その瞬間の全て
東京事変
その瞬間の全て
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ヤミィはニフの指示通り、ちぇりの何でも屋に出向いた。扉を開いたちぇりは嬉しそうにパタパタと尻尾を躍らせた。
「わぁあ!ヤミィさん!ニフさんから連絡あって…!待ってましたぁ!えへへへ」
「…そーいえば、来るの初めてよねぇ?」
ちぇりは嬉しそうに頷いた。事務所の椅子に腰かける。ちぇりらしい小さな事務所だ…お茶を携え、ちぇりはヤミィの元へ。
「何でも屋をもっともっと皆に気軽に利用して欲しくて…どうやったら皆に知ってもらえるかなぁー…良い案ないですかぁ?」
…本当に忙しなくコロコロと変わる表情だとヤミィは思った。さっきまで自分の来店を喜んでいたのに、今は尻尾と一緒に首を傾げている。まるで瞬間瞬間を生きているフラッシュの様な感覚なんだろうな…その強く真っ直ぐで、ありのままの自分に従順な生き方は一見単純でいて、実際そうやって生きるのは酷く難しい…私だって…と考えが及ぶと、チクリと心に痛みが走った。
「わわ…!ヤミィさんが真剣に考えている…!嬉しい!けど申し訳ないようなっ!ううーん、私もヤミィさんに負けないアイディア出すぞぉ!むむむ」
「あはは、ごめーん。ちぇりが可愛すぎて、ちぇりの事を考えてたのよ?眉間にシワなんか寄せないでよ、プレッシャー与えちゃったかしら?」
笑いながら自分の考えていた事を告白するヤミィ。さっきまで苦悶の表情で悩んでいたのに、今度は目を見開いて、耳を逆立てながら驚いたかと思うと、顔を真っ赤に赤らめた。
「キャン!か、か、か、可愛いなんて急に言わないでぇ!心の準備がぁ!」
表情は勿論、口程に語る尻尾や靡く髪と踊る垂れた耳、声のトーン、空気に至るまであらゆる全てが彼女の感情の全てなのだ。瞬間に花開く花火みたいに、鮮明に相手へ伝わっていく。
「…まどろっこしい事しなくて良いわ、ちぇり。貴女は貴女だけで強いメッセンジャーよ、羨ましいぐらいね。1つ1つ店を挨拶周りしましょうよ。勿論、この美しい私が後ろについているわ!絶対にみんなの印象に残るからやってみなさいな」
ヤミィは胸に手を添えて、キメ顔を披露した。
「え?くーん…確かにヤミィさんが一緒にいたら目立つかも…うん!一緒によろしくお願いします!」
かくして、エルフと獣人の不思議な組み合わせのご挨拶回りが始まった。
「くぅーん!緊張する!ヤミィさん!?ご挨拶回りって何すればいいかなぁ?は!ヤミィさんがお手本見せてくれるとか!?」
「ん?しないわよ?私はただの付き添いですもーん。挨拶回りは相手をしっかり見て話題を合わせていくんだから、決まった形なんかないわよ」
真っ白な目に尻尾はダラリと下を向いた。どうやっていいかも分からずお店をまわる…しかもヤミィは着いててくれるだけなんて!?
「ほれほれ、そんな顔しなさんな!ちぇり?私が挨拶回りをしようって言ったのは、それが最高の結果を出すと思ったからよ?この私を信じなさい」
またもや胸に手を添えてキメ顔を披露する。流石に2回もちぇりには効かないようだが、もう最初の店は目の前…ちぇりは不安に足を取られながらもフラフラと歩みだした。
「し、失礼します!!お邪魔します!ちぇりです!よろしくお願い致します!!」
「いらっしゃい…って、ちぇりちゃんじゃないか。なんだね?そんな初めての人に挨拶するみたいな顔して…いつもウチに買い物来てくれてありがとうねぇ、今日も何か買っていくかい?」
優しく微笑んだのは最初に訪れた八百屋の店主だ。
「え、え、え、えっと、そうですよね!!えっと!えーーっと…いつもお世話になってますぅ…」
カチカチの表情、ピクリとも動かない尻尾…あちゃー…いくら何でも見放しすぎたかしら?ふふっと笑いながらヤミィが助太刀する。
「へぇー。キリエには野菜を売る所は他にもあるわ?なのにこのお店を使ってるの?ちぇり。うーん、他の店と変わらない様に見えるわぁ?」
「ヤミィさん!分かってないなぁ、ここのお店はすごいんだよ!全部のお野菜を店主さんが1番美味しいと思った畑から買ってるんだから!よく分からない野菜も店主さんに聞けばなんでも教えてくれるし、すっごく優しいんだよ!!」
ヤミィの言葉にちぇりが反論する。その言葉の一つ一つに本心から出る表情が迸った。真剣に説明する顔、声…それを見ていた周りの通行人がちぇりの感情にうたれ、店に入っていった。
「…ふふ、すごいでしょこの子。お願い事はなんでも引き受ける何でも屋やってるの。是非贔屓にしてあげて欲しいのだけど…?」
「あはは、褒められた上に店の宣伝までしてもらって助かるよ!ちぇりちゃん、こんな凄い事もできるなんてね。またいつかお願いするとしよう」
その店主の言葉にちぇりは驚いたが、尻尾は喜びに震えていた。
最初は緊張したものの、ちぇり本来の弾ける感情のこもった挨拶、そして時折入る絶妙なヤミィの助け舟のお陰で、どの店でも想像以上の効果を得た。その事にちぇり自身心から驚いたようだ。
「いい人ばっかりでよかった!仕事も貰えたし。ヤミィさんのお影!本当にありがとうございます!」
本心で思っていて、嬉しさで尾を振るちぇりに小さくため息をついた。
「ちぇりって心がそのまま人の形になったみたいな子ね。皆仮面を知らず知らずに被ってしまうのに…真っ直ぐすぎて自分の裏を見返す事も不必要なのかもしれない。でも、もう少し自分を知った方が良いわ、これは全てこの瞬間の貴女の感情の成果よ」
そう言って、ヤミィは太陽のような笑顔がうつり込んだ手鏡をちぇりに見せた。
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2人で挨拶回りをしました。
(ちぇりの何でも屋 売上3)
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