「名無しの秘密」
秘密結社 路地裏珈琲
「名無しの秘密」
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「なんか大変な事になったよねえ。結局何だったの、来賓の方にされちゃった理由」
「分からない......ただ、顔を見て判断されたのは確か」
「そっか、そういやさっき、事務所で網膜スキャンがどうのこうのって話してたわ」
それを先に言ってくれよ、と、のーねーむが肩を軽くぶつけたら、ばーべなはマスカットを口一杯に頬張ったまま楽しそうに脚をばたつかせて笑った。
来賓室に居ると、時計の針の音意外何も聞こえない。いつ出して貰えるかも分からなくて、ひとりで途方に暮れソファで寝そべっていたら、カゴいっぱいの明かに高級なフルーツを持って、凛々しい給仕服姿の彼女がやってきた。何やら外で大事が起きたとかで、女性の世話役が足りないというから、ここぞとばかりに手を上げたそうだった。顔色の優れないのーねーむとは対岸に在る、ご機嫌なばーべなの笑顔に寄り掛かって、大方、このふかふかのソファで一緒にオヤツを食べたかったんでしょうと呟いたら、宥めるように口元へ一粒、とびきり大きなやつをくれる。思えば、この国に着いて以降、警護と名のつく軟禁状態で誰とも話していなくって、久々の会話だ。素直に口を開けて噛みしめたら、しゃくりと蒼い音がして、元の街にいた頃によく嗅いだ、爽やかな夏の風の香りが通り抜けた。
「......べなさんが来てくれて、よかった」
「でしょ」
彼女が持ってきたカゴには、果物の他に、よく冷えたシャンパン、今日の新聞、そしてポットも無いのに紅茶の茶筒が座っている。枕が合わないんだと強請るのーねーむの頭を膝に受け入れて、のんびりと新聞を読ませている間、外に跳ねた毛先に指を通す彼女もまた、どこかホッとしたような眼差しだった。分からない事だらけだ。偶然習ったら才能が開花したとはいえ、妙に射撃の腕が良くて、生い立ちは語らない。普段ちゃんとバカだってやるけれど、肝心なところで肝が座っていて、妙に執着心がない。実はどこか、素敵なお家柄からこっそり抜け出してきた世捨て人で、良いところのご子息だったりして、なんて。そんな事がもしあり得たら、一体これからどうしよう。
「...いや、どうもしないかな」
脈略もない風にこぼし、空想を侍らせていたばーべなの指を、不意にのーねーむがパッと捕まえた。
「ごめん、嫌だった?」
「......逆に聞きたいんだけど」
“私が、もし私の偽物だとしたら.......嫌?”
捕まえた指が新聞の社会欄にぐいと引っ張られ、一枚の写真に導かれる。ひとりでそれを確認するのは、耐えられなかったのだ。のーねーむとばーべなの指の下に在る白黒のそれは、血の気が引く人間の姿だった。のーねーむだ。顔も、背格好も、髪の跳ね方まで一緒で、唯一違うのは目の色だけ。とてもとても冷たい、色素の抜けた瞳がこちらを睨んでいた。
「うそ......」
遠く離れた地、独裁国家から軍事国家へとやってくるはずの、第一王子。
彼の名は“None=meme”。あまりに良く似た響きを口にしたばーべなの指を、震える指先が離そうとしない。
「今すぐ出ましょ」
やがて、ガーターベルトの下から現れた拳銃と、茶筒の中からざらりと流れ出た茶葉に塗れた銃弾が、性急にドアを打ち抜く音がする。分からない事だらけだ。今はそれしか言えなくて、ばーべなの腕がギュッと、のーねーむを抱きしめた。
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彼女の秘密が、ついに芽吹いた。
※今後のお話に反映されます。
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