第三話「お菓子と不思議と珈琲屋4」(ポプカ)
秘密結社 路地裏珈琲
第三話「お菓子と不思議と珈琲屋4」(ポプカ)
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月夜にとてもよく似合う、ゴシックな飾り絞りのドレスを着込んだ3人の女の子達。それも、チョコレートの仮面でつるんと素顔が隠れている。
従者のようなタキシードの男性は、ウタウと彼女達をかぼちゃの馬車までエスコートしたら、一言詫びを入れて、馬に鞭を振り下ろした。
「“舞踏会”の場所はあの店舗の地下で間違い無いんでしょう?悠長に構えていられないようだ、お嬢さんたち、しっかり掴まっていて」
「舞踏会...?」
「そう、アダンくんが、あなたにデートの誘いをよこしたはず」
「確かに誘われたけど、それっきり連絡のお手紙は来なくて......まさか」
「カラシちゃんは、あなたの代わりにアダンくんのところへ行ったみたい。もう、なんとなく気づいてるんだよね?彼が危険な人、ってこと」
夕方、臨時休業の化粧品店には、頑丈な鍵がかけられて、セキュリティも十分に敷かれていた。ハズレかと次を急ぐイチロウを引き留め、ポプカはおもむろにスマホを電卓の画面に切り替える。そして次々、イチロウに警備にかかる金額をあれこれ聞き込んだ末、珈琲屋のコスメに詳しい女の子に頼んで、あの店で取り扱う商品のラインナップから想像できる、おおよその売上を弾かせた。
「おかしいですよね、この金額。警備のコストが圧倒的に高い」
「...なるほど、となると」
この莫大な警備代を支払うのに十分な稼ぎを叩き出すには、もっと何か、まずいことをやらなければならない。それも、短期間で魔法のように稼げる、美味しい話。
「私さっきから、不気味なほどいい匂いがするんです。あのドアの向こうで」
後は、掘れば芋づる式にゴシップなんか山ほど手に入った。行方不明になる若い女の子、動物の誘拐騒ぎ、もう何年も回収されていない消失事件は、この国では殺人事件としてすぐに捜査が打ち切られることも知った。何故って、ここは“お菓子の国”。華やかな種族に付き纏う、捕食者と被捕食者の緊迫した関係は、噂や都市伝説にしては生々しい話題である。
馬車で両サイドに座った女の子は、黙ったまま一匹ずつ、ご機嫌な猫を抱いている。
ウタウに事情を説明してくれる、ボリュームたっぷりの美しいロングヘアの子は、そっと仮面を外して、化粧っ気のない素顔をウタウに向けながら、ようやくその正体を明かす。
「何も言わずに、お仕事のお願いを受けて欲しいの」
「ポプカちゃん!?」
「私のこと、ウタちゃんの腕で、それはもう思いっきり、すっごーくおいしそうなお姉さんにして、欲しいというか......な、なれるかな」
する!!緊張感や不安まで爆破して吹き飛ばすような、明るい悲鳴にも近い意気込みで、馬車は跳ねながらも、先を急ぐ。降りる頃には、極上のプチフールが4人。お行儀よく並んでいることを約束して。
ーーー......
猫たちの鼻に案内されてたどり着いた、ドアが開いたら、そこはまるで大きなお皿の上だった。
馬鹿高そうなテンパリング布のタキシードをドレスコードに、中心のテーブルでぐったりとしたカラシが競られている。大興奮で砂糖に群がるアリの群れは、侵入者が増えたところで、そんなことお構いなしだ。
人間、甘美人の男性、入り乱れて食欲を剥き出しにしたバケモノたちの意識を引いたのは、濃厚でくらりとくるような、ブランデーの香りだった。傘とお盆で後ろの客を突き飛ばしたのを皮切りに、その存在感でさっと人混みが割れて行く。即席のランウェイを堂々と、介添えの女の子にドレスの裾を預け、従者とともにやって来る令嬢に、誰もが息をのんだ。
まるで別人、清楚と素朴の代名詞だったポプカが、ダークチェリーのリップで強気のキスを振り撒けば、アリがざわめいてあちこち小競り合いが起きる。眼鏡が隠していた彼女のとろけるような瞬きと、粉砂糖に縁取られたまつげが、心を掌握して釘付けにする。もう、このお皿の上では、彼女が女王様。
「舞踏会だって聞いてきたのに...花より団子波の殿方がたくさん居るのね。呆れたわ」
「あれえ、ウタちゃんの友達...?はは、なに、君、ここがナニか分かってて自分で来たってこと?嬉しいなあ、どうかしてる、すっごくタイプ...!!」
「あら、光栄ね。味見させてあげましょうか?」
目の焦点が合わないアダンの首をぐいと引き、跪かせたポプカの指に、彼はつられて食いついた。薄気味悪さと痛みに耐えて、一口だけ味わわせ、引きぬいたビスキュイの指先には、わずかに血が滲んでいる。きっとこの研がれた歯で、あのペットだと偽ったウサギの足にも食らいついたのだろう。一度病みつきになったら、もう話なんか通じやしないと確信すれば、かえって話は早い。欲望のままに己の幸福だけを満たす輩に渡す引導は、キツいお仕置きでなくっちゃ。
ポプカは髪をかき上げて、想像を掻き立てる。シルクのような舌触りのクリームに、みずみずしい真っ赤な果物、キメの細かいスポンジ、よく染みた珈琲のシロップ。下品に貪って、めちゃくちゃな甘さで多幸感を得たい観客は、恍惚としたアダンの姿につられて我先にと台まで押し寄せ、そこで急にピタリと止まった。
時に、彼女には、不思議な力がある。妄想や、想像で心が躍ると、それを他人に否応なくお裾分けしてしまうのだ。恐ろしいものであろうとお構いなし。今の彼女を昂らせた感情は、怒り。そして側には、お菓子の匂いで興奮しきった猫と観衆。
「あなたたちはまるで、怯えたネズミを意地悪に追い回す、虎みたいだわ...ねえ?そう見えない?」
みるみるうち、虎どころじゃあない大きくなってゆく猫の背にまたがって、ポプカと悼とアヤが、ドレスの裾をまくり上げた。おすまし顔はここまで、ここからは、ロデオと鬼ごっこの時間だ。
「どんなに残酷なことをしてきたか、その身を以て覚えてもらいましょう!!さあ、きなこ!!」
「いっけー!!にゃん助ーっ!!」
「大好きなお菓子、今日は好きなだけ齧っていいんだからね!!」
悲鳴と怒号が飛び交う大混乱を合図に、慌てて逃げ出そうとしたアダンの頬を、ウタウの一振りが、勢いよく撃ち抜いて床に叩きつける。反撃は、イチロウが許さない。慣れた様子で剥き身の銃口を喉まで押し込んで、虚な目をした詩人の指先は、引き金を甘くカチカチ言わせながら、ついにアダンの心をへし折った。
かつて一瞬でも芽生えた恋心を、自らの手で散らせた勇気は如何程だっただろう。
カラシを懸命に抱き抱えて逃げ出した彼女の姿は、ポプカの瞳の中でとても美しく揺らめいて、混沌としたこの部屋の中で、唯一純粋で気高かった。
また、毎度の乱痴気騒ぎになってしまったものだ。
こうも派手にやらかしては、おそらくもう、長くは滞在できまい。
「観光農園でシュークリーム狩り、しとけばよかったなあ」
ポプカのちょっとだけ寂しそうで呑気な呟きは、雑音に塗れて、猫の耳のみに届いたのだった。
ーーーーーーーーーーーー
続
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