「ミウラ屋です(完結?)」(愉快な珈琲屋さん達)
秘密結社 路地裏珈琲
「ミウラ屋です(完結?)」(愉快な珈琲屋さん達)
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「ちぁーっす、ミウラヤでぇす」
その一言を耳にするのは、絶対自分でありませんようにと、だれもが願っていたはずなのに、タイミングの悪さと運の悪さもある種の才能なのだろう。用事を済ませてうっかり同じ時間に帰ってきた珈琲屋と、例の男が出逢ってしまった。
全員が心霊の類でも目のあたりにしたような顔で、声の方向に歯切れ悪く身を捩る中、律香だけが害虫を仕留めにかかる猫の目で俊敏に彼の姿を捉えた。
「やー、ほんなごて迷ったァ!よそん人の船に着けてからもう、そら大事したばい」
男は一方的に流暢な怪しい言葉を並べたて、中身不明の木箱を、どんとひとつ、床に置く。
「ほんっとサトゥーとスズキさんなごっそい無茶ば言わすもん.......おいがこつばマジ好いとっけん、寂しゅなったらすーぐ大した用もなかつに呼ぶし。あー、こいが今日のお届けものね、はい伝票」
「.....テル坊、何言ってんのこいつ、伝票しかわかんなかった」
「あきなとさん、たぶんそれ、方言かと思います......ちょっと、私も細かく何言ってるかまでは分かりませんけど」
”で、お姉さんサトゥーは?“と、偉く馴れ馴れしくケネディの肩に手を置いたそいつを、律香が反射的に押しのけて、ざっざとつま先で床に線を引く。ここから入って来るなの意は十分に伝わったようで、大袈裟な”やれやれ...“というモーションで、いったんそいつは三歩下がって落ち着いた。これはイチロウに初めて出会った時の衝撃なんか比にならない、この世の地獄を煮詰めたような男じゃないか。
どこがおかしいかって、全部なのだ。ものすごく適当な手作り感と“斜に構えてあえてダサカッコ良さを纏っている“感が主張するお面がそもそもアウト。そういえば、昔ケーブルテレビで夕方放送されていたニッチなカートゥーンに、こんなやついた気がする。悼としろがさっきから目を輝かせて数えている、全身モノトーンの奇抜なハイブランド服も正気の沙汰でない。それに包まれたボディのキレはどこからどう見ても本物なのに、手首に巻かれた不要そうな包帯だの、痛み切ったブリーチ髪だのが、全てを地獄に叩き落としていて、ある意味完成された存在にすら思えてくる。これで本当に、噂通りキャッチの仕事ができるのか?いやでも、これだけ意味が分からない姿形をしていながら、難なく女性の肩に触れられるのだから、異性への免疫はしっかりしているし、好青年のオーラが滲んでいるには違いない。
甲板に止まっている、馬鹿でかい霊柩車仕様の機体に乗ってやってきた、情報量の塊である彼...彼こそが、裏の社会で幅を利かせるミウラグループの運送部門、ミウラ屋運送のミウラである。
初めましての挨拶ももそこそこに、フロアにはここから怒涛の展開が待っていた。
「あの......」
おそるおそるという様子で近づいていったりくに、愛想良く大袈裟に背筋を正して耳を傾けたミウラを、予期せぬ衝撃が襲ったのだ。カァンと響く薄い鉄板のクリーンヒット音。全員が目を見誤ったかと思ったが、全くそんなことはない。りくがそのまま後ろ手に隠していたフライパンを力一杯振り抜いて殴った。慌てて止めにかかるテルと秋那兎が叫ぶ。
「待て待て待て、どうした!?」
「違う」
「何が!?」
「ミウラじゃ、ないかもしれない!!少なくとも私が思ってたのと違う!!」
「いや、ミウラでしょ!?だって名乗ったし、みんなの証言とも一致して......してる?」
各々の語るミウラ像は、もはや都市伝説と化し、今更おさらいしたところで“だったような”のオンパレードだ。命からがら理不尽だと逃げ回るミウラと、それを追いかけ偽者だと成敗を試みる者、マスターが帰ってくる前に騒動を収めるべく、更にそれを追い回す者。さてはて、収集不能の運動会が終わるのは、いつになることだろう。
呆れた顔の猫達が、どうでも良さそうに、カウンターの上でころころと寝返りをうっている。ああ、またひとり、妙な友人が増えてしまった。
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運び屋のミウラが船に出入りするようになりました。
今後、旅先で買い損ねた特産品が、通販で買えるようになったり、お話に登場するようになります。
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