ワイバーンの背中
奥田民生
ワイバーンの背中
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「…確かに、キリエに来る前にはその地帯は危険だったようですね。しかし、理事会から委託され商売を始めた部族のおかげで大分安全になったそうです。道は悪路ですが…」
「そうそれよ!悪路!転んで歩けなくなったら誰がこの私をキリエに返してくれると言うの!?」
「それが心配なら、先程話した部族が経営している飛竜場に行けば歩かなくてすみますよ」
「飛竜に食べられたらどうするのよ!私美しいし」
「いや、ワイバーンは人を食べませんよ!!」
「後…あれよ!旅路に話し相手いないと死ぬ!寂しくて死ぬわ!ほら危険!?道も安全になったとは言え、本当か分からないわ!飛竜場に着く前に大怪我するかも!!?こんな危険にキリエ住民を晒す訳にはいかないわぁ!…ね?ね!?」
門の前でみりんが働いているのを見つけたヤミィはこれ見よがしに地図を広げ、大袈裟に困った声を出す。嗚呼!大事な用事があるのに!…案の定みりんは心配して声をかけてしまった。これがヤミィの策略だと他の人なら気づけたのだろうが…
「わ…分かりましたよ。確かに住民を守るのが我らの務めです。ヤミィさんの護衛をさせて下さ…」
「やっほー!決まりね!…ほら、何突っ立ってるの?早く遊びに行くわよぉ!」
…今遊びに行くって言ったような…白い目でヤミィを見るが、スキップで出せるスピードと思えない程、あっという間にヤミィは目的地へ進んでいた。本当に転んで怪我したらいけない!騙されても尚、彼を守ろうとみりんはダッシュで後を追いかけた。
森深いキリエを抜け、世界樹に背を向けて坂道を上がる。落葉樹はすっかり見えなくなり、背の低い植物が増えてきた。世界樹から離れた高山を登る2人。夏だというのに空気はヒヤリと冷たい。山特有の清々しく澄んだ空気が2人を出迎えた。山を上がる2人以外は誰もいない。
「はあー!つっかれるぅ!足だるーい!」
そう言いながら妙にハイテンションなヤミィ。人がいない事をいい事に、急にやっほー!と叫び出す。純粋に山登りを楽しんでいるようだ。
「…はぁ、はぁ…いいですね…アヴァロンにいた頃は遠征訓練でよく山を登りました…あの時は訓練だったけど…改めて歩いてみるといい運動だ…ふう…なんていい景色だろう、だいぶ登りましたね」
「世界樹の高地の街に行く事はあるけど、ただ山登りするのも、ここまで高く登るのもなかなか無いわ…はあー!…ひぃ…少し休憩!」
大きな岩に腰掛ける。真っ白な角うさぎが岩に生えている高山植物を食んでいた。
「…それにしてもヤミィ殿。こんな山場に一体なんの用事で?護衛まで付けて…?」
「え?あ、うん。あれよ、なんか険しそうな所適当に指さしただけ。そもそもここ何処だか知らないわ。遠くに意味もなく出掛けたかったのよね!」
は?…真っ白に固まるみりんにヤミィは続ける。
「軍人の名家のお嬢様、首都に行けば軍師として。キリエにいれば毎日忙しく街を守る門番…なーんかさぁ…たまには息抜いて、無計画に馬鹿やりましょうよ。ほら、訳もわからず山登ってるわよ?面白くない?隣にメイクサロンのエルフがいてさぁ…今日の朝、自分がこんな事してるって思った?…みりんがアヴァロンからキリエに赴任してから、いつか遊びたいってずっと思ってたのよね。今日、みりんは私の傭兵よ。しっかり私について来て守り続けるのが仕事!ついてらっしゃい」
小休止を終え、また元気よく立ち上がるヤミィ。まだ混乱が解けないみりんはフラフラと後を追う。…ついて来いって、ここが何処かも分からないのに、その自信と統率力はどこから来るのやら?ぼんやりとみりんは思った。
途中山羊の魔獣に襲われつつも、ボウガンとレイピアの遠近バランスの取れた攻撃であっさりといなした。ついに雲すら低くなり始めた頃、質素な看板が2人の目に飛び込んだ。
「飛竜場、スグそこ…!?」
「話には聞いていましたが、こんなに標高の高い場所にあったとは…!魔族から逃れ、山に居を構えた人間の一族がここを取り仕切っています。彼等は山に住んでいたワイバーンと共存していた歴史があり、ドラコン族や両生類系の獣人でなくても竜族を巧みに操ることが出来るのです」
「へぇー…なかなか躾が大変だって聞くしね。竜族はプライドが高いんでしょ?」
「はい、誰でも乗せられるように躾けるのはとても難しいです。軍事用や飛竜ギルドにワイバーンを育成するのを彼等は生業としています。その実力は理事会からも信頼されるほどなんですよ」
生業が違うと知識が違うのか…知らなかった飛竜の知識を、アヴァロンの軍師から教えてもらう…一緒に来てよかった。ヤミィは心底思った。
「あ!そうだ…ヤミィさんは遊びにここまで来たのですよね?たまには息抜いて馬鹿をしろ…なら、今度は私に着いてきてください」
みりんは飛竜場に着くや否や、族長に掛け合いワイバーンを一頭借りてきた。
「これでキリエに帰りましょう!無論、雇い主のヤミィ殿を1人には出来ません…このワイバーンは傭兵の私自ら騎乗致しましょう…!」
ニヤリと笑う。ヤミィは少し顔を青くした。
「え?いや…え?ほら、そこはちゃんと騎乗士さんにお任せしましょ?なんせ、ここ雲と同じ高さよ?キリエまで…ほらぁー遠いじゃなぁい?何ならまた2人でお喋りしながら歩いても素敵だと…」
「ご心配なく!アヴァロン軍幹部はワイバーンが与えられます。騎乗訓練もバッチリです!」
「とはいえ!アヴァロン離れてだいぶ経つし、乗るのもご無沙汰でしょ!?」
「ははは!ヤミィ殿は手厳しい!これはもう実際乗って信頼してもらわねば!」
「なんでそうなるのよー!!!」
楽しい楽しい空の旅、登るのに何時間もかかったが、キリエに帰るのはあっという間であった。しかし不安と恐怖に駆られたヤミィには永遠に感じる程長い長い旅だと語っていた。いつも賑やかなキリエの街がその日は心做しか静かにニフは感じた。
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みりんの操るワイバーンで空を飛びました。
(みりんの傭兵 売上3)
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