不思議の案内人
セシル・コルベル
不思議の案内人
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「いらっしゃいませ!…あ…」
金髪をストレートに垂らし、丈の長いワンピースを着て手袋をつけたヤミィが、園芸店に入るとスカートの裾を掴み、恭しくお辞儀をする。すっと姿勢を正すと、胸に手を当て、背の低いフィーに対して腰から体を曲げて微笑む。
「迎えに参りましたわ、フィー…この日をどれだけ待ち望んだでしょう…」
金髪がパラパラと背中から落ちていく。ハッとする美しさに、フィーは差し出された手をとった。非現実の扉が開くような高揚感と緊張と小さな恐怖。ヤミィさんは異世界の案内人なのだろうか?絵本に迷い込んだような錯覚に陥る。
ギィ…サロンの扉を開き、フィーを中へと促す。ここを超えたらどうなるだろう?いつものサロン…分かっていても足がすくんだ。気持ちはまるでアリス…意を決して中に入ると、背後でパタリとドアが閉まる音がした。
「…わぁ…」
ここは園芸店?いや、箱庭…?サロンいっぱいに木々や花が飾られていた。世界樹やサイプレスの香りが焚かれており、深い森の中にいるかのようだ。店の中央にポツリと白い丸テーブルと椅子が置かれていた。いつの間にかヤミィは椅子の横に立っていた。穏やかな笑顔を崩さぬまま、静かにフィーの為に椅子を引いた。
向き合い座る2人…何か話さなきゃ…アワアワとするフィーにヤミィは羨望の溜息をつく。
「あぁ…美しいわ…。ふふ、ごめんなさい…気にしている事なら聞き流して頂戴…。純血のフェアリー…その羽の模様…妖精の様な体型…草原を走る風の色を宿した瞳…ずっと貴女が気になっていたのよ…貴女1人の姿から、何千、何億の力強い命の息吹と流動を感じる…」
うっとり見つめるヤミィに少し慄くと彼は、ああ…と目を伏せた。
「ごめんなさい、私ったら…取って食べたりしないわ、ふふふ。私もエルフなのだけど、少しだけダンピールの血が流れているの。相当遠い先祖の話なのだけどね。エルフにしては妙に背が高いでしょ?私の姿もまた、血が辿った旅の有り様…」
ヤミィは用意されていたお茶を啜り、緑を見やる。…なんだろう、表情は何も変わっていないのに泣いているように見える…。ずっと貴女を見ていたいけど…と呟きながら、ヤミィはカルテとパッチングサンプルを取り出す。
不思議の世界はあっという間に時間を迎える。まるでシンデレラのように魔法から解かれ、いつもの園芸店に帰った。そこからは何も変わらない日々。なのに、あのサロンの時間とヤミィの存在が鮮明に頭に浮かんでは、フィーを支配した。同じ街の店、近所の住民…なのに酷く遠い存在に思えた。…ああ、またあの世界に会いたい…そんなフィーの心が通じたか、「また迎えに参りますわ ヤミィ」とだけ書かれたメッセージカードが届いた。
「いらっしゃいませ!…あ…」
あの日のヤミィが時間軸を操ったかのように、そのままの姿で園芸店の前に立っていた。フィーの為の不思議の色を愛らしいバスケットに詰めて携えながら。大事そうにそれを抱えたまま、片手でスカートの裾を上げ深々とお辞儀をする。
「純血のシルフの仔、美しいフィー…貴女の為に参りましたわ…貴女のこの世界で、生まれ変わりましょう?きっと、この子達も貴女を見たいはずだわ」
花を撫でつつニコリと微笑んだ。さぁ、魔法の時間だ。椅子にちょこんと腰掛けると、ヤミィが近寄った。あの日の緑の香り…わざわざ香りも持ってきてくれたんだな…フィーはどんどんと不思議の世界へ誘われる。ヤミィの温かい手が頬を滑る。フワフワする頭に心地よく彼の声が響いた。
「ハッキリした相性…貴女は本当に貴女らしく生きてらしてるのね。素直で穢れのない…真っ直ぐな木みたい…」
丁寧に仕上げた下地に百もの花から取り出した色素のチークが柔らかな筆を伝い、フィーの頬に花畑を広げた。ダークブラウンの眉墨をぼかしながら優しく引く。星の砂と風化した蛍石、綿毛を有する種の入った香水瓶を手に取ると、フィーの髪を持ち上げ、ハラハラと垂らしながら吹きかけた。モスキーな土の香りもするのに、なんとも爽やかでマリン調の強い香り…
「やはり、土と風の相性が強く出たわ。そして、祝福の傾向…チークは大地の加護より貴女を状態異常から少しだけど守ってくれる。香水はシルフの守り。運をあげてくれる…どう?施された感想は…聞かせて、フィー…」
羽が疼くような感覚。世界樹の聖地以来の感覚…コスメから流れる気が自分の中を巡る感覚…ああ、どうかこの時間が永遠に続けば…そんな非現実な夢を見ている自分にクスリと笑いながら、フィーは羽ばたいてヤミィの額にキスをした。
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不思議な空間を堪能しました。
(ヤミィのサロン 売上2)
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