にみえないというか、別の民謡か、後年大人が書いた歌詞にみえてしまいました。根拠がある訳ではなく、唄ってみて「?」と感じただけなので、事実と違っていれば謝罪致します。
筆者が唄える守り子唄(子守唄)はせいぜい百曲弱で、偉そうに守り子の感覚を語れるレベルではありません。それでも自分で唄ってみて感じたのは、守り子たちは言葉を飾らないというか、美しい歌詞にしようとか、社会に評価される歌にしようとか、ある意味不毛な価値観から自由でした。泣く子に苛立てば「つらにくい」と素直に唄いました。唄いたいことを素朴な表現で自由に唄えました。同時にその「つらにくい」は「寝た子はかわい」といつもセットで唄われました。全国に普及した=守り子たちが受け継いだ「脅し」は、泣いてると鷹やもっこ(怖いもの・お化け)がさらいに来るぞ──という物語形式でした。守り子らしさ(守り子の美しさと言ってよいと思います)というのは、大人視点の言葉や価値観でなく、こうした部分にある──というのが筆者の感覚です。
(赤子に苛立ち「暴言」をぶつけたくなる感覚は母たちも同じ──というか、そこが唯一守り子と共有できた感覚、雇用関係=利害関係をこえられた部分かもしれない、と筆者はとらえていますが、ここでは話を守り子に絞ります)
守り子唄は歌詞も曲も無数のヴァリエーションがあります。大事なのは実際に唄われたことで、どの唄が元祖かをきめる必要はないと思います。守り子たちが自分の感覚で好きなように唄い変えた部分は、現代風にいえば二次創作で、そこには守り子たちの実感があります。この二番以降の歌詞もそういうヴァリエーションの一つだったのかもしれませんが、個人的に違和感があったので、率直にその印象を記させていただきました。詮索目的ではありません。長文失礼致しました。(12/02)
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