#エスタシオン事務所
「命を燻らせて、報復を。それが、確かに生き甲斐だったはずだ。…いつからこんな、弱者になったんだか。」
■田河 繁治:くらいん
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鮮やかな、傘が降る。いつだったか、嫁が俺に虹色の傘を広げて差してくれたことがあった。にこりと笑ったあいつは、「雨が降っていても晴れみたいですね」と言ったのを覚えている。確かあれは──あいつが殺される一ヶ月前のことだ。
追っていた犯罪組織の男は狡猾かつ残虐な男だった上に、警察内部にコネを持つ者だった。捜査が無理矢理打ち切られた後も追いかけ回し続けていた俺のことがそんなに邪魔だったのだろう。奴はそのコネを使い俺を奴が犯した一つの事件の犯人に仕立て上げた。勿論アリバイもやっていない証拠もあったが、それを一つとして取り合ってもらえなかったのは完全に警察上層部からの圧だったと思われる。俺は結局成す術もなく有罪になるばかりで、数年の実刑判決を聞きながら茫然としたことを覚えている。ああ、結局国家権力もこんなものなのかと思うしかなかったのだ。
入所して数日頃か。俺の元に一枚の手紙が届いた。『──〇〇様が事故に遭い、死亡しました』ただ端的に書かれたそれは、嫁が交通事故で死んだことを知らせるものだった。ひき逃げとしてはねられ、救急車が到着する間もなく亡くなったのだと。未だひき逃げ犯は見つかっておらず、嫁の葬式は親族たちだけで行うと、──ああ、あいつのせいかとすぐに分かった。俺への見せしめの報復として、嫁まで殺したのか。俺を謂れの無い罪で投獄しておいて、それだけでは足りないのだと言いたいのか。何年もの服役の中、俺はどうしても、彼奴を許すことが出来なかった。俺の人生を狂わせて、嫁の命を奪って、それでものうのうと生きているあの男がどうしても、どうしても許せなかったのだ。
──だから、だろうか。こうして刑期を終えた後、出所して奇妙な縁からアイドルとして仲間二人と活動を始めた今でも、ふと気づいた時にちらつくのはあの時、嫁が差し出した傘の虹色が忘れられないのは。そんな嫁を殺したあの男を裁けないのであれば、この手で殺さねばならないと思ってしまうのは。あの男を──
『繁治さん、あの男の塒を特定できましたよ…! …殺るなら、今しかないと、思います。…繁治さんがこれ以上苦しむくらいなら、今いっそ、』
あの男を消してしまわねばと思うはずなのに、足が竦むのは、何故だろうか。
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